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科学と愛は冒険の始まり  作者: トレア
第3章
57/72

3-17 闇の番人

 「はあ、はあ、これでどうですか、レージベルさん?」


 未だに不慣れな力の行使に息を切らす玲那。全力で走った後に襲いかかってくるようなものとは全く系統の異なる疲労の蓄積に、普段はあまり見せることのない苦痛の表情を見せていた。


 「俺より習得が早いのは流石に予想外だったな・・・。」


 その隣で腕を組み、何やら眉をはの字に曲げて複雑な表情を見せているのは、玲那の異世界生活の世話をしている、世間を賑わす魔王の異名を持つレージベル・ヘージボルトだ。


 「ほ、本当ですか!?これなら私も闇魔法をマスターできますか!?」


 「ああ、この調子なら半年である程度の基礎は叩き込めると思う。」


 師匠からの明るい情報に、不安定な息づかいの中でパーっと表情を明るくする玲那。だがそんな弟子の嬉しそうな顔を見ても、レージベルはなおも複雑そうな表情を浮かべたままだった。


 「なあ、レナちゃん。」


 「どうしました?」


 「この流れでこんなこと聞くのもどうかと思うけどさ、どうしてそうまでして必死になれるんだ?」


 玲那はそんな師匠の顔から、すでにこの質問を投げかけられることを予測していたようで、すぐに答えを返した。


 「これが今の私に与えられた使命ですから。」


 「使命って。こんなの、ただガルディンに命令されたからやっているにすぎないだろ。もっと他にレナちゃん自身がやりたいことがあるんじゃないのか?」


 「・・・いいえ、これでいいんです。これが私のやりたいことなんです。」


 「嘘だ!君はあの小僧のところに行きたいんだろ!?」


 魔王城という仰々しい呼び名からは想像できない、少し広めの木造建築の家にある庭にレージベルの声が響く。


 「ううん、私から会いに行くことはもうない。・・・樹君のことはあのお姫さんにお任せしたもの。」


 「・・・お節介なのはわかっている。でも、本当にそれでいいのかい?」


 「はい。それに今こうして私が黒魔法を覚えることが、樹君を助けることになるかもしれないですから。」


 清々しいほどに眩しい笑顔を見せる玲那を見て、レージベルは見るに耐えないものを見ているような悲しみを浮かべる。


 「・・・この愛って毒は、一体どれだけの人の運命を翻弄すれば気がすむんだろうな。」


 そう呟くレージベルの目は、目の前の少女を捉えてはいなかった。




 「あの塔にさえ行かなければ、俺の運命は変わっていたのだろうか。」



            *     *     *


 「タツキ、方角を確認しろ!」


 「大丈夫です、ちゃんと北西の方角に向かっています!」


 「その割には全然見えてこないな!ちゃんと北西で合ってるんだよな国王さん!?」


 「地上から向かったことがないから景色が見慣れなくて不安になっただけだ。時間はまだかかるはずだからとにかく飛ばすぞ!」


 広大な草原を超え、先の戦いの傷跡が残る森を横目に見ながら、ただひたすら真っ直ぐ走り続ける僕たち3人。

 出発前に僕と宗次には、お嬢から風の加護を受けられる魔法をかけてもらっている。僕が魔王さんに誘拐された事件の時に、クタクタで動けなくなった僕にかけてくれた魔法のちゃんとしたバージョンらしい。おかげで、すでに15界以上は走り続けているのに効果は切れていない。

 風の加護というのは実に偉大で、ほとんど疲れを感じることなくずっと走っていられるし、普通にしているだけでそこらへんを走っている車と同じくらいのスピードが出せる。最初は速度制御に戸惑ったけど、慣れてくるとこの風を切って走っている感覚が癖になりそうだ。ノーブレーキで木とかにぶつかると怪我では済まなさそうなところが怖いけど。


 ただもっと怖いのは、その僕らのスピードに風の加護を受けていない王様が平気な顔で並走してくることだ。おまけに、


 「お前らもっと気合い入れて走れや!このままじゃ着く頃には日が沈んじまうぞ!!!」


 とか喝を入れてくる。実際、王様は僕らのペースに渋々合わせているみたいで、試しに一回リミッター解除してもらったら、あっという間に姿が見えなくなるくらい先まで行ってしまった。化け物だ。


