3-16 支柱
「ど、どうしてですかタツキ様!?あなただってあの村が傷つけられることには反対だったじゃないですか!」
「そうですよ!姉さんが来た時だって、無下に追い返そうとせずに話を聞こうとしてくれていたじゃないですか!」
今までは率先して僕の味方をしてくれていた2人を、僕から裏切ることになるのは本当に心苦しい。僕にあれだけの期待の眼差しを向けてくれていたのに、それに応えられないのは罪悪感がすごい。
「・・・すいません。この前までとは言ってることが違うっていう自覚もあります。でも、やっぱりあの村を残しておくにはリスクが大きすぎます。」
「一体何が問題なんですか!?あの村が滅びないといけない理由ってなんなんですか!?」
「昨日の話が何か関係しているのですか?それともお父様がまだ何か隠していることがあったのですか?」
ものすごい勢いで2人は距離を詰めて、僕の真意を問いただそうとしてくる。
「ーーー今、村を襲っている魔獣達の襲撃そのものが罠である可能性があります。」
だから僕は、さっきの王様との会議で出した結論をそのまま伝えた。
「あれだけ村の人たちが傷ついているというのにですか?罠の一つで、ギガントドレーギアすらも召喚したと?」
「可能性なら十分にあります。もちろん仕組みはわかりませんが。」
「仕組みがわからないのに、そうだと言い切れる根拠はあるのですか?」
だんだん姫様の声に鋭さが増していっているのがわかる。
「100%の確信はありませんが、90%以上の自信はあります。あとは、村の人・・・、正確にはあの陰湿村長がどうやってその魔獣を呼び寄せているのかを証明できれば、確信へと変わります。」
「その証明はできるのですか?」
「ーーー証明するための算段なら考えてあります。あとは、僕らのあてが外れないことを祈るだけといったところです。」
姫様から向けられたわずかばかりの敵意と溢れんばかりの失望にもグッと耐え、僕は少しばかりの不安を押し殺して、自信満々にそう言ってみせた。
ここで少しでも弱みを見せるような素振りを見せてしまえば、この場での信頼を勝ち取ることはできない。姫様とお嬢に欠片でも、こいつの言っていることはもしかしたらデタラメかもしれないと思わせてしまった時点で、僕の負けなのだ。
提示できる根拠と自信だけでこの2人を納得させる。それが今の僕に課せられた完全勝利への道筋なのだ。
「・・・本当にあの村には魔獣を呼び寄せる力を持っていると、タツキ様は信じておられるのですね?」
「そうじゃないと辻褄が合わないと思っているくらいには信じています。・・・もちろん、嘘であってほしいというのが本音ですが。」
「・・・どのようにそれを証明するつもりなのですか?」
「今日一日、魔獣による襲撃がなかったら、明日僕と王様の2人で王都の外の探索に向かいます。そこで首尾よくその証拠を手に入れられたら、こちらの勝ちです。できなかったら、手に入れられるまで何度でも挑む。それだけです。」
どんな質問にも間髪入れずに答えることで、これが練りに練られた作戦であることをアピールする。この作戦を決行したら、うまくいくという感じのオーラを醸し出していく。
あとは、真っ直ぐに。目をそらさずに。ただひたすら強い意志を宿して姫様の目を見る。迷いはない、これが最善なのだと信じてもらうためだ。
そうして姫様と無言で視線をかわすこと10数秒。一度まばたきをした後に、ふっと息を吐いた姫様は一言、
「そこまでの強い意思を持っているのでしたら、私はタツキ様についていきます。」
と、そう言ってくれた。
それだけで、全身にピンと張り巡らされていた糸が緩んでいくのがわかった。ハンガーのようにカッチカチになっていた両肩が、僕のため息と同時に降りていった。
