↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ケラレ あるいは、きみの残像  作者: 真野蒼子
第一章 椎名香穂子~重なった少女~
4/19

第3話 重なったペルソナ

 日が明けて、今日も平坦な授業をこなす。


(教師が教科書を読み上げるだけの時間に、わざわざ学費を払うとは……)


 あくびを堪えながら放課後を迎えると、いよいよときは来た。

 面談をする教室のドアを開け、軽く一礼をする。


「よろしくお願いします、望月先せ——」

「国立と私立だったな」


 言い終わることすら、させてくれないらしい。さすがに呆れる。


「どこも合格圏内だし、大丈夫だろう。変更は?」

「ありません」

「そうか。なら終わりだ。帰っていいぞ」


 顔を合わせて数秒。望月の視線は、手に持った紙に向いている。香穂子の進路調査票だ。


「……それだけですか」

「なにがだ」

「アドバイスとか……心配、とか。ないんですか」

「たとえば?」

「え……人の世話ばかりしていて大丈夫か、とか……」

「大丈夫じゃないなら、やめればいいんじゃないか」


 さあっと、沈黙が流れた。


(この教師にして、あの生徒あり)


 肩透かしを食いながら、ぐっとリボンを握り潰す。すると、望月はなにかに気づいたように「ああ」と小さく言った。


「まな板は買い替えてある。古いほうは持って帰って捨てた」


 言葉を置くと、望月は進路調査票にサインをした。進路面談を終えた、という表明だ。字がきれいだということを、初めて知った。授業で黒板に書くときは、汚いくせに。

 香穂子はつま先に力を入れて、一歩だけ望月に近づいた。


「どうして、なにも言わないんですか」

「田添先生には、自分の仕事は自分でしろと言っておいた」

「そうじゃなくて! 違うでしょう!」

「なにがだ」

「はっきり言えばいいじゃないですか! 頭おかしいって!」


 なにかが香穂子の中で破裂した。思わず立ち上がり机を殴る。

 望月は真っすぐに見てきた。眉一つ動かさない。冷静な教師面は、とにかく腹が立った。


「なんで親を呼ばないのよ! 普通するでしょ、説教を! こんな醜聞、面白いに決まってるわ! 先生にも生徒にも、バラせばいいじゃな――」


 カシャッ。


「は?」


 シャッターを切る音がする。黒づくめの服に紛れていて、カメラの存在に気づかなかった。

 両手で支える一眼レフカメラで、カシャッ、カシャッと、望月は三枚も香穂子を撮った。カメラを置くと、足元に置いてあった鞄から、薄型のノートパソコンを取り出す。


「なんですか……」


 けれど、望月から言葉は返ってこない。カメラからSDカードを抜いてパソコンに挿す。タッチパッドでなにか操作すると、香穂子にモニターを向けてきた。


「……これって……」


 モニターには、不思議な写真が並んでいた。

 校舎に半透明の人物が重なっている。女性のシルエットが夜空に染まっていたり、宙に透けた女生徒たちの後姿が並んでいる。


「多重露光。二つの写真を重ねて、一枚にする技法だ」


 望月はフォルダを開き、一枚の写真を開いた。現れた多重露光に、香穂子の息が止まる。


「この包丁……」


 ぎらつく刃に重なっているのは、生徒会長として生徒を率いる香穂子だった。飛び散る豚肉の欠片は、夜空に散らばる星に見える。


「動と静、陰と陽のペアが映える。現像液のムラは失敗だが、多重露光は技術だ」


 望月の指先が、多重露光の香穂子を撫でた。


「どっちも椎名だろ」


 無意識的に体が震えた。気がつけば、香穂子の指は、現実にある自分の頬をなぞっている。


「面倒ごとは、『勉強が忙しい』とでも言って断ればいい」


 パタンと、望月はノートパソコンを閉じた。


(……躊躇いもしないのね)


 拳を握りしめ、破壊する勢いで机を全力で殴った。


「嫌よ! だって、チヤホヤされたいもの!」

「うん?」


 香穂子は、痛いくらいに頬を擦り上げた。


「この学校、大嫌いなのよ! 勉強はレベル低い! 制服はダサい! 校舎は汚い! 生徒も先生も責任感がない! それに!」


 机を攻撃した拳を開き、望月の胸を平手打ちする。


「教師が黒装束とか変でしょ! 白シャツ着なさいよ!」


 珍しく、望月は目を丸くした。けれど香穂子は、もう一度望月を叩く。


「馬鹿すぎて暇すぎるのよ! だったらせめて、気分良く持ち上げて! 男も女も生徒も教師も! 皆、私に跪けばいいんだわ! あなたもよ!」


 思い切りネクタイを引っ張ってやった。だというのに、望月は平然としている。


「……ああ、そうか。高校受験、失敗したのか」

「っ!」


 刺された言葉は、香穂子のすべてだった。

 中学では『飛び抜けて優秀だ』と言われ続けた。けれど、第一志望にも第二志望にも落ち、安全圏の第三志望にも引っかからなかった。慌てて間に合う高校を探し、見つかったのは、最低レベルの桐山女子高等学校――この学校だけだった。

