第7話 いつかのラストシャッター
夏休みが明け、九月になった。夏期講習は全日程終了し、模試は結果を待つだけになっている。今月は総合型選抜の出願だ。
準備は着々と進んでいるが、受験が終わったわけでも、始まったわけでもない。出願書類を持って、香穂子は写真部の教室から中庭を眺めた。
「文化祭の準備って大変そうだよねぇ」
たくさんの生徒が展示用パネルの絵を描いたり、木材を組み立てている。
(写真部はらくでいいわよね。当日のフォトスポットだけだから)
昔は写真の展示をしていたらしいが、来るのは部員の身内程度だ。ならば、遊びながら卒業アルバムの素材集めもできる、撮影場所を作ってしまおう――となったらしい。
(これって望月先生の発案なのよね。必要な準備が少ないから、部員は撮影練習に集中できる。だから、そろそろ仲直りしてくれないかな~……)
そろりと教室中央に目をやると、松野が怯えた目で隣を見ている。立っているのは佐々木だ。
「教えるべきでしょう! 顧問なんだから!」
「人へ教えることは、佐々木の復習になる」
「生徒へ指導するのは、教師の義務です! 生徒よりも、自分のレタッチが大事なんですか!」
室内の生徒たちが、一斉に佐々木へ目を向ける。さすがに、慌てて佐々木と望月の間に入った。
「待って待って。どうしたの、佐々木さん」
「どうもこうも! 松野先輩がレタッチ教えてくれって頼んでるのに、ガン無視ですよ!? 三年生は最後の文化祭な——」
佐々木の言葉を遮って、望月が勢いよく立ち上がった。椅子はガランと大きな音を立てて転がる。響いた音に、生徒たちも望月を振り返ってきた。その望月はというと——何故か、目を見開き拳を震わせている。
「先生?」
思わず望月へ手を伸ばした。けれど、望月は香穂子の手を振り払い、教室を飛び出していってしまった。
「先生!?」
突然の奇行に、香穂子も部員たちも立ち尽くした。佐々木だけが「はぁ!?」と、苛立ちの大声を上げている。
(……え? この空気、私がどうにかすんの?)
セクハラ疑惑のほうが、まだよかったかもしれない。どうしたものかと腕を組むと、モニターに表示されているフォルダが目に入った。
(あれ? これって……)
望月のパソコンは学校の共用だ。写真部で撮影した写真を格納している。月日ごとにフォルダを分けていた。
(フォルダ、六月で終わってる。まさか、七月から一枚も撮ってないの? ううん。いつも撮ってたわ。あれは、卒アル用でも部活用でもないってこと?)
一覧表示にして日付順で並べ替え、最新の日付を確認する。最後の一枚は、体育祭の日のゴミ捨て場だった。
(なるほど。変になった原因は私か。けど、いままでは普通にしてたじゃない。どうして急に?)
自然と、指はリボンを握り締めた。動けずにいたけれど、佐々木の「ったく」という呟きが聞こえてくる。香穂子はパソコンをスリープにすると、片手で頬を温めた。深呼吸をしてから佐々木に歩み寄る。
「先生と話してみるよ。佐々木さんは、皆の指導を頼めるかな」
「……椎名先輩がそう言うなら……」
「ありがと。松野さん、まだいられる?」
「う、うん。今日は最後までいるつもり。あ、ここ見てる?」
「お願い。最終退出時間には帰らせて。私、生徒会のほうも行きたいから」
「わかった。ごめんね、頼りきりで……」
「なんの。こういうときのための、部長ですからね」
松野は「ごめん」と繰り返す。けれど、自分が望月の様子を見に行くとは言ってくれなかった。
写真部の教室を出て教室棟を歩く。香穂子はポケットから『生徒会』の腕章を取り出し、腕にはめた。
(先生の世話までやってらんないわよ。子どもじゃあるまいし)
文化祭前は、写真部よりも生徒会活動のほうが忙しくなる。話し声がする教室の扉を開けた。
「はいはーい! もうすぐ最終退出時間だよ! 居残りする人は届け出して!」
「げ! もう!?」
「え~! おわんなーい!」
文化祭前は居残りが増える。最終退出時間に気づかず、延々と作業をしてしまう生徒もいた。そのため、こうして見回りをしている。
(本来は先生たちの仕事なんだけどね)
いつから香穂子の仕事になったのかは、覚えていない。ただ、次の生徒会長は可哀そうだなと思う。
(卒業前に、先生の仕事は先生へ戻しておこ)
足早に歩いていると、対岸の校舎に人影が見えた。望月と前田が並んで歩いている。
(いた! 部活ほったらかして、なにしてんのよ!)
逃げられる前にアタックせねばと、出口へ向かおうとした。けれど、見えた望月の表情に、香穂子の脚は動かなくなってしまう。
(……泣いてる?)
声は聞こえない。けれど、俯いた顔からは涙が落ちている。
(佐々木さんに怒られたショックで、ってことはないでしょうけど)
前田が望月の背を叩き、子ども相手のように頭を撫でていた。香穂子はスカートを翻し、見回っていないフロアへと走った。