いまだに姫様は笑みをこぼしてはくれないが、それでも僕に向けていた負の感情を収めてくれたから、この勝負に勝ったのだという実感が湧いて出てきた。
「それで、姫様とお嬢にはその間に・・・」
「ーーーちょっと待ってくださいよ。」
すっかり安心しきっていた僕は、意図的に見ないようにしていた方向から、予想通りでも予想外でもあった声をかけられた。
予想通りだったのは、姫様の承認一つでこの場は終わってくれないだろうという点。でもこれは、姫様を説き伏せてこちら側に引き込んだ時点で僕の勝ちだと思っていた。だから、僕は安心感を隠すことなく出していたのだ。
そして予想外だったのは。
「もしその話が本当なのだとしたら、今すぐ行かないといけない場所があるのですが。」
お嬢がまるでどす黒い敵意の塊に取り憑かれたような形相をしていたことだった。
* * *
「なぜ止めるのですか!あなたが危ないと言ったんじゃないですか!」
「それはそうなんだけど、今焦ったって意味がないんだよ!少し落ち着けって!」
今すぐにでも村に猛スピードで飛び去ってしまいそうなお嬢をなんとか押さえ込む。
「もしタツキさんの話が本当なのだとしたら、母さんが危ないじゃないですか!手遅れになる前に急がないと!」
「それはそうなんだけど、君1人で行ったって事態が好転するわけでもない!まずは僕の話を最後まで聞いてくれ!」
てっきり、さっきの話を信じてもらえなくてお嬢と激突することを予想していたのに、まさか信じてもらえたせいで言い合うことになるとは思っていなかった。
「それに・・・。それに、もし今の話が本当なんだったら、ラン兄さんはどうして!?どうして死ななければいけなかったの!!!」
僕は目の前から迫ってくる殺気から逃げるようにどんどん後ろへと後ずさりしていた。でももちろん下がれるスペースは無限にあるわけでもなく、逃げるようなその歩みは壁に阻まれてしまう。
そしてそれは迫ってくる殺気がどんどん近づいてくることを意味していた。そしてついに、ついさっき緊張から解放されたばかりの両肩に、あの華奢な腕のどこからこれほどの力が出てくるかと思うくらいの威力でガッチリとお嬢の両手が食い込む。そこから発生する痛みとともに、激情に顔を歪める美少女の顔がアップに映し出され、僕の顔もまた歪んでいく。
「ちょ、ちょっとサラ!?」
「ねえ、教えてくださいよ!タツキさんならわかってるんでしょ!?」
「い、いや、あくまで憶測しか・・・」
「なんで誰よりも危険なところに飛び込んで、村を護るためだとか言ってあんなに必死に戦っていたって言うのよ!それも全部あの男の計画だったって言うの!?自分の主人が立てた計画の犠牲になったって、そう言うつもりなの!?」
この至近距離で大声をあげられて耳がキーンとしているんだが。てかなんで僕が責められてるんだよ。なんだこの状況!?
「なんで何も言ってくれないんですか?自分が言い出したことですよね?ねえ、タツキさん?答えてくださいよ!!!」
ここまでの他人の感情の爆発を味わうのはこの世界に来てからは初めてかもしれない。その根本的な原因を作ったのは僕じゃないはずなのに。
正直言って、結構ビビっている。至近距離でここまでの圧と力を込められると、一言声を発しただけでさらなる苦難が待ち受けているんじゃないかと萎縮してしまい、頭が回転してくれない。
「離してあげてサラ。あなたがそうしていると、タツキ様だって何もできないでしょう?」
「ですがマイヤ様!」
「今あなたがやっていることはただのやつあたりです。気持ちはわかりますが、それでタツキ様に攻撃するのは間違っています。それに今度は、私があなたを攻撃しないといけなくなってしまいますよ?」
優しく諭すのは正解だと思うけど、できればその殺気も隠した方がいいと思いますよ姫様・・・?