 「俺の感覚が正しければ、まだあと10界ほどはかかると思っていい。お前らにもわかりやすく言うと、最低でも30分、最高で1時間くらいはかかると思え。」


 「いや、僕らの時間の表し方まで知ってるんですか!?」


 「俺が今まで何回お前らに会ってきたと思ってんだ。これくらいはもう身についてる!」


 僕からすると、まだ出会って2ヶ月ほどだから、相変わらず違和感しかないけど。


 「この世界で生きる上では無駄でしかない知識だけどな。」


 「お前らにより信用してもらえるかもしれないって考えたらそこまで無駄じゃねえだろ。」


 「・・・まあ、そういう意味では無駄にはなってないっすね。」


 それは宗次にとって予想外の返しだったようで、珍しく素直に引っ込んだ。


 「それによ、違う文化に触れるっつーのもそれなりに面白いもんだったぞ。俺らの生活の要である魔術がない世界で、どんな風に生活しているのかとかな。」


 僕がこの世界に来てびっくりしたように、王様もきっと僕らの世界の話を聞いた時はさぞかしびっくりしたことだろう。


 言ってしまえば、僕らがいた世界というのは、ある意味この世界の未来みたいなものだ。魔術なんていう便利なものがない世界で頑張って知恵を振り絞って、死に物狂いで『科学』という名の魔法みたいなものを編み出したってだけなのだから。

 だから裏を返せば、この世界でも僕らの世界の文明はある程度再現できるのだ。もちろん、手に入る素材に違いがあるからできないものもあるだろうが、やってやれないことはない。

 ・・・そんなことをしたらまた例の決まり事とやらに触れそうだけどな。


 「魔術の適性に関係なく、全員が平等に生活ができる世界。魔獣なんていう化け物に怯えずに生活できる世界。誰もが自由に考え、生活する権利が与えられている世界。ーーーまさに理想郷ってやつだ。」


 「それは無い物ねだりってやつだ、国王さん。俺たちは俺たちで、最初は魔法が使える世界に来たってワクワクしたんだしな。」


 「とは言っても悠長にそんなことを考えている暇は、僕もお前もなかったけどな。初っ端から僕は王宮に連行、お前は魔獣に襲撃されたわけだし。」


 「お前と一緒にするな。俺のは不可避の事故だ。お前のは、完全に最初にとるべき行動を間違えた結果だ。自業自得だろうが。」


 「だってよ!通行人が全員僕のことを無視したんだぞ!?流石に不気味で外に出たくないって思うだろ!?」


 今でもよく覚えている。タイムマシンのドアを開けたら見たこともない景色が広がっていて、それでパニックになって騒ぎまくったのに、平気で周りの人たちが素通りしていったあの気味の悪い事件を。


 「ああ、あれか。あれは前もって、俺が街を巡回していた時に『タイムマシンから誰か出てきたら、一切相手にせずにすぐに俺に報告をよこすように』って国民に言っておいたんだ。」


 「あれ、あんたの仕業だったんかい!!!!!」


 「いや、毎回通行人と問題を起こしたり、そのまま通行人のお世話になったりと行動が変わりやがるから、捕まえるのが面倒だったんだよ。だからここ数回はずっとこの手法を採用して、すぐにお前に接触できるようにしてあったんだよ。」


 え、ということは・・・。


 「まさか、僕があんな行動に取るのも・・・」


 「いつもは報告があったらさっさと中に侵入してお前を引っ張り出してるんだけどな。今回は試しに放置してみたらどうなるのかと思って外で出てくるのを待ってたみたら・・・、くっくっく!」


 「いや、初見やったんかい!?」


 「こっちだって笑いを堪えるのに必死だったんだからな!?なんとか平静を装って、ヘボの命令でやってきた侵入者っていうめちゃくちゃな理由を仕立て上げることに成功したけどよ。あれは流石に・・・くっくっく!」


 「いい加減笑うのをやめんかい!」


 思い出したくもないあの時の赤っ恥がまた蘇ってきて、顔が熱くなってきた。結構なスピードで走ってるせいで風がやたらと冷たく感じてたんだけど、そんな感情も何処へやらだ。


 

