第4話 不思議の国の女子高生
体育祭を終えると、模試ラッシュが始まった。さすがの桐女も、焦る生徒は増えている。期末テストの結果が出ると、同級生は一斉に俯いた。夏休み前の補講が始まり、三年生の口数は激減している。
三年生は部活を引退し、否が応でも『大学受験』を突きつけられていた。もちろん香穂子もだ。
(暇だな~。夏休み、なにしよう。高校最後の旅行、なんてのもいいけど)
勉強道具など一切持たず、香穂子はカメラを構えていた。曇天を見上げる一眼レフは、少し重い。カメラを専用バッグにしまって部室棟へ向かった。
写真部の部室へ入ると、数名の生徒がいる。受験のない一、二年生は通常通りに部活をしていた。室内を撮っている者や、窓の反射に挑戦する者。そして、パソコンでレタッチに勤しむ望月だ。
(受験生の担任なんだから、職員室にいるべきでは?)
大抵、望月は自分の世界だ。聞かれれば答えるが、自分から語り掛けることはない。
(一年生のときもガッカリしたのよね。あんな綺麗な写真を撮る人がコレか、って。そういや、あれも多重露光だったっけ)
最初は懸命に話しかけていた。求めれば教えてくれたからだ。けれど、二年生になって部長に選ばれると「任せる」と、後輩の指導を丸投げされた。
おかげで、なにかと頼りにされるようになった。香穂子を見つけると、一年生も二年生も、皆が笑顔で手を振ってくれる。もちろん、今日もだ。
「あれっ! 椎名部長! まだ来てくれるの~!?」
「受験、大丈夫なんですか? 他の先輩たち、もう来ないって言ってましたよ」
「平気よ。それに、皆との想い出はいましか作れないもん。いっぱい撮っておきたいの」
後輩たちは、わあっと賑わった。だというのに、望月はパソコンだけを見ている。
(ここまで愛想がないのは、いっそ尊敬するわ)
けれど、不思議に思うこともあった。
望月の両サイドに、べったりと一年生が張り付いている。他にも数名の女子生徒が輪を作っていた。
「先生って、うちの卒業生なんでしょ? ずっと写真部なの?」
「ああ」
「卒アルは、全部先生が撮ってるってホント?」
「ああ」
「写真多すぎて毎年三冊はあるって。普通一冊じゃね?」
「ああ」
どうしてだか、写真部にいる望月の周囲は華やかだった。いつも誰かしらがくっついている。
(なんで好かれるのかしら。顔?)
い望月の顔が見える席に座ると、カラフルな光に照らされていた。写真の色や明るさを調整しているのだろう。
(……つまんないの。あれだけ派手なことしたんだから、ちょっとは顔色変えなさいよ)
メインに繰り上がった元予備のリボンを、削るように握った。
包丁の一件は、なにもなく過ぎ去った。望月は誰にも話さなかったらしい。凪いだ日常は、退屈を取り戻してしまった。
バッグからカメラを取り出し、なんとなく構える。
(女子高生と黒服の男。絵面としては悪くないわね)
ファインダー越しに望月たちを見ていると、パッと顔を上げてきた。突然のことに、思わずシャッターを切ってしまう。
「……盗撮じゃないですよ。部活動の風景を撮影したんです。卒アル用に」
「合宿はどうするんだ」
「はい?」
話の接続を考えない人だ。勝手に話題を振られ、カメラを降ろす。
「合宿って、夏休みの撮影合宿ですよね。どうって、なにがですか?」
「想い出作るなら、参加したほうがいいだろう。ついでにコンテストの準備もできる」
「え? ああ、想い出作り」
どうしてか、後輩もワクワクした顔で見てくる。
(適当に言っただけなのに。意外と話聞いてるんだな)
望月の中では、話しがつながっていたらしい。
「多重露光で出すなら、練習は必要だ。コツがいる。映えるモチーフ選びも時間かかるしな。時間差を撮るなら、待ち時間もある」
「あー……あ、だから、校内を撮ってるんですか? モチーフ探索のコスト削減?」
「……朝と夜を捉まえやすいからな」
ふいっと、望月はパソコンに目を戻した。
(校内でモチーフ探すなら、なんで調理実習室なんて行ったんだろう。体育祭のあとの静けさは、競技中の写真と多重露光にできるわ)
些細な違和感を覚え、眉間に皺が寄る。考えていると、廊下からしゃがれた男の声が聞こえてくる。
「お~い。望月~」
間延びした喋りをするのは国語教師の前田だ。勢いよく扉が開かれる。
「望月ぃ! 出てこ~い! 望月流星!」
扉が開く以上の勢いで、望月は前田を睨んだ。なにを怒ったのかは知らないが、香穂子も思わず望月を見る。
「フルネーム、キラキラですね。姓が月で、名前は流星くんって」
なんとなく言った。深い意味はない感想だ。けれど、望月は椅子を倒して立ち上がり、いきなり香穂子の腕をつかんだ。
「きゃっ!」
骨も軋みそうな力に、香穂子は思わず身を捩る。望月は、なぜか香穂子のリボンを凝視していた。
「望月先生……?」
はたから見れば異様な光景だろう。黒服の青年が女子高生の胸元を凝視するなんて。生徒たちも呆気にとられていたが、前田だけは「うげぇ」と唸り、望月を香穂子から引き離した。
「な~にしてんだ! ハラスメント講習、受け直してくるか!?」
数秒、間があった。望月は顔を上げたけれど、視線は香穂子を通り抜けている。
「……すみません」
「謝罪は椎名にしろ。すまんな。訴訟するときは、親連れて俺ンとこ来てくれ」
「いえ……べつに、そこまでは……」
「ホント悪かったな。望月は来い。夏休みの計画表まだだろ」
望月はゆるゆると顔を上げた。ようやく視線が交わる。
「合宿は?」
「え? ああ、はい。出ます」
「そうか」
いつものように短く言うと、望月は前田に連れられ去っていった。けれど、一度だけ振り返った。見つめる先は、生徒たちのリボンだった。
(リボンフェチか……?)
重い空気だけが残され、生徒たちは立ち尽くしている。香穂子も声を出せずにいると、静かに扉が開いた。