と思っていたら、両肩に込められていた力が徐々に弱められていく。と同時に降り注がれていた強烈な圧力も徐々に遠のいていった。
「す、すみません・・・。」
お嬢はゆっくり僕から離れていくと、ふてくされた子供のように言葉だけの謝罪を口にした。こっちの目を見ようともしないし、間違いなく本心からの言葉だけではないだろう。
でもだからと言って、僕から何か文句の一つでも言ってやろうかという気分にもなれなかった。単純にそこまでの気概が残されていなかったというのもあるだろうけど、それ以上に思い知らされてしまったからだろう。
どれだけの思いを、お嬢がずっと溜め込んでいたのかを。敬愛していた兄の死という事実。母親という垣根すらも超えるほどの絆で結ばれていたシャミノさんが突然何も言わずに単独行動を取り始めたことに対する不安。
姫様に支えられてようやく落ち着いたはずのその気持ちに、僕が再び火をつけてしまったんだ。そう考えると、その矛先が僕に向いても文句は言えないと納得してしまった。
「僕の方こそ無神経だった。ごめん。」
お嬢はここでようやく僕の方を見てくれた。
「それで、私はどうしたらいいんですか?どうしたら母さんや姉さんたちを救えるんですか?」
それも今度は真剣な目つきだ。でもこれでようやく話し合いの場ができた。
「僕たちがあの村の秘密を暴いている間に、お嬢にはシャミノさんと一緒に助っ人としてあの村に潜入してもらいます。」
* * *
「結局今日一日、何の動きもなし・・・か。」
「ふうむ・・・。ますますわからないな。やっぱり昨日のギガントドレーギアの出現で一区切りだと見るべきなのだろうか?」
「ま、何かしらの不都合があるんだろうな。でもおかげでこっちも一日休むことができた。まるまる1日献上してくれたツケは高くつくぜ。」
「と言っても、特に状況が改善されたわけでもないんじゃがな。」
長い長い王様との会議と、姫様&お嬢への作戦伝達を終えた僕は、仕事を終えて戻ってきたザイロンさんと師匠の偵察結果を聞いていた。
この場には昨日の全体会議に出席していた全員が再び集結している。全員すでに晩飯は済ませており、こうして会議場で報告会をしているところだ。
「とりあえず、新しい魔獣どもが発生する前にこっちも動かないといけない。」
「と言いつつ結局何も決まらず今朝は解散になったじゃろう。それで、どうするかは決まったのですか、若?」
「手ぐすね引いて待ち構えたいところだけど、それができない以上こちらからも打つ手がない。そういう話だったと思うんだが?」
作戦について一切知らされていない師匠とザイロンさんが、今日の王様の成果を聞かせろとばかりに詰め寄っている。
「そういう話で間違ってねえさ。どう頭捻ったって、結局が予測不能な出来事に対処する策なんて浮かばねえっての。」
だが、王様から出る言葉は多分2人の期待を大きく裏切るような発言だった。
「さっきまであれだけ余裕ぶっていたではないか!てっきり何か妙案でも思いついたのかと思っていたのに、どういうことじゃ!?」
「まあ焦るなって爺。俺もただボーッと今日を過ごしていたわけじゃねえよ。ただ、その仮説が本当かどうか確かめるには、少なくともあともう1日の猶予が必要だ。」
「あと1日あれば何ができるというつもりだい?」
「ーーーあの村の化けの皮を剥がせるかもしれない。」
ザイロンさんの問いに少しだけ間を置いて王様はそう答えた。さっき、一通り僕たちが何をしようとしているのかを説明したはずなのに、なぜか姫様とお嬢が一番いいリアクションをしているんだけど。いやマジで何で?