 「さーてと、そんなくだらない時間潰しはここまでにして、そろそろ作戦会議すっぞ!」


 「メンタルズタボロですけど僕・・・。」


 「自業自得だ。」


 「覚えてろよ、宗次・・・。」


            *     *     *


 あれからさらに30分ほど走り続けているが目標地点はまだ見えていない。その間に僕らの足場はだんだんと悪化しており、緑に染まる草原を走っていた最初が幻だったんじゃないかと思うほどの、焦げ茶色のゴツゴツとした土に覆われた地帯へと突入している。細心の注意を払わないと、その凹凸に足を躓かせて大怪我へと繋がりそうだ。

 ここがあるからできるだけ地上を通りたくないんだ、と王様がぼやくのもわかる。いくらお嬢の風魔術の支援があるとはいえ、ここを走るのはなかなか辛い。


 そんな道を作戦会議しながら走っていると、ついに王様の口から聞きたかった言葉が発された。


 「おい、そろそろ見えてくるぞ!」


 下を向いて走っていたから気づかなかったが、すでに前方には少しずつ緑を宿した木々が復活していた。


 そしてその木々の中から、何やら真っ黒い細長い建物がそびえ立っているのが見えた。

 でもただ真っ黒なだけではない。あの建物を囲うように黒い結界みたいなものが覆っているのだ。どうやらあれは闇の魔力か何かだろうと、僕の2ヶ月ちょっとで鍛えられた魔力が訴えかけてきている。一昨日戦ったギガントドレーギアからも感じた、瘴気とでも呼べそうな邪悪な気配がこの距離ですでにひしひしと感じられる。

 


 「あの見るからに禍々しいオーラが出てる建物が知恵の塔ですか?」


 「別にただ黒いってだけで、そんな禍々しくはないだろ。」


 同じ感想を共有していると思ったら、肩透かしを食らいそうな感想が宗次の口から飛び出した。


 「いやどう見たっておかしいだろあれ。ほら、あの黒い結界みたいなのが見えないのか?」


 「黒い結界?ただの真っ黒い塔しか見えねえぞ?」


 走る速度を落とし、目を凝らしてもう一度塔をじっと見つめていたが、やっぱり宗次からはただの黒い建物という感想しか出てこない様子だった。


 「・・・なるほどな。お前にはそういう風に見えるのかタツキ。」


 「まさかとは思いますが、王様にも普通の塔としか見えていないんですか?」

 

 あの言い方だと、まるで僕にしかそれが見えていないとでも言いたそうな感じだけど。


 「黒い塔を認識はできるが、なんか周りの空間が歪んで見えるって感じだな。確か昔、ザイロンも薄黒い膜みたいなのが見えるとか言っていたが、どうやらお前にはハッキリと見えているようだな?」


 「僕にしか見えていないってことは、これは白魔術の影響でしょうか?」


 「だろうな。俺はまだ魔力に敏感な方だから、わずかながらに視認できるってことだろ。その証拠にソージには見えていないようだしな。」


 「何をそんなに騒いでいるのかさっぱりわからんっていうくらいには、何も見えていない。」


 ふむ・・・。白魔術を身につけていると、闇の瘴気みたいなものを強く感じることができるっていうことか。光が闇に敏感っていうのは2次元の設定だけじゃないんだな。


 「とりあえずあの塔がやばい場所っていうのは理解できました。」


 「軽い気持ちで望まれるよりはマシだけど、ビビりすぎるのも勘弁だからな。俺たちはあの塔を破壊しにきたわけじゃねえんだからよ。」


 「そりゃあこっちはそのつもりでも、その塔の番人次第では何が起きるかわからないんだろ?」


 「前回来た時は、俺たちは助ける側だったから特に気にする必要はなかったんだけどな。今回は、堂々と規則違反を働きにきたってわけだから、果たして歓迎されるか怪しいってだけだ。」


