第6話 切り刻まれた軌跡
夏休みになり、合宿が始まった。今日は体育館で『躍動感』をテーマに撮影をする。練習中のバスケ部とバドミントン部に、撮影の許可を貰っていた。
(さすがに松野さんは不参加か。そうだよね。志望校変えるんだし)
あれ以来、部活へ逃げてくることもなくなった。その代わり、たまに勉強を聞きに来る。特に苦手だという英語の小テストを作り、香穂子は復習にしていた。
(まあ、良かったかな。佐々木さんもピリピリしてるし)
佐々木は後輩思いで、責任感の強い生徒だ。三年の引退が始まった頃には、「来年は椎名先輩がいないから」と、早くも部長の顔をしていた。
今日も後輩たちへ指導している。ただ、一点においては考えものだった。
(……最大の問題は、松野さんじゃないのよね)
体育館の隅で丸まっている黒い物体に目をやる。
(夏に全身黒づくめで、しかも長袖。葬式かっての)
佐々木が背を向けているのは、セクハラ容疑の望月だ。誤解だと言いはしたが、佐々木は納得していないらしい。
(言い訳できないわよね。どう見ても変だったもん)
松野に向き合う『教師』の姿は悪くなかった。けれど、リボンへの執着は狂気を感じる。
(……なんにせよ、生徒と先生の距離があるのは困る。佐々木さんはとくに)
部長決めは合宿明けだが、もう決まったようなものだ。いまのうちに和解をしてほしい。決意して、香穂子は望月の傍へ向かった。
「先生、なに撮ってるの? 床?」
「ああ」
「壁?」
「ああ」
「埃?」
「ああ」
「……もう少し、会話する努力しない? 佐々木さん、誤解したままだよ」
待ってみたけれど、望月から回答はなかった。それどころか、撮影場所を変え始める。
「逃げないでよ。一緒にいることで、セクハラ疑惑を晴らしてあげてるんだから。一人で撮ってたら、また盗撮って言われるよ」
「盗撮だと言ってるのは、お前一人だろう」
「ようやく喋ったと思ったら、それ? だって、あれは盗撮だったよ」
「暇なら卒アル用を撮ってくれ。この時期の三年生は写真が少ない」
「受験時期だから当然でしょ。撮るけど」
バスケ部にレンズを向けて、適当にシャッターを切る。躍動的というより、ブレただけになってしまった。
(人物撮影って苦手なのよね。先生が教えてくれるのって、レタッチ技術ばっかりだし)
望月は、撮ったあとの加工を好むようだった。撮影している姿より、パソコンにかじりついているイメージが強い。
(入学式に貼ってあった写真も、ガッツリ加工してあったのよね。多重露光っていうより、イラストを作ったみたいな。やっぱり、大量の枚数必要なんだよね)
望月の持ち歩いているSDカードは多い。いつもSDカードケースを三個も持っていた。部活動くらいなら、持っていても一個で足りる。
(いままでどれだけ撮ったんだろ。相当な生徒数じゃ——……え? あれって)
しゃがんだ望月の胸ポケットに、なにかが見えた。黒いシャツに映える、真っ赤な物が。
(え!? 血!?)
思わず前のめりになった。手を伸ばそうとしたけれど、赤い物の正体が見えて固まる。
(……リボンの残骸?)
望月の胸に潜んでいるのは、制服のリボンの欠片だった。
(え? 私の、あのときの? なんで? とっておいたの? なんのために?)
強烈なカウンターに、香穂子は動けなくなる。つい凝視していると、気づかれたのか、香穂子を見上げてきた。なにもしていないけれど、悪いことをした気になる。唇を噛んでいると、望月に睨まれた。
「名前」
「っは、はい? なまえ? 香穂子だけど」
「違う。俺を名前で呼ばないでくれ」
「はあ。普通に考えて、教師を名前では呼ばないよ」
「前に呼んだろ。教室で」
「え? あれは、そういう名前なんだなって思っただけ。アイドルにいなかった? ナントカ流星くんって――」
「呼ぶな」
スパっと、切りつけられた。不快を露わにした望月からは、怒気すら覚える。
「……わかった」
いわれのない理不尽な攻撃なのに、香穂子は頷くしかできなかった。
望月は満足したのか、カメラをバッグにしまってしまう。なにも言わずに、香穂子へ背を向け去って行った。
「キラキラネームでも、ないでしょうに……」
無意識に、怒らせることをしたのかもしれない。けれど、いまの香穂子にわかるのは、黒いシャツが、いつもとは違う黒だということだけだった。