「ど、どういうことじゃ!?あの村に化けの皮なんてあるのか?」
「おいおい、昨日3年前のあの事件のことを話したばっかりじゃねえか爺。」
「それは重々承知して・・・。ま、まさか3年前のあの事件と今回の事件は同じだと・・・?」
師匠の発言に頷く王様。その様子を見たザイロンさんも、王様が何をしようとしているのか察しがついたようだ。
「でもどうするつもりだいガルディン?この3年間で思いついた方法は、あらかた試したじゃないか。魔獣の出現方法だって未だに解明されていないっていうのに。」
「ま、そうだな。そこに関しちゃ確かにさっぱりだ。・・・でもよ、方法なんてわからなくたって、誰がそれをやっているかが分かっちまえば、そもそもの問題は解決するだろ?」
「分かっちまえばって簡単に言うけど、それがわからないから困っているんだろう?あの村の村長が犯人だって僕らが決めつけているだけで、証拠がない。」
「証拠はなくても不可解な点が多すぎるだろ?ほら、例えば今日魔獣が現れなかった理由とか。」
「現れなかった理由?それはギガントドレーギアが一区切りだったってことで落ち着いているのかと思ったんじゃが?」
実際僕らもそう思っていた。魔獣出現には何かしらのアルゴリズムがあるんじゃないかって、その路線ばかり考えていた。
けど、昨日の話を思い出してから改めて今の状況を考えたら、もう一つの可能性に思い至った。
それは、
「ちげえよ。それは多分、シャミノが今村にいるからだ。」
どういう仕組みで魔獣が召喚されているのかはわからないけど、少なくともあのボロ雑巾が裏で糸をひいているのだとしたら、何かしらあの村で悪巧みをしている可能性が高い。
今までなら何の気兼ねなく、村でその下準備ができていたんだろうけど、今日はずっとシャミノさんが村にいたはずだ。完全に味方だと信じきれないシャミノさんが村に居着いている以上、目立った動きを取れずにいたんじゃないか。
「そう考えると、突然今日になって全く魔獣が現れなくなった理由にも辻褄が合う。」
ザイロンさんと師匠が黙り込んだ。彼らなりに頭の中で、その話に矛盾や欠陥がないかどうか考えているんだろう。
とりあえず現時点で、あのボロ雑巾が今回の魔獣騒動の犯人だと99.9%くらい思っている。その上で、シャミノさんが理由で魔獣が今日発生しなかったっていう説の信憑性は50%くらいだと考えている。
ちなみに他の可能性としては、単純にお嬢の兄的存在だったフウランさんとやらが死んでしまったのが予想外で、この作戦の実行自体をやめようとしている説。今魔獣を呼んでも、仮に僕たちが助けに来なかった場合、本当に村が滅んでしまう可能性があるから呼ばなかった説。とまあそんなところだ。
「そもそもギガントドレーギアが現れた経緯だっておかしいだろ。俺たちが村に来たのを見計らったかのような登場だったんだ。これが俺たちをおびき寄せてあの巨大龍と戦わせる目的だったと考えなかったら何だって言うんだよ。」
「その点に関しては疑問が残るよ、ガルディン。もし万が一にも君たちがそのギガントドレーギアに負けていた時の場合を考慮していないじゃないか。」
「自分で召喚しているってことは、消す方法も知っているんじゃねえのか?フウランが死んだのは事故だったとかあいつのことだから言いかねねえしよ。」
「だとしても、僕らが寝ている最中にも村を魔獣に襲わせていた理由がはっきりしない。」
「そりゃあ、俺たちに疑われないようにするためだろ。ほら、お前は今こうして引っかかった。」
「ガルディン!」
珍しく苛立ちを感じたのか、強く机を叩いて立ち上がるザイロンさん。その振動でメガネが少しずれているがそれを直そうとする様子もなく、言葉を続ける。
「何をそんなに焦っている!?根拠もなしに疑うのは、いよいよ決定的な溝を生むと何度も警告して、それに君も納得してくれていたじゃないか!」
「逆にどうしてお前はそんなに焦りを感じずにいられる?不定期に訪れる正体不明の魔獣の襲撃、今までのものとは桁違いの強さを持つ魔獣の出現。こんな異常事態が発生しているにも関わらず、確かな証拠や根拠がないからと言って行動を制限しようとしてくるお前の方がよっぽどおかしいと思うんだけど、そこんとこどうよ?」
いつも思うけど、ザイロンさんと口論になるときは必ずと言っていいほど、ザイロンさんが感情的になり、王様が冷静に返すという構図ができている。互いのキャラが逆転しているようで、何だか見ていてチグハグな感じがすごい。
何が一番変な感じがするって、冷静な王様の方がやっぱり的を射たというかそれなりに筋が通っていそうな発言をするんだ。
それで、そういうときは決まって王様は同じ目をする。
あの、全てを見通しているかのような肝の据わったように澄んだあの瞳を。
「それとも何だ?あの村が滅んだら困る事情でもあるのか?」