 「その歓迎されなかった時が怖いって話をしてるんだが?」


 「なーに、俺がいるんだから大丈夫だ!最悪、強行突破すりゃいいんだからよ!」


 「そうなりそうだから心配してるんでしょうがこっちは・・・。」


 宗次と王様がすごく心配になる会話を交わしている間に、ついに塔がある森まで辿り着いた。

 先頭を走っていた王様が森の入り口でようやく足を止めたので、僕と宗次も同じく足を止める。


 「うお、なんだこの気持ち悪い感覚は!」


 「身体が前に勝手に進みそうになる・・・うぷっ!」


 長時間ずっと相当なスピードを出して走っていた反動が、急に止まったことで一斉に襲いかかってきたようで、そのまま僕と宗次は青い顔をしてその場でしゃがみこむ。


 「おいおい、頼むぞお前ら。こっからが本番だって言っただろ?」


 「ちょ、ちょいタンマ。こんな状態じゃ森には入れねえ・・・。」


 「お嬢のやつ・・・、副作用についてちゃんと説明しとけよ・・・。」


 恨み言を一つ呟いたところで、気持ち悪さを訴えてくる箇所に治癒魔法を唱える。込み上げてきた胃酸や頭痛がすぅーっと引いていくの感じたところで、同じ魔法を青ざめた宗次にも唱えてやる。


 「おお、助かった。まさかお前に魔術で助けられる日が来るとはな。」


 「今のところサポートに関しては僕もそれなりに仕事ができるからな。行使できる魔力にそれなりの制限はあるけど。」


 「それは使い込んで熟練度を上げるか、魔法自体をぶっ放しまくって魔力そのものを増やすしかねえ。安心しろ、白魔術の本を手に入れられたら、さらに厳しい修行の日々が待ってるからな。」


 おおう、ついに唯一の癒しの時間だった魔術のお勉強タイムすらも地獄の時間になってしまうのか。


 「・・・ん?」

 

 そんな先の展開に頭を悩ませていると、何やら森の奥の方からガサガサと物音がした。


 「チッ、やっぱりここら辺の魔獣は凶暴な奴が多いわな。」


 王様がそう言うと同時に、森の中から犬型の魔獣が何匹か飛び出してきた。全身があの塔並みに黒く、4本ある足からは隆々とした筋肉が浮き出ており、触れたものをバラバラに切り裂きそうな鋭い爪を備えている。

 そのうちの数匹が、これまた獰猛そうな牙を光らせて、王様に向かって飛びかかろうとしていた。


 「来ますよ、王様!!!」


 僕の叫びを聞く前からすでに王様は、懐からあの黄金色に光る柄を手にして魔力を込めていた。

 するとすぐに、柄の両端から黄色い幻想的な刀身がバチバチと音を立てながら現れる。


 「ーーー失せろ!!!!!」


 あとはそれを思いっきり横に薙ぎ払うだけでかたがついた。

 飛びかかろうとしていた魔獣たちは、その稲光を纏った一閃に1匹残らず横に両断されていったのだ。

 

 だが被害はそれだけに留まらなかった。


 第一陣の攻撃の様子見をしていた残りの数匹にまで、その雷撃が届いていたのだ。完全に他人事だと決めつけ、虎視眈々と牙を研いでいた集団も1匹残らず、無残な死骸へと姿を変えていた。


 

 「こっから先はもう安全地帯じゃねえから気を抜くんじゃねえぞ!」


 そして柄をまた懐にしまった王様は、僕らに警戒を促して颯爽と森の中へと入っていった。


 「気を抜くんじゃねえぞって言われても・・・。」


 「置いていかれた時点でゲームオーバーなんだが!?」


 そんな頼り甲斐しかない後ろ姿を、魔術の荒療治で体調を無理やり回復させた僕らは急いで追いかけていくのだった。


            *     *     *


 「バリバリバリバリッ!!!!!」


 すでに何度目かわからない雷鳴の音と共に、魔獣たちが声を挙げる暇もなく滅びを迎えていく。その魔獣たちの惨劇に最初は多少思うところもあったが、毎分のように種類の違う奴らが前方から飛び出してきては消し炭にされているから、すでに感覚が麻痺してきていた。


 「少しは恐れという感情がないのかねえ、あの魔獣たち。」


 「あの程度の魔獣に知能はねえからな。馬鹿の一つ覚えのように突っ込んでくるしか能がねえんだよ。」


 「こうしてみると、あのでっかいドラゴンがどれくらい規格外だったのかがよくわかりますね。」


 後ほどお嬢や姫様から聞いたところによると、あいつ自身だけでなく、子分的存在の小型魔獣たちに命令を与えることもしていたみたいだしな。いくら烏合の衆とは言っても、優秀な指揮官が現れると途端に手強い相手になるから注意しないといけない。


