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目的地は変わらず

「ォオオオオオオオ!!」


漆黒の巨躯が両刃の戦斧を振り下ろし、翼竜を叩き割っていた。金の縁取りは魔力供給により煌々と輝き、余剰分が紫電となって纏われている。


見る者は恐れ慄き生きて帰ること能わずと言われた真なる魔王の姿に、ようやく飛竜たちも気づいた。

自分達が手を出したのは、獲物では無かったと。

彼らは野生の動物に親しい知能しか持ち合わせていなかった。

故に敵わぬと判断したら決断は早く、早々に逃走を選んだ。

しかしそれは、あまりにも遅かった。手を出す前に、少しでも相手の奇異さに異常を感じ取れれば、あるいは生き延びられたかもしれない。

もしくは間抜けな猿が海に落ちなければ、ここまで事態は深刻ではなかったかもしれない。


――しかし、そうはならなかった。



魔王にとって数十年ぶりに出会った会話の出来る存在。

打算も陰謀もなく、利益では無く純粋な善意でのみ接してきた相手。

それがどれほど貴重なものか、それは魔王本人にしかわからない事だろう。

なんだかんだと考えつつ、魔王にとってクゥトアヌという猿型の魔物は、大切な存在になっていたのだ。


「貴様らの命程度で!! 贖えきれると思うでないわ!!!」


跳躍をして斧で斬りつけ、絶命した飛竜を足場にまた跳躍する。曲芸のような動きで空中を移動し、瞬く間に翼を持つものの領域を蹂躙していった。




すべての飛竜を駆逐し尽くした魔王はクゥトアヌが落ちたであろう場所を捜索したが、その時すでにクゥトアヌは堕神に飲まれてこの場からは遥か遠くへと避難してしまっていた。


「チチィ……」


魔王の手の中にいるピンクの幸福獣(ハルルカン)は悲しげに鳴き周囲を見渡していた。

今までずっと一緒にいた"彼"の姿がどこにも見当たらなかった。


「すまない……我が至らぬばかりに、我らの大切なものを見失ってしまった」


魔王の声もまた暗いものだった。


「……チッチィー」


なでりなでりと幸福獣は魔王を撫でる。

落ち込んだ子に接する母のごとく。

自分も不安であろうにも関わらず、悲しんでいる者に"彼女"はその無償の愛を与える。

幸福獣だからではない。それは魔物の性質でも、特性でもない。

"彼女"の持っている個性であった。

そしてその個性に、優しさに救われた存在がまた一人生まれる。


「ゔぇゔゔぅぅぅ……ご、こ゛め゛ん゛ね゛〜゛!! 私〜お姉さんなのにぃ〜! 全然守れなくって〜ぇぇ! クゥちゃんどっか行っちゃうしぃ〜! お船も壊れちゃったし〜! うぇえええ!!」


兜を上げた魔王の顔は顔中から汁が漏れ出し、それは酷いものだった。美人が台無しである。

しかし、幸福獣はそんな魔王の頭をなでて、涙を舐め取り、ただ泣き止むまでそばにいた。

クゥトアヌやその頭に寄生している魔導工芸品(アーティファクト)であればその酷さに引いたり、爆笑する可能性があったが、ここにいるのは小さなお猿のみである。

獣に他種族の美醜観は通じないのである。




しばらく泣いて懺悔をしてようやく落ち着いた魔王は、妙にスッキリとしていた。


「なるほど〜これは『小さいお方』と呼びたくなるのもわかるわね〜……」


小さいし、知能だってそこまで高いわけじゃない。

にも関わらずこの子には知性がある。

アンバランスとまでは言えないが、やはり特殊な存在だ。

何より魔物が他者にここまで関心を持つのも珍しい。

その相手の気持ちを慮る程となると空想物語(フィクション)レベルになる。


「落ち込んではいられない……わね〜。我が名はスティルエナ・アルトバエル! 七天に座する魔王なり! 我は求む! 我が名を分けし眷属の所在を! 其の名はクゥトアヌ! 求めに応え我が眼に示せ!」


魔王の金色の瞳に赫い光が灯る。

目を見開きどこか遠くを眺める。其処に求めるものがあるのかを確かめるように。


「…………見つけた」


時間にして一分未満。

小さな声でボソリと呟いた。


「見つけたわ〜! クゥちゃんを見つけたわよ〜『小さなお方(シャクラコルン)』ちゃん!」


瞳に赫い光を灯したまま、魔王は嬉しそうに破顔した。

それを見て小猿は同じくらい嬉しそうに笑った。


「何故か高速で〜私の国に移動しているわ〜。でも〜もう見失わないわよ〜! 一気に飛ぶからね〜!」


「チッチー!!」


一人と一匹は瞳を輝かせ、当初の目的地へと飛び出した。

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