「食糧源を確保する必要性が出てくるし、今回のような魔獣の発生にも村があれば余裕を持った対応ができるだろう?」
「魔獣の発生がその村によって引き起こされている可能性があるって言ってんだ。食糧源だって、国が滅びちまったら元も子もねえだろ。・・・おいおい、頼むぜ。あまり俺を失望させるなよ、ザイロン。」
誰もが王様の発言の方が一理あるという空気を出している。すでに王様と熱い議論を交わした後の僕と宗次はもちろん、師匠や姫様、実の娘であるお嬢ですらザイロンさんの味方をしようという気がなさそうだ。
それを悟ったのか、ザイロンさんは静かに椅子に座りなおして黙り込む。うめき声を漏らして数秒経過させた後に、観念したかのように深く息を吐いた。
「まだいくつか疑問は残るが、慎重にことを進めている場合でもないことは確かだ。それで何か事態を打開するきっかけになるかもしれないのなら、それに縋るのも一つの手かもしれない。」
ザイロンさんが折れて、やはり今回も王様の勝利で口論は幕をおろしそうだ。
「縋るっつっても、縋る相手が結局お前なのは変わりねえけどな。」
「・・・また僕の仕事を増やそうというのかい?」
「増えるというかは、置き換わるって言う方が正しいかもしれねえぞ。ーーーなんせ、これからお前とサラはしばらく村で暮らすことになるんだからな。」
* * *
いやあ、いつになってもこの王宮の大浴室の大きさには慣れない。普通に泳ぐ練習ができるなあ。
久々にそんな何のためにもならなさそうなことを思いながら、1人湯船に浸かっていた。肉体的疲労にも効くが、精神的なものや、頭の疲労にもやっぱり風呂というものは効き目があるような気がする。
そんな感じでだらーんと1人身体を投げ出しながら一息ついていたら、後ろからペタペタと足音が聞こえてきた。
「お、タツキ君か。・・・何だか溺死しているみたいで気持ち悪いな。」
湯気ではっきりと姿を視認できたわけではないけど、この口調と声で誰が来たのかはすぐにわかった。
ザイロンさんだ。
「珍しいところで会いますね。って普段はここに住んでいないんだから当たり前か。」
声の主は先に身体を洗いに行ったようで、一度気配が遠のいていく。
今日は久々に王様と言い合いをしている場面に遭遇したし、ザイロンさんも少しは疲れているだろう。ここは1人でこの広大な湯船を堪能してもらった方がいいかもしれない。
そんなことを考え立ち上がろうとした時には、なぜか遠のいていたはずの気配が再び僕の近くまでやってきていた。
「なんだい、あれだけ気持ちよさそうにしていたのだから、まだ出ないだろうと思って急いで全身を綺麗にしてきたというのに。」
「え、早くないですか!?」
「別にそうでもないよ。僕ほど魔術に長けていたら、汚れを洗浄することなんて秒だよ秒。」
そんな軽口を叩きながら、ザイロンさんは立ち上がろうとしていた僕の隣に腰かけた。
「やっぱり僕のことは嫌いかい?」
冗談っぽく笑いながらも、少し寂しそうにこちらを見つめてくる。そんな顔をされたら、ここから出ようとしたことがまるで、ザイロンさんから逃げ出したかったからみたいになって出づらいじゃないですか。
実際、あの人は冗談のつもりで言ったのかもしれないけど、正直僕はザイロンさんのことが好きかと言われるとノーと答えてしまうかもしれないっていうくらい、ザイロンさんに苦手意識がある。
この何を考えているのかよくわからない感じと、それでありながら常に僕や王様の意見に反論してくるこの姿勢が、反射的に彼を相容れない存在と位置付けているのかもしれない。
「ははは!!!そこで無言を貫くっていうのは、肯定しているのと同じだよ、タツキ君!」
む、しまった。つい長時間黙り込んでしまった。それも最悪のタイミングで黙ってしまった。
「す、すみません!そういうつもりじゃ・・・」
「いやいや、君が謝るようなことじゃないさ!思い返せば、僕は今まで一度も君にとってプラスになるようなことをした記憶がないしね。」
湯船の縁に体重を預けながら、僕の方を敢えて見ないようにしてザイロンさんは続ける。
「マイヤちゃんと付き合う付き合わないの一件で口を挟んだり、君が修行をすることに反対してみたり、ね。昨日の大変な事件にも助けに行かなかったし、さらにはおそらく君が半分ほどかんでいるとみられるさっきのガルディンの思想にも真っ向から反対してみせた。こう考えると、僕は君の邪魔しかしていないな、まったく。」
また軽く笑いながら、今度はしっかりと僕の方を見てきた。まるで、次は僕が喋る番だと言われているような気がして、急いでなんとか口を開く。
「てっきり僕は、ザイロンさんが僕のことを嫌いなんだと思っていました。今この瞬間も、僕と一緒にこうして風呂に浸かっているのが不快だと思っているんじゃないかって思っているんですけど、どうなんです?」
しまった、急かされた勢いでつい本音が!