 「てか、少し森に入っただけでこれだけ襲われるのにその塔の番人とやらは大丈夫なのかよ?」


 「それについては問題ねえよ。そもそも魔獣がこれだけ襲ってくるのも、元はと言えばあいつのせいみたいなところがあるしな。」


 「・・・つまり、僕らの接近を察知して魔獣をけしかけてきているってことですか?」


 だとしたら、すでにこの時点で交渉の難航は覚悟しないといけないだろう。僕らの任務は知恵の塔の探索なのだから、敵対心むき出しの番人を放置できるほど悠長なことができるとも思えない。

 だとしたら、確実にその番人と一戦交えるしか道は無くなってしまう。


 「可能性はあるが、そういうわけでもねえと思う。単純に外敵がこの森に侵入したときのために、攻撃的な魔獣をこうして至る所に配置して追い払うって役割を持たせているだけだろ。」


 そうだとしたら、今こうしてその警備隊をことごとく殲滅してたら、僕らが帰った後にその塔の番人は大丈夫なのだろうか。

 と言っても、魔獣は本気でこっちを殺しにかかってきているから、倒す以外の選択肢は残されていないんだけど。


 「魔獣を手なずけられているってことは、その塔の番人とやらも闇魔法の使い手ってことか?」


 「お、鋭いじゃねえかソージ。そういうこった。やりあったことはねえから知らねえけど、実力はヘボと同等以上くらいはあるんじゃねえかな、あいつ。」


 そう言っている間にも、また1匹現れた魔獣の顔面に向かって、雷の槍をぶん投げて粉砕している。会話をしている片手間にそんな破壊力抜群の攻撃をするんじゃないよ。ゾッとするわ。


 「こういう特別な役職についている人は、ちゃんと戦闘能力があるんですね。」


 「そりゃポックリ魔獣にやられちまうような奴に番人を任せたって、何の意味もねえからな。とは言っても、あいつの出自はちょいと特殊ではあるが。」


 「そりゃ門の外で生活させられるような奴がまともな理由で外に出されたとは思えないしな。」


 この世界で門の外に出されるというのは、簡単に言うと命の保証はしないと宣告された人たちだからな。魔王さんや村の連中しか僕の知っている例はないんだけど。


 「あいつはあいつで相当な変わり者だしな。タイムリープのおかげで何度か会話する機会があったが、扱っている魔法以上に心の闇が深そうな奴だぜあいつは。」


 「なんだ、あんたもそんなに知っているわけではないんだな。」


 「俺だけというより、親父の代の人間ですら知らねえとかほざきやがったからな。誰もあいつのことを知ってる人間がいねえんだよ。」


 先代のってことは、師匠の代の人間がってことか。



 いや待て。それはさすがにおかしくないか?



 「てことは、先先代の人間もその人のことを知らないってことになりませんか!?」


 「そういうこった。先先代から先代にそこらへんの知識が伝承されていないだけって可能性もあるがな。」


 「だとしたら何歳なんだよその番人・・・。」



 宗次が引き気味にそう呟いた時だった。


 「・・・!?」


 急に僕の全身に気味の悪い悪寒が広がったのだ。ブルっと一瞬謎の震えに襲われたかと思ったら、両腕にびっしりと鳥肌が立っている。


 「今何か気持ち悪い波動みたいなものが体を通り抜けていきませんでしたか!?」


 「俺も何か気色悪い感覚があったぞ。」


 「俺たちが通り抜けたんだよ。ーーーあいつが張っているあの結界の境界線をな。」


 「結界?そんなものはどこにもありませんでしたよ?」


 結界といえば、森に入る前に見たあの黒い結界のことだよな?あれに近づいていたなら、僕には見えていたはずだろ?


 「遠くからなら何とか気づけるけど、近づけば近づくほどその存在がわからなくなっていく。ーーーこれがあいつの恐ろしさだ。」


 明らかに警戒態勢を強めた様子の王様が、なおもスピードを緩めず突っ込んでいく。


 そしてここでついに、馬鹿みたいにあった大量の木々が徐々に数を減らし始め、前方の景色が見えるようになってきた。


 

 そこでようやく僕と宗次は気づいた。


 「あ、あれは!?」


 「いつの間に塔がこんな近くに!?」


 視界を妨げていた木々が消えたと同時に、巨大な真っ黒な塔がその姿を現したのだ。


 「いっ・・・!?」


 そしてその視界の変化に目を奪われた瞬間、突如頭にズキンと刺さるような痛みが走る。


 

