第12話 リボンの欠片たち
翌日から、クリスマスパーティの準備を始めた。
開催は十二月下旬。冬休みだが、受験生には勉強期間だ。香穂子のような合格組は、未確定組に気を遣う期間となる。忙しくする大義名分があるのは、気が楽になってよかった。
「椎名先輩。ホワイトバック以外も用意しません? つまんないですよ」
「やっぱりそう思う? けど、いまから背景だの衣装を用意するのは、さすがにね。お金もかけられないし」
佐々木を筆頭に、後輩たちも準備を手伝ってくれていた。パーティらしく盛り上げる手はないか考えていると、がらりと扉が開く。
「ゾンビ男なら出られるよ~」
「殺人ナースもいまーす」
「は――あ! 井口さん! 皆も、どうしたの!?」
「噂を聞きつけてきたんだよ。生徒会長がクリスマスやるぞって」
「まだ準備だけどね。日程確定したら言うから、遊びに来てよ」
「それなんだけど、うちの後輩も参加したらまずいかな。演劇部。準備も手伝うから」
「え? 井口さん、演劇部だったの?」
「いんや。ゾンビがイケすぎててスカウトされたの。あははは」
肩を揺らして笑う井口の後ろから、一人の生徒が顔を出してくる。同じクラスになったことはないが、同級生だ。
「鎌田さん、だよね。演劇部だっけ。受験は?」
「終わってない。けど、うちの部、ちょっと面倒――大変なことになってて」
鎌田は苦笑いを浮かべて窓の外を見た。花壇の前で、数人の女生徒が輪を作っている。その中心にいるのは――。
「すごい。ガチめな王子」
白いスーツで真っ赤なマントを翻すのは、イケメンならぬ、男装の麗人だ。入れ代わり立ち代わり、制服姿の女子生徒が写真をせがんでいる。
「あの王子、本橋翼さんだよね。宝塚へ行くのではと噂の」
「行かないって。普通に受験未確定組。模試最悪だったからレベル下げるって」
「いまから? じゃあ、王子さまやってる場合じゃないでしょ。てか、なにしてんのアレ。演技の練習には見えないけど」
「ファンサービス。後輩にとって、冬休みは『卒業しちゃう翼先輩との貴重な時間』なわけよ。翼、補講で毎日学校いるから、群がっちゃって」
「なにそれ。補講の意味ないじゃない。受験失敗したらどうするの」
「って言っても来るんだよ。他の補講生に迷惑だから、翼が外に出るわけさ」
「え~。人が善すぎない? 私なら怒るわ」
「それが翼のいいとこだけどね。けど、真面目に困るから線引きしたいんだ。楽しいのは今日までにして、明日からは押しかけないで、って」
「ああ、それでクリスマスパーティ」
「うん。後輩に嫌な想いさせるのは、翼も嫌だろうから」
「そっか。いいよ。あ、それなら演劇部の衣装貸してよ。派手にしたくてさ」
「衣装くらい、いくらでも! いや~、ほんとラッキーだよね、うちの学年。椎名さんいてくれて助かった」
何気なく言われた言葉に口角が揺れた。悪気はないのだろう。香穂子自身、そういわれる学校生活を送ってきた。それなのに、いまは心臓に突き刺さる。
(ラッキー、か)
いままでは笑って飲み込んでいた。けれど、どうしても脳内で蘇る。
(高杉晴子さんの死も、ラッキーにされた)
高杉晴子への扱いは、香穂子の心にも爪を立てた。
(どんな生徒会長だったんだろう。私は好きでやってるわ。過剰な押し付けはムカつくけど、もうアイデンティティみたいなもんだし。でも……)
胸元で揺れる、安っぽいリボンを握り潰す。
画像の高杉晴子はセーラー服だった。いまの制服リボンよりも大きくて、結構な長さもある。
(……リボンじゃなくてスカーフよね。セーラーは)
画像しかしらない他人を思い出していると、急に肩を抱かれた。頬が触れそうな距離に井口の顔がある。
「ホントだよ! 椎名さん、頼りになる!」
「た、頼り? 私は雑用係みたいなもんだよ。頼りになるのは、井口さんだわ」
「え~!? いやぁ。あははは!」
恥ずかしそうに笑う井口から、なぜか目を離せなかった。
(そういえば、皆は井口さんを手伝いたいから、前田先生に相談した。楽できるって、押し付けたってよかったのに。でも、私は……)
ふと松野のことを思い出した。望月がおかしくなったとき、『一緒に探す』とは言ってくれなかった。
(……つまり、そういうことだわ)
手が無意識に頬へ伸びる。指先が頬に届いた、そのときだった。うしろから手首をつかまれ、強く引っ張られる。
「きゃっ!」
「うわ!」
井口も驚き、香穂子から腕を放す。香穂子をとらえたのは、黒服の青年だった。
「……おはようございます、望月先生」
「どうせなら、小道具も持ってこい」
「は?」
「温室を開けてやる。背景を植物だけにすれば、ファンタジーらしく撮れるだろう。ポインセチアくらいなら買ってやる」
「え? あ、ああ、クリスマス?」
かみ合わない唐突な会話に呆然とした。佐々木が望月を睨んできたから、慌てて笑顔を張り付ける。
「先生、実はクリスマス好きなんですか? 意外」
「卒アルは華やかなほうがいいからな。ああ、そうだ。武器はやめてくれよ。刃物を振り回せば、銃刀法違反になりかねない。なあ、生徒会長」
望月は横目で香穂子を見て、ニヤリと笑った。
(このヤロウ)
それでも、少し安心できた。卒業アルバムは、作ってくれるらしい。




