第13話 八年後のクリスマス
クリスマスパーティ当日になると、植物には不要な熱気に包まれた。
「きゃー!」
「翼先輩! こっち向いてください!」
クリスマスムードは、本橋翼撮影会で掻き消えている。望月の用意してくれたポインセチアは、フライドチキンを食べる三年生だけが鑑賞していた。
「このチキン、うまっ! どの店の? 食べ物用意したの、椎名さんだっけ」
「井口さんのお手製だって。すごいよね」
「ふふん。調理師になっちゃおっかな。理工学部だけど」
「心理学部でしょうが。いぐっちゃんて、言うことの八割適当なの、なんなの?」
「人の心理を探ってるのだよ。心の底までお見通し!」
一、二年生の黄色い悲鳴がチキンの香りを貫く中、望月だけはカメラを構えていた。本橋の立ち位置まで指定している。
「一人五分だ。終わったら本橋は衣装替え。その間に、他の生徒同士で撮る」
はあい、と生徒たちは声をそろえた。望月は、この場にいる誰よりも熱心に取り組んでいる。チキンを頬張る三年生は、感嘆の息を吐いている。
「望月、めっちゃくちゃやる気じゃん。写真部ではあんな感じなの?」
「卒アルのことだけね。基本は自分のレタッチ」
今日の熱意も卒アルのためだろう。いつもは死んでいる表情筋も、珍しく大活躍だ。
(カラ元気にも見えるけどね。高杉晴子さんの死亡は二月三日。妊娠五週目だったなら……始まりの日まで、きっと、あと二週間もない)
好奇心に勝てなかったことを心底悔いた。なにも考えず、井口のチキンを味わいたかった。交流のなかった三年生とも、せっかく話せる時間だったのに。
「本当に好きなんだね、先生」
愛情を示す言葉に、香穂子の心臓が跳ねた。
「っな、にが?」
「写真。卒アルが豪華になったのって、四年前かららしいよ。望月先生の赴任した年」
「あ、ああ、写真。え? そんな最近なの?」
「って聞いた。うち、お姉ちゃんもここだったから。あの不愛想と黒服で、めっちゃ可愛い卒アル作ったらしいよ。写真部の部員増えたのも、それからだって」
「望月といえば、あの黒づくめはなんなの? もう喪服じゃん」
うんうんと、三年生たちはそろって頷いている。視線は望月へ向いているけれど、香穂子だけは、井口のチキンを見つめていた。
(そうか。喪服なんだわ。なら、卒アルは生存記録)
そう思うと、途端にこのパーティも馬鹿らしく思えた。
(なにが卒アルのためよ。自分のためじゃない)
それなのに、望月は撮影に必死だった。撮影枚数がいっぱいになったのか、SDカードを取り替えてる。
(いつも持ってるわよね、あのSDカードケース。どんだけ大事なのよ)
写真部の活動中はもちろん、授業中も見た覚えがある。ただのSDカードケースだ。けれど、何度か見た記憶をほじくり返すと、気づいてしまった。
望月は、SDカードに日付を書いている。データを開かなくても撮影日が分かる。
(古いカードがあった。たしか、十年前の日付。先生は高一だった)
もう察してしまった。やめておけばいいのに、香穂子は逆算し始める。
(いじめが始まったのは二年。自殺は三年。一年の頃は普通だったなら、先生は撮っていたはずだわ。なら、あのSDには――)
例の掲示板を思い出す。画像の高杉晴子は何年生だろう。一年生の頃からロングヘアだったのだろうか。それとも、なにかきっかけがあって伸ばし始めたのか。
(……私は部外者だ。無理に聞き出して、先生の傷を抉る意味もない。けど)
香穂子はリボンを外した。ゆるんだ指先から滑り落ち、赤が地面に広がる。
(ふざけないで。私のリボンを切り刻んだのは、私自身よ)
地面に落ちたリボンを、香穂子はただ見下ろす。本橋を求める熱狂は日が暮れるまで収まらず、井口のチキンはいち早くなくなっていた。