 『力無い者がこの結界の中に足を踏み入れるとは、いい度胸ね。』


 すると突然、痛みとともに脳内に力強い少女の声が再生された。女性にしては少し低めの声が、まるでテレパシーでも使われているように、直接脳へと届けられる。

 

 『どうせそこにいる、いつぞやの国の跡取りの仕業でしょ?まったく、本当めちゃくちゃよね、あいつ。』


 とりあえず脳内で「誰だ!!!」と叫んでみるが、声が向こうに届いたような気配はない。


 『でもまあいいわ。久しぶりの新顔だし、少し遊んでいきなよ。』


 本当にからかう程度のトーンの声が脳内に響いたと思ったその時だった。


 


 ーーー突然、あたりからあらゆるものが消失してしまった。


 さっきまで目の前にあったあの禍々しい塔も、後ろを見渡せばいくらでも見つけられたはずの木々も。

 隣にいたはずの宗次も王様も。

 王様の武器が出していたあの雷鳴も。

 両足から伝わってきていた地面の感覚も。

 結界を越えてから感じていた、湿気を多く含んでいた気持ち悪い妙な風も。

 その風に乗って運ばれてきていた、植物の青臭い香りも。

 

 ただ1人、右左どころか上下すらもわからなくなるような真っ暗な世界に閉じ込められてしまった。


 唯一自分の身体だけは自由に動かすことができるみたいだけど、地面を感じられないせいで平衡感覚が狂ってしまっている。これでは下手に動き回るのは危険だ。


 

 「王様!宗次!どこにいる!?」


 まずはさっきまで近くにいた2人の確認を始めるべきだと思い声を上げてみたが、返事はどこからもこない。


 これは間違いなく、さっき脳内に直接言葉を送り込んできたやつの仕業だろう。

 そしてその奴の正体というのはきっと、


 「塔の番人か・・・!」


 さっきの会話から、塔の番人が闇魔法の使い手だという情報は得ていた。とすると、大方その闇魔法で直接僕の脳内に何か作用してきているに違いない。


 この上下左右がわからない妙な空間は気持ち悪いし、心に焦りを焚きつけるには十分すぎる状況だ。遊んでいけと言っていたが、これは急にこんな状態にされて存分に混乱しろということだろ。


 でもそうとわかってしまえば、心は意外と冷静になれるもんだ。残念だが、僕はこういう状況にはすでにちょっとばかりの耐性ができてしまっているんだよ。


 

 だって、似たような経験をすでに僕は一度しているのだから。

 それに、この正体が闇魔法なのだとわかっているのなら、今の僕には抵抗する術があるのだ。


 あの2ヶ月姫様と一緒にやってきた修行を思いだせ。あの精神統一の修行だって目を瞑ってやっていたんだから、周りが真っ暗だろうが関係ないはずだ。

 全神経を体内に宿る魔力に集中させろ。そしてイメージするんだ。この闇を切り裂くような明るい光を。一昨日だって、あのドラゴンとの命のやり取りの最中で成功させてみせたんだ。いける。今の僕ならこの程度の暗闇、問題なく打ち払えるはずだ。


 「相手が悪かったな、番人さんよ!ーーー光よ、灯れ!!!」


 両腕が眩い光に包まれる。そしてその光は徐々に両手の前に集まり、やがてそれはサッカーボールくらいの大きさの光の玉になった。


 そこに少し力を込めてやると、光の玉は前方に向かって勢いよく飛んでいき、



 ーーー爆発。溢れ出てきた膨大な光が、次々に辺りを染めていた暗闇を切り裂いていった。



 すると、


 「へえ、これは予想外!自分の力で私の幻惑を打ち破るなんて!」


 元どおりになった世界に思わず目を細めながら正面を見ると、そこには深い茶色のパッチリとした目を丸くした高校生くらいの少女が立っていた。

 

 「ったく、悪い冗談はほどほどにしろっつーの。明確な敵対行動に出たかと思って、危うく攻撃するところだったじゃねえか。」


 そしてその隣に、相変わらず武器をバチバチと光らせている見慣れた超絶イケメンも立っている。

 並んで立っていると、2人の体格差がとんでもないな。王様の肘くらいまでしか身長がないぞ。


 目の前の少女はかなり小柄で、背も小さい。こんな森の中で番人をしているというからどれだけすごい見た目のやつがいるのかと思ったけど、明らかに服装がおかしい。

 上は少し丈の短いノースリーブのヒラヒラした感じの灰色をアクセントに使った紺色の服を着ていて、下は普通の紺色のスカートに黒いハイブーツと薄めのタイツを履いている。手には、その小柄な全身を丸々隠せそうなほどに大きそうな黒色のローブを持っているが、着ようとする気配はない。