・・・って心の中でまで嘘をつくのはやめよう。これは言ってやろうと思って言ったことだ。別に嫌われたいわけじゃないけど、この人には別に建前を用意する必要もないような気がしたから、思ったことを口にしてみただけ。
「君が嫌い・・・か。それはどうなんだろうね?」
「どんな質問の返し方ですかそれは・・・。」
「いや、だってね。ーーー半分正解で半分不正解だなあと思ったからさ。」
「それまたどんな質問の答え方ですか・・・。」
半分は嫌いで半分は嫌いじゃない。それって結局どっちやねんって話ですよ。
「僕にだってどっちつかずの答えを用意したくなる時があるんだよ。尻尾もつかめないような難題に手探りで向き合うような日々を送っているんだ。たまにははっきりとした答えを出さなくてもいい時があったっていいじゃないか。」
「は、はあ。」
だめだ、いつもみたいに王様と話すノリでいこうとすると、完全にこちらのペースが崩される。
何も考えずに勢いで直球ばかりの会話をする王様とは正反対で、常に何かを考えながら変化球ばっかり投げて場を濁そうとしている感じが、なんとも付き合いずらい。
「タツキ君、今僕のことめんどくさい奴だと思っただろ?」
「・・・心を見透かすくらいならもう少し真っ直ぐな会話をしましょうよ。」
「はは、少しは君を見習った方がいいかもしれないね。」
「さっきまでは王様と直球のぶつけ合いしてたじゃないですか。」
「あれは僕の本意ではないよ。ただ、ガルディンはいつも急にめちゃくちゃなことを言うから、それを制御したり本当にそれが正しいのかを諭す役割を任されてしまっているだけだ。嫌々だよ。渋々だ。」
それはもう本当に嫌そうな顔でザイロンさんは答える。
「それがあいつのいいところでもあるんだけどね。」
「振り回されるこっちの身にもなれって常々思いますけどね。」
「でも君はうまく振り回されているじゃないか。ガルディンという名の荒波にうまく乗りこなしている、そんな風に僕には見える。」
「生活を囮にされて、あれこれ命令されていたら、いつの間にか参謀なんていう無茶な肩書きを背負わされていただけですよ。」
「いいじゃないか。それだけ期待されているということだ。それに、君は君に与えられている仕事にはきちんと応えている。そこは素直に胸を張っていいんじゃないかな。」
眼鏡を外した見慣れない顔で優しく微笑むザイロンさん。こうして裸眼のこの人を見ていると、やっぱりどこかお嬢の面影がある気がする。顔立ちが整っていると、40代手前でもここまで若々しく見えるんだな。
この絵だけ切り取ってみれば、めちゃくちゃ頼りがいがありそうないい人なのに。実際は家に帰らずに、王様と2人で女を侍らせて遊んでいる人なんだから溜め息が出るな。・・・よくよく考えたらどうして王様が何百年の時間を生きている今になってそんな趣味に走り始めたのかが謎だな。今度機会があったら聞いてみるか。
「それに、今のガルディンに寄り添えるのは君しかいないようだしね。」
「流石にそれは言い過ぎじゃないですか?ともに過ごしてきた時間はザイロンさんの方が長いじゃないですか。」
「それだけでは人間関係というのは測れないよ、タツキ君。長く共にいたからといって、今のガルディンの笑顔を引き出すことはきっと僕らにはできないからね。」
「そんなことはないでしょ。王様とザイロンさんはずっと仲が良さそうじゃないですか。」
「ーーーそれでも、ガルディンが変わってしまった理由を僕は知らない。君はそれを知っているというのに・・・ね。」
「なっ!?」
そんなことない!っと咄嗟に言おうと思ったが、それ以上に驚きが勝ってしまった。見事に動揺を前面に押し出した形になって、それが本当だと態度で示すような結果になった。アホか僕は。
