第11話 終わりが始まるカウントダウン
帰宅して夕飯を食べ、家族が寝静まるとパソコンを立ち上げた。『桐山高校』『事件』で検索をすると、ニュース記事はいやというほど表示される。一番上の記事を開くと、被害者の情報はすぐに確認できてしまった。
(高杉晴子さん。八年前に十八ってことは、生きてれば二十六歳。先生の同級生だ)
記事を読み進めていくと、香穂子の眉間に皺が寄る。
(遺体の制服は切り刻まれていた。全身に暴行の跡があり、両手足は――)
文字を追うと、口の中に血の味が広がった。
(両手足は……制服のリボンで……縛られていた……)
クローゼットには、今日も使っていたリボンが入っている。以前に使っていたリボンは、切り刻んで捨ててしまった。
記事の続きに目を滑らせると、脳裏にリボンの欠片が散る。
(死亡当時、妊娠五週目。警察は自殺と他殺の両方で捜査。死んだ理由はなんであれ、妊娠してたなら……必ず父親がいる……)
震える指先で、静かにスクロールした。画面外に隠れていた文字が見えたら、ほっと深く息を吐く。
(犯人は彼女を妊娠させた学外の男で、当時二十三歳。二十三……)
香穂子は額を押さえ、強めに自分の頭を叩く。
(そうよね。あるわけないわ)
ふうと深く息を吐いてから、他の記事もいくつか読んだ。けれど、表面的な情報しか見つからない。
(そりゃそうよね。こういうのは、メディアよりも……)
一般ユーザーが投稿する、悪意まみれの掲示板を開く。『桐山高校』『事件』というワードだけで、すぐにヒットした。表示された内容は、求める情報が綴られている。
『外部犯は半嘘。生徒が男連れてきた。3年の亀岡小百合。2留のバカ女』
『学校のいじめ否定は隠蔽工作。2年の文化祭から亀岡がいじめてた。高杉が亀岡の彼氏を奪ったって噂』
『自業自得か。普通すぎてクソ』
『学校の名前変えるんだって。校舎も新築。ラッキー』
『宿題も流れた。ダブルでラッキー』
気が付いたら、香穂子の拳は机を殴っていた。他人事なのに怒りが湧いたのは、やはり、身近なことだからだろうか。
(二年の文化祭……先生が本格的におかしくなったのって、文化祭の準備からじゃない?)
高杉晴子という人物は知らない。いつ、どれだけ酷い目に遭ったのかも。けれど、文字から想像はできてしまう。
(……彼氏がいたのよね、この人は)
亀岡小百合が奪われた恋人は、なんという名前だったのだろうか。
さらに画面をスクロールすると、セーラー服姿の女子生徒の画像が二つ並んでいた。
(いまとは制服が違う。すっかり変えたんだ。この子が、高杉晴子さん)
『高杉』と書いてある女生徒は、漆黒のロングヘアが美しい。画像でもわかるくらいの艶で、アホ毛の一本も浮いていなかった。感情の見えない証明写真に写る高杉晴子は、日本人形に見える。
香穂子は自分の黒髪を握った。ストレートパーマで傷むのが嫌で、素人知識の手入れで頑張っている。
(清楚っぽく見えるのよね、黒髪ロングストレートって)
高杉晴子の画像と見つめ合いながら、香穂子は静かにパソコンを閉じた。
「……総合型選抜の準備しなくちゃ」
そそくさとベッドに潜り込む。目を閉じると、入学式に見た大量の写真に囲まれる気がした。
十月になると、三年生は分断される。早い学校は総合型選抜の合否が出て、落ちれば志望校の再調整だ。十一月には指定校推薦も公募もあり、模試は最終判定となる。
決まる生徒はトントンと進み、香穂子は順調そのものだった。
十一月には第一志望に合格を決め、一足早く暇になっている。今日は、望月と最後の個人面談だ。進路指導室の個室で、望月と向き合って座る。
「予定通りだな。冬期講習はどうする。大学の課題に集中でもいいぞ」
「講習はパス。課題やりながら、生徒会の引継ぎマニュアル作るよ。写真部も」
「それは助かる。冬休みはどうするんだ」
「おや~? 生徒の休日を調べるのは、ハラスメントにならないの?」
「そんな深い話じゃない。受験生は精神的にくる奴も多いから、念のためだ」
「念のためねぇ……」
嘘ではないのだろう。けれど、それだけではない気がする。
「怖い? 目の届かないところで、生徒がどうなってるか分からないのは」
わずかに望月の目が見開かれた。高杉晴子を知ったことは、望月に言っていない。望月はいつもの無表情に戻った。
「別に。制服で問題を起こされたら困るだけだ」
ふいっと目をそらされた。わざとらしく、手元の書類を眺めている。
(嘘ね。怖いに決まってるわ。彼女が死ぬまで、あと三か月。カウントダウンは始まった)
望月の胸ポケットは、少しだけ膨らんでいる。まだ、リボンの欠片を入れているのだろうか。それとも、ゴミでも溜めているのだろうか。
「……ねえ、せんせ。私の名前、知ってる? フルネーム」
「なんだ、急に。椎名香穂子だろう」
「そう。椎名香穂子」
香穂子は、髪をポニーテールに持ち上げた。望月はきょとんとしていたので、次はツインテールにしてみせる。けれど、やはり返事はなかった。
今度は三つ編みにしてみる。それでも言葉を発しないので、顎の下で縛ってやった。
「ほっかむり。これならどう?」
「……髪型は自由だ」
「学則なんて聞いてないわ。他にない?」
「好きにすればいいんじゃないか? なんで俺に聞くんだ」
「さあ。なんでだろうね」
ため息交じりにほっかむりを解くと、緩やかに三つ編みを結った。ゴムを持っていないから、毛先のほうは解けてしまう。
「先生! 写真部でクリスマスパーティやろうよ! 合宿扱いで!」
「なんだ、いきなり」
「息抜きよ。生徒の精神状態を良くするのも、先生の仕事でしょ。フォトスポット作って、三年生は誰でも歓迎! 軽く食べ物並べるの! 私準備する!」
「それならいいが……そうじゃなくて」
いまになって、望月は書類を手放して首を傾げた。
「なにを怒ってるんだ」
「は?」
ピキッと脳にひびが入った。三つ編みを解いて、制服のリボンを握り締める。
不意に、望月の持っていた書類が目についた。てっきり香穂子の受験関係かと思っていた。だが違う。文字がびっしり書き込まれているのは、香穂子が松野に作ってやった、英語のテスト用紙だった。
(どうして先生が持ってるのよ)
香穂子はスマホを取り出し、カレンダーを開く。十二月に『写真部クリスマス』を、毎日繰り返し登録をした。
「面談、もう終わりでいい?」
「ああ……」
望月の返事を聞きながら、香穂子はスマホをポケットへほうり込んだ。振り返らずに扉へ走り、開ける前に言ってやる。
「それじゃあね。流星くん」
カチャリと、なにかがぶつかり合う音がした。望月の手には、書類しかなかったのに。
香穂子は引っ掻くように頬を撫でて、しっかりと口角を上げて微笑んだ。
「冗談だよ。ごきげんよう、望月先生」
なぜか、入学式がリフレインする。持ち出したピンクトーンの写真は、どうしたのだっただろうか。