 短く揃えられた黒髪はパーマをかけたようにサラサラとしていて、目鼻立ちも整っている。普通にどこにでもいそうな可愛らしい女子高生だ。


 だからこそ、この異常な環境で1人こんな禍々しい塔の番人をやっていると言われると、ミスマッチ感が半端ない。


 「何?その毒気を抜かれたようなキョトンとした顔は。」


 「い、いや。え、あなたが本当にこの塔の・・・?」


 「ええ、そうよ。私がこの知恵の塔の管理と警備を任されている。」


 う、うーん・・・。やっぱりどうもそんな感じの人には見えない。普通に黒髪っていうのもあって、現代人のような印象が強い。


 というより、戦っている姿が全く想像できない。姫様ともお嬢とも違う方向性を感じる。

 こうどこか、魔性というのか?どちらかというと、怖がるふりをして男の後ろで隠れているタイプに見えるというか。



 「おい、あまりこいつを甘く見るなよ。言っただろ、こいつの実力はヘボと同等以上だって。」


 「へえ・・・、いきなり脳内に魔法ぶち込まれておいて、それでも私のことを侮っているのかこいつは?」


 「こいつ、普通じゃねえからな色々と。」


 「お前が言うなという感想しか出てこないけどね、この破天荒王子。」


 しっかし、この国を治める王様相手になかなかの口の利き方だよな、この人。とは言っても、隣でいまだに暗闇と1人格闘しているあいつも結構ひどいとは思うが。


 「はあ・・・。こうも警戒心を持たずにぼーっと突っ立たれるとは、私も舐められたものね。」


 ぼーっと宗次の様子を眺めていたら、耳を疑いたくなるような声が聞こえてきた。いや、声自体はさっきまでとは変わらないんだけど。

 でもさっきまでとは明らかに違う。なんかこう、敵意のような、暗い感情が乗せられているように思わせる声。

 だがなんだろう、それだけじゃ説明がつかない違和感がある。


 何事かと思い、再び番人の少女の方を向く。

 するとその少女は、いつの間にか手に持っていたローブを地面に置き、露わになっていた白く綺麗な両腕を真っ黒に染めていた。


 

 そこまででも充分驚くに値する出来事なのだが、問題はそこではなかった。



 ーーーその同じ姿の少女が5人もいたのだ。



 「「「「「これでもまだ、私のことをただの女の子だと言えるかしら?」」」」」


 ・・・そうか!あの違和感は、同じ声が5方向から聞こえてきたからか!


 って感心している場合じゃない。5人いるってことは、あの腕に宿っている魔法攻撃も単純に5回飛んでくるってことじゃないのか・・・?



 やばい。


 「「「「「後悔したってもう遅いわよ。」」」」」


 その台詞が呟かれた時にはもう遅かった。


 電光石火の速さで腕に溜め込まれた魔力を放出すると、合計で10個の黒い球が一斉にこちらに向かって飛んできたのだ。


 「なっ!?」


 と声を出した時にはもう遅かった。一歩踏み出すどころか、視線で追うことすらできずに10個の黒球は、



 ーーー綺麗に僕の真横をものすごい速さで通過していった。



 口をパクパクすることしかできなかった僕は、黒球が通過していくのを数秒遅れで視線でなぞっていった。

 

 「・・・ふふ、そうそう。それくらい怯えてもらわないとね。」


 攻撃を終えた後にいつの間にか1人に戻っていたけど、もはやそんなことは問題ではなかった。


 

 10個の球が飛んで行ったはずなのに、攻撃の跡が2つしかなかったことも大した問題に感じられなかった。



 

 ーーーなぜなら、僕の真横を飛んで行った2つの球の軌道上にあった木や岩が見事に、球の形の穴を作っていたからだ。


 

 「なにせ、一度この世界を滅ぼした女なのだから、私。」


 

 色っぽく舌なめずりをするその小柄な少女は、そんな僕を見て不敵に笑うのだった。

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