 それだけのことだ。なのに、顔はひどく熱い。


「やっと納得いったよ。なんでこんなレベルの高い生徒が紛れてるんだって、ずっと思ってたから」

「ずっと!? だったら、他の生徒のレベル上げる努力してよ! 三年もあればできるでしょうが! それでも教師なの!?」

「ははっ」


 望月の笑い声なんて初めて聞いた。それがいまこの瞬間だなんて、馬鹿にしている。


「なによ! 包丁ぶん回してるよりは、おもしろくないでしょ!」

「どうかな」


 小さく笑いながら、望月は再びノートパソコンを開いた。軽く操作してモニターを見せてくる。


「……コンテスト? 写真の?」

「多重露光は諸刃の剣だ。使いこなせば芸術だが、シャッターを切るだけじゃチープな小細工。頭のいいお前に向いてるよ」

「嫌味ですか」

「いや。歴代写真部員の中でも、お前はトップクラスで技術が高い。頭いいからだろうな」


 望月はパソコンのモニターに目を戻す。荒れ狂う香穂子の姿が、また表示された。


(……綺麗だわ。とても)


 被写体がなんであれ、技術は技術だ。望月の写真は、どれもこれも――。


「綺麗だな」

「え?」


 目が合った。切れ長だが黒目は大きい。


(正面から見るの、初めてかもしれない)


 長い前髪に隠れた顔は、思いのほか幼かった。


「……綺麗、って……」

「狭い教室でも、髪が長いと動きを出せる。静と動の一体化。綺麗だろ?」

「あ? か、あ、か、髪。髪ね。髪。うん。トリートメントはプロ仕様なんで」

「ふうん」


 さらりと流し、望月は四角いケースを取り出し蓋を開けた。

 中にはSDカードがいくつか並んでいる。どれにも日付が書いてあった。去年の日付のカードを取り出し、パソコンに挿す。フォルダを開くと、多重露光の写真が溢れてきた。 


「すごい。綺麗。どれも学校だわ。重なってるのは……ぜんぶ生徒?」

「そう。同じ場所の、違う時間を重ねてる」

「へえー……これ、どこ? 煉瓦造り。校舎じゃないよね」

「ああ、それは旧校舎だな」

「そんなのあるの? 初めて聞いた。クラシカルな色味だね。自然光? 加工?」


 写真を眺めながら聞いたけれど、望月の返事はない。答えを催促するように見上げると、なぜか望月は微笑んでいた。


「……ときどき唐突に笑ってるの、なに?」

「いや」


 それ以上は答えてくれず、望月はノートパソコンを閉じる。


「失敗は成功のもと。大学受験を成功させたいなら、銃刀法違反はやめておけ」


 鞄から細長い紙を取り出し、差し出される。レシートだ。購入品は、千二百円もするまな板だった。


(高っ)


 そろりと望月を覗き見ると、薄ら笑いを浮かべている。意地悪気な表情は、無駄に艶っぽくて腹が立つ。香穂子はレシートを握り潰した。


「盗撮だって犯罪よ。若い男性教師が女子高生を盗撮。ネットニュースは、さぞ盛り上がるでしょうね。冤罪でもないわけだし。身の破滅ってやつだわ」


 レシートを床に捨てると、香穂子は最上級の笑顔を見せる。


「口止め料は、私のデータすべて」


 望月は眉間に皺を寄せた。表情の崩れる様は気分がいい。

 小さく息を吐くと、望月はSDカードを香穂子の手に乗せた。勝った――そう確信したけれど、望月は微かに鼻で笑う。


「……なによ」


 トントンと、望月は自分の頬を突いた。


「なに? ほっぺた?」

「日焼け止め、剥げてるぞ」

「え!?」


 慌てて両手で頬を隠すと、SDカードがどこかへ飛んでいってしまう。指に乗るほど小さくて、しかも黒い。カツンという音だけを残して、見えなくなってしまった。


「ああ! ちょっと! やだ!」

「最終退出時間すぎるなら、居残り申請しろよ」

「は!? 待って! 探してよ!」


 けれど、望月は教室を出てしまった。香穂子は一人で床を這いまわり、帰宅したら日は暮れていた。風呂を済ませてベッドに転がり、手に入れたSDカードを強く握る。


(削除して、壊すべきなんでしょうね)


 美しい多重露光は、香穂子を陥れる証拠写真だ。けれど、顔は映っていなかった。見えるのは、重ねられた優等生の香穂子だけだ。


「……なんで撮ったのよ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。