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ケラレ あるいは、きみの残像  作者: 真野蒼子
第二章 松野美菜~閉じ込められた時間~
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第6話 切り刻まれた軌跡

 夏休みになり、合宿が始まった。今日は体育館で『躍動感』をテーマに撮影をする。練習中のバスケ部とバドミントン部に、撮影の許可を貰っていた。


(さすがに松野さんは不参加か。そうだよね。志望校変えるんだし)


 あれ以来、部活へ逃げてくることもなくなった。その代わり、たまに勉強を聞きに来る。特に苦手だという英語の小テストを作り、香穂子は復習にしていた。


(まあ、良かったかな。佐々木さんもピリピリしてるし)


 佐々木は後輩思いで、責任感の強い生徒だ。三年の引退が始まった頃には、「来年は椎名先輩がいないから」と、早くも部長の顔をしていた。

 今日も後輩たちへ指導している。ただ、一点においては考えものだった。


(……最大の問題は、松野さんじゃないのよね)


 体育館の隅で丸まっている黒い物体に目をやる。


(夏に全身黒づくめで、しかも長袖。葬式かっての)


 佐々木が背を向けているのは、セクハラ容疑の望月だ。誤解だと言いはしたが、佐々木は納得していないらしい。


(言い訳できないわよね。どう見ても変だったもん)


 松野に向き合う『教師』の姿は悪くなかった。けれど、リボンへの執着は狂気を感じる。


(……なんにせよ、生徒と先生の距離があるのは困る。佐々木さんはとくに)


 部長決めは合宿明けだが、もう決まったようなものだ。いまのうちに和解をしてほしい。決意して、香穂子は望月の傍へ向かった。


「先生、なに撮ってるの? 床?」

「ああ」

「壁?」

「ああ」

「埃?」

「ああ」

「……もう少し、会話する努力しない? 佐々木さん、誤解したままだよ」


 待ってみたけれど、望月から回答はなかった。それどころか、撮影場所を変え始める。


「逃げないでよ。一緒にいることで、セクハラ疑惑を晴らしてあげてるんだから。一人で撮ってたら、また盗撮って言われるよ」

「盗撮だと言ってるのは、お前一人だろう」

「ようやく喋ったと思ったら、それ? だって、あれは盗撮だったよ」

「暇なら卒アル用を撮ってくれ。この時期の三年生は写真が少ない」

「受験時期だから当然でしょ。撮るけど」


 バスケ部にレンズを向けて、適当にシャッターを切る。躍動的というより、ブレただけになってしまった。


(人物撮影って苦手なのよね。先生が教えてくれるのって、レタッチ技術ばっかりだし)


 望月は、撮ったあとの加工を好むようだった。撮影している姿より、パソコンにかじりついているイメージが強い。


(入学式に貼ってあった写真も、ガッツリ加工してあったのよね。多重露光っていうより、イラストを作ったみたいな。やっぱり、大量の枚数必要なんだよね)


 望月の持ち歩いているSDカードは多い。いつもSDカードケースを三個も持っていた。部活動くらいなら、持っていても一個で足りる。


(いままでどれだけ撮ったんだろ。相当な生徒数じゃ——……え? あれって)


 しゃがんだ望月の胸ポケットに、なにかが見えた。黒いシャツに映える、真っ赤な物が。


(え!? 血!?)


 思わず前のめりになった。手を伸ばそうとしたけれど、赤い物の正体が見えて固まる。


(……リボンの残骸?)


 望月の胸に潜んでいるのは、制服のリボンの欠片だった。


(え? 私の、あのときの? なんで? とっておいたの? なんのために?)


 強烈なカウンターに、香穂子は動けなくなる。つい凝視していると、気づかれたのか、香穂子を見上げてきた。なにもしていないけれど、悪いことをした気になる。唇を噛んでいると、望月に睨まれた。


「名前」

「っは、はい? なまえ? 香穂子だけど」

「違う。俺を名前で呼ばないでくれ」

「はあ。普通に考えて、教師を名前では呼ばないよ」

「前に呼んだろ。教室で」

「え? あれは、そういう名前なんだなって思っただけ。アイドルにいなかった? ナントカ流星くんって――」

「呼ぶな」


 スパっと、切りつけられた。不快を露わにした望月からは、怒気すら覚える。


「……わかった」


 いわれのない理不尽な攻撃なのに、香穂子は頷くしかできなかった。

 望月は満足したのか、カメラをバッグにしまってしまう。なにも言わずに、香穂子へ背を向け去って行った。


「キラキラネームでも、ないでしょうに……」


 無意識に、怒らせることをしたのかもしれない。けれど、いまの香穂子にわかるのは、黒いシャツが、いつもとは違う黒だということだけだった。

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