でもだからと言って、王様が僕に固執する理由をバラすわけにもいかないし。うーん、これは別ベクトルで話しづらい相手になってきたな。
「大丈夫だ、別に君からそれを聞き出そうというわけじゃない。それをしたところで、根本的な問題が解決するわけじゃないしね。」
ああダメだ、多分この人の手にかかれば僕の脳内なんてあっさりと見透かされてしまうなこれは。その秘密がタイムスリップとかいう常識の範疇を超えたものだからかろうじてバレずに済んでいるって感じだ。
「ちなみに変わる前の王様ってどんな人だったんですか?」
そんな精神的に追い詰められた僕がなんとか話を逸らそうと捻り出した一言がこれだった。
「ん?昔のことは何も聞いていないのかい?」
「その変わった時点での話をほんの少しだけ聞いたくらいです。それ以外は何も知りませんよ。というより、それこそ秘密にされているって感じですよ。」
「ははーん、なるほど。あいつもなかなかずる賢い奴だなあ。」
「ずる賢い・・・ですか?」
あんたの方がずる賢そうだけどな、っていうツッコミは話の腰を折りそうだからグッと我慢。
「だってそうだろう?自分の都合のいいように、開示する情報を人によって変えているんだから。変えられているこちらとしては、あまりいい気分はしなくないかい?」
「それは確かに。」
『全部終わったら話す』の一点張りでなかなか折れないからなあの人。これだけ暴露しておいて今更何を隠すことがあるんだとは思う。
「でもこれからは彼の参謀役に任命されたんだから、もっとあいつに振り回されることになると思うよ?」
「すでに昨日今日でヘロヘロですよこっちは。」
「それほど、君のことを待っていたんだろうねあいつは。」
「僕を待っていた?」
「ああ。・・・なんでこんな表現をしたのか僕にもわからないけど、なんかそんな気がしたんだよ。特に深い意味はない。」
本当にこの人と話していると心臓に悪いな。勘だけでそういうことを言うのはやめてくれマジで。
「じゃあ最後に昔からあいつの相棒をやってきた僕から一つ、あいつと付き合っていく上での助言を与えよう。」
「女好きになれとかだったらお断りしますよ?」
「はは、それで一回マイヤちゃんに消し炭にされるのも見てみたいな。」
やめろ、シャレにならんわ。
「あいつを常に監視することだ。・・・あいつは1人で思い悩んで、いつも失敗してきたからね。」
「まあ確かに色々1人で背負いすぎだとは思いますね。」
「誰よりも腕は立つくせに、あいつは今まで大切なものを何度も失ってきた。ーーー君がいることで、その呪われた運命に光がさせばいいんだけどね。」
「呪われた運命・・・ですか?」
「ま、これ以上は僕から話すことでもないだろうし、あとは直接本人が言ってくるのを待つことだね。」
「僕に何かできることがあると?」
「それは僕も知らない。応援と助力は惜しまないけどね。」
そう言うと、ザイロンさんは一足先に湯船から立ち上がった。ザバァっと大きな水しぶきを立てて外へ向かって歩いていく。
「柄にもなく長風呂をしてしまったよ。君と話すのは予想外に楽しかった。また、こうして裸の付き合いをしようじゃないか。」
「風呂場ではもう少し心と頭を休ませたいんで、できれば遠慮したいんですが。」
「はは、つれないなあ。」
片手を上げて別れの挨拶としたザイロンさんはこうして、僕よりもあとに入ってきて僕よりも先に出て行った。
気づけば両手がふやけてフニャフニャになっていて、一歩間違えればのぼせてしまいそうなほどの時間を湯船に浸かっていたことになるんだけど、なぜか背筋だけがずっと暖まらなかったおかげでそれは免れたみたいだ。
「はあ・・・やっぱ苦手だわ、あの人。」
すっかり静かになった風呂場に、そんな僕の独り言がこだました。
* * *
