第8話 二人だけの反省会
全体反省会の紙には、悠斗の名前の横に「相槌」、琴音の名前の横に「一文」と書かれていた。
「俺、相槌が多い?」
「私は、一文が長いということだと思う」
琴音が先に答えたので、藤堂は笑ってうなずいた。
「自分で分かってるなら、話が早い」
「具体的に、どの箇所ですか」
「そのために今日は、みんなで聞いたんだろ」
5月の終わり。公開した番組を、放送研究会の部員数人で聞き直す時間が設けられた。学内の音響や動画に関わる部員もいるので、音声番組とは違う視点の意見が出る。
悠斗の相槌は、相手の話を聞いているときには自然だが、琴音の声に重なると聞き取りづらい。琴音の長い説明は、台本を見ずに聞くと途中の主語を忘れる。
白石が、編集で直せる範囲もあるが収録で気づいたほうがよい、と説明した。悠斗はメモを取りながら、うっかり「うん」と言い、隣の琴音と目が合った。
「今のは、録音していないから大丈夫」
「安心した」
千紗が笑い、二人の前へ別の紙を置いた。告知を見た人が何の番組か分かるか、という確認だった。
「相談の正解を教えてもらえると思って来る人もいるかも」
悠斗は番組名を見た。琴音も同じ箇所を見ている。
「冒頭で、方針を一文入れようか」
「選ぶのは相談者、ということ?」
「うん。答えを一つに決める番組ではないって」
藤堂は賛成した。見学に来ていた理央が、二人の意見が違っているところが聞きやすかった、と小さく言った。
「どうして?」
悠斗が尋ねると、理央は少し迷った。
「自分と違う意見があっても、聞いてていいんだと思えたので」
琴音はメモを取る手を止めた。
「それは、残したいね」
悠斗もうなずいた。全ての修正が、違いを減らすためでなくてよかった。
反省会を終えた後、二人は机に残った紙を分類した。今週直すこと、今後考えること、番組以外の運営で確認すること。琴音が見出しを作り、悠斗がそれぞれの意見を置いていく。
「あとは明日でもできるかな」
彼が言うと、琴音は時計を見た。
「できる。でも、この箇所だけは整理しておきたい」
「一文の長さ?」
「ううん。相談への答えを、どこまで1回で扱うか」
収録では、質問に答えようとするほど例が増える。どれも役に立つと思うと、2人とも削りにくい。
悠斗は部室の入口を見た。次の班が打ち合わせに来る時刻だった。
「場所、変える?」
「帰り道に、座れるところがある」
琴音はそう言ってから、少し確認するようにこちらを見た。
「喫茶店。前に、話した」
「ああ。早瀬さんが課題するところ」
「今日は課題ではないけど」
「じゃあ、行ってみたい」
彼女はうなずいた。二人は資料だけを取り、機材を片付けた。白石に先に帰ると告げると、彼は短く了承し、編集用のヘッドホンをつけた。
二人だけで外へ出た。それが悠斗には、思っていたより自然だった。
喫茶店は大学から少し歩いた通りにあった。木の扉の横に、小さく「木陰」と書かれている。琴音は空いている窓際の席を見て、悠斗へ先に入るよう手で示した。
「よく来るんだね」
「週に一度くらい。混む時間は避ける」
座ると、彼女は資料を出す前にメニューを開いた。
悠斗はコーヒーを頼むつもりで来たが、季節の飲み物の欄にある柑橘のソーダも気になった。琴音は紅茶の欄とコーヒーの欄を往復している。
「いつも何を飲むの?」
「いつもはコーヒー。でも、今日は暑かったから」
「冷たいの?」
「冷たいと、その後の作業中に手が冷えることがある」
悠斗は言った。
「じゃあ温かいの」
「でも、来る間は冷たいものが飲みたかった」
悠斗はメニューを置いた。
「反省会より、難しい選択になってる」
「反省会は、問題が具体的だったから」
「飲みたいものも、具体的だけど」