「てなわけで、留守は任せたぞ、爺。くれぐれも俺らが戻ったら王都が火の海になんてことがねえようにな。」
「縁起の悪いことを言うでないわ!何があっても守り抜いてやるから安心せい!」
いつになく頼もしい台詞を吐く師匠に背を向けて、僕たちは王宮を後にした。
万が一にも夜中に魔獣の襲撃があったら困ると思って、王様と師匠とザイロンさんが交代で警備をしていたけど、やっぱりそんな万が一が起こることもなく、作戦決行の朝を迎えた。後ろで王様と師匠が何やら嫌なフラグを漂わせる会話を交わしていたような気がしたけど、気にしたら負けだろう。
「お前らは村の監視、あとシャミノの奪還だ。ただ一昨日みたいに、村に到着してから何かしてくる可能性もある。絶対に気を抜くなよ。」
「そこに関しては僕がいるから安心しろ、ガルディン。今度は・・・、今度こそは絶対に目を離さない。」
「姫様、頼みますから何かあっても無茶だけはしないでくださいね?」
「そんなことを言うなら私もタツキ様の方についていきたいのですが・・・。」
「そうだそうだ!彼女を置いていくなんてひどい彼氏ですよタツキさん!!!」
「ああ、その話は耳が痛いからやめてくれ。僕だって苦渋の決断だったんだよ!」
お嬢とザイロンさんは作戦通り村の潜入任務&シャミノさん奪還に向けて動いてもらう予定だ。
そして師匠と姫様は王都に残って王都の守備。とは言っても主にその仕事をこなしてもらうのは師匠の方で、姫様はそのサポート兼、お嬢の弟妹たちのお守りだ。子供の面倒を見ろって言ったら流石に危ない真似はできないだろうという目論見だ。
姫様の安全を確保しないと王様もぼちぼち王都を空けられないと言うからこういう戦力配分にした。この方が僕も安心だし。
それに、もう一つ姫様を王都に残していくのには大きな理由がある。
「ふふ、分かっています。それに、タツキ様の参謀としての初作戦なんですもの、必ず成功させてみせないと!」
「そうですね!でも一昨日もうまくやってくれましたし、きっと大丈夫ですよ!」
「もはや僕が僕自身を疑いたくなるくらいに、なんの心配もしないんですね2人とも・・・。」
「え、何でですか?」
「え、何でですか?」
この謎の厚い信頼に疑問を呈してみたのに、そもそも疑問を抱いていることすら不思議だとでも言うかのようなこの反応。なんか無性に背中がむず痒くなってくるな。
「はあ・・・、もういいです。これ以上出発の決意が鈍る前に行きます。」
「・・・そうですね。私も引き止めるのはやめにしないと。」
「はい、私ももう行きますね!」
「それじゃあ・・・。」
もう一つの大きな理由、それは。
「行ってきます、姫様。」
「行ってらっしゃい、勇者様。」
ちゃんと今の僕には帰る場所がある。それを改めて感じたかったから。
「・・・おい、いい加減俺の存在にも触れてくれ。」
「あ、悪い宗次。完全に忘れてたわ。」
「ソージも頑張るんだぞー!」
「・・・うっせ。また泣きそうな顔してくんなよ?」
「うわ、そういうこと言うんだー!?帰ったら覚えておきなさいよ、イソーロー!!!」
結局僕と王様サイドについてくることになった宗次も、ちゃんと家主の娘に挨拶を済ませていよいよ準備完了と言ったところだ。
「うっし、それじゃ各々、気張って行くぞ!!!!!!」
それぞれが王様の掛け声に呼応して、それぞれの持ち場へと向かって歩き出す。
こうしてまた、長い長い1日が幕を開けたのだった。
3章前半戦終了です。
次回から後半戦。3章のメインテーマである「過去」も知恵の塔編でさらに色々と明かされていきます。
この国にやたらと関わってくる「決まり」の起源、新キャラの登場、そしてタツキに新たな力が・・・?
とこんな感じの内容になってくるかと。
あと、同時並行で全く毛色の違う別の話も書こうと思うので、よろしければそちらもどうぞ。