琴音は少し笑った。
「久瀬くんは、決めた?」
「早瀬さんが悩んでる間に、俺も分からなくなった」
結局、琴音は温かいコーヒー、悠斗はソーダにした。注文が終わると、二人ともなぜか一仕事終えたように背もたれへ寄りかかった。
「今ので、5分くらい使ったね」
「時計は測ってないよね」
「今回は、普通に見ただけ」
悠斗は笑って資料を出した。
話し合いは、意外なほどすぐにまとまった。
相談者がまず知りたい問いを1つ決める。二人が違う意見を出したとき、それを一度並べてみる。例を増やすのは、その後に必要なら、にする。
琴音が短くまとめ、悠斗が声にして読んだ。聞きやすいところで一文を切ると、紙の上でも見通しがよくなった。
「今日の反省を、そのまま練習してるね」
悠斗が言うと、琴音はカップを持った。
「すぐ試せるから、忘れにくい」
「じゃあ次も、ここでやる?」
口にしてから、彼は少し早かったかもしれないと思った。課題をする場所へ、仕事まで持ち込ませることになる。
「毎回じゃなくていいけど。予定があれば、そっちを――」
「毎回、少し話す時間を作るのはどう?」
琴音の言葉に、悠斗は続きを止めた。
「収録の後。直すところがあれば、その日のうちに整理できるし」
「うん」
「ここが混んでいたら、別の場所でもいい」
「分かった」
悠斗はうなずいた。彼女はカップを置き、手帳を開いた。来週の収録の横に、小さく何かを書き足している。
悠斗も携帯へ予定を入れた。収録後、と打った後、反省会と続ける。その文字を見ると、今日まで仕事にしか見えなかった言葉が少し違って見えた。
資料をしまってからも、飲み物はまだ残っていた。
悠斗がソーダの果肉をスプーンで寄せていると、琴音が本の話を始めた。勧めた短編集を読み終え、今度は別の作家を読もうと思っているらしい。
「次、何がよさそう?」
「早瀬さんの好み、少し分かった気がする」
「3つ目の話が好きだった、というだけで?」
「そこから考えるのが面白いんだよ」
「私も、久瀬くんが好きそうな本を考えてみた」
悠斗はスプーンを止めた。彼女は鞄の内ポケットを探り、手を戻した。
「題名を書いた紙、番組用のノートに挟んだままだった。次に持ってくる」
「ありがとう。読んでみたい」
「まだ題名も言っていないけど」
「早瀬さんが考えてくれたのを、読みたいから」
琴音はコーヒーへ目を落とした。それから、ごく小さくうなずいた。
休日は何をするのか、と彼女が聞いた。悠斗は書店のアルバイトか、家で本を読むことが多いと答えた。先日一緒に行った店で、と付け加えると、琴音はだから棚を知っていたのかと言った。
「でも、休日も本を見に行く」
「好きな場所で働いてるんだね」
「たまに、仕事で探す本と自分が読みたい本が混ざりそうになる」
「それは困る」
「見つけたら、お客さんより先に読まないようにしてる」
琴音は笑った。悠斗は彼女の休日も聞いた。課題や用事をまとめて済ませ、時間が余ればこの店へ来ることがあるらしい。
「何も決めない日は?」
「あまりない」
「じゃあ、ここに来るのも予定?」
「今日は、少し予定外」
その答えが、悠斗には嬉しかった。
カップが空になり、二人は席を立った。店を出てから、番組について直し忘れたことはないか、悠斗は一度だけ考えた。思いつかなかったので、琴音が次に勧める本のほうを考えた。
「来週も、収録の後で」
彼が言うと、琴音はうなずいた。
「うん。手帳にも入れた」
まだ誰にも知らせる必要のない、二人だけの予定だった。
帰る道で悠斗は予定の名前をもう一度見た。「反省会」とだけでは、誰との時間か分からない。迷った末、早瀬さん、と付け足した。
番組用の予定一覧へ写す必要はないと気づき、携帯をそのまましまった。




