第47話 新年度の予定、その隣
次年度の体制を決める紙には、最初から人の名前が入っていなかった。
藤堂が全員へ配り、まず希望を聞きたいと言った。
琴音は隣で小さくうなずいた。以前の大枠だけの引き継ぎ案から、何度か話し合いと試験収録を重ねてきた。
3月の放送研究会室。机の上には、今の番組を続ける原則と、新しい企画を試すための案が並んでいる。
理央は、自分の言葉で題材を選び、企画と進行を学び続けたいと話した。白石は技術面を支えながら、必要な回では話す側にも入りたいと伝えた。
誰かが二人を悠斗役と琴音役へ分けることはしなかった。
藤堂は希望を聞き、確認する担当と相談する日を紙へ足した。千紗も、広報に必要な素材や締め切りを説明する。
新しい声で作るためには、ただ席を空けるだけでなく、困ったときに戻れる手順が必要だった。
「公開前の確認は、必ず複数で行う」
琴音が言った。
「相談の扱いと、第三者の情報を出さない原則も続ける。迷ったときは、公開を急がない」
理央と白石がうなずいた。
悠斗は、その確認が済んでから自分の希望を話した。
「俺は、企画の相談と、必要な回の台本の確認に関わりたい。不定期で話す回も、予定が合えば参加したいです」
毎回つくとは言わなかった。できる時刻を先に調べてある。
琴音も、企画の目的や構成の確認を中心に、段階的に監修を減らしていく案を出した。
先輩がいないと進めない形ではなく、自分たちで作り、必要なところで聞ける形にする。
会議の紙へ、少しずつ名前と回数が入っていった。
途中で、理央が1つ質問した。
「私たちの企画で、今までの番組と違うテーマを扱ってもいいんですか」
悠斗は琴音へ目を向け、二人とも先に答えを出さず、何を考えているか尋ねた。
理央は、恋愛だけでなく、人に頼むことや友人との予定の合わせ方も扱いたいと言った。学生の日常から考える短い企画にしたいらしい。
白石は、その題材なら自分も問いを出しやすいと話した。
琴音は番組全体の紹介との整合を確認し、恋愛相談の枠と、新企画の枠を分ければ分かりやすいと提案した。
悠斗も賛成した。
「同じテーマをずっと繰り返す必要はない。何をする回か、聞く人に分かればよいと思う」
理央はうなずいた。
自分たちが好きだった形を、そのまま残すだけの会議ではなかった。後輩が選んだものを、実際に進められる形へ直している。
悠斗はその時間が嬉しく、少し寂しかった。
どちらの気持ちも、黙って全部を引き受ける理由にはしなかった。
移行の時期も、全員で確認した。
4月から理央と白石を中心にした企画体制を始め、最初の数回は先輩が公開前の確認へ多めに関わる。慣れた部分から任せ、問題があれば戻して話し直す。
『恋の答え合わせ』で悠斗と琴音が毎週通常担当する形は、3月の最後の回で一区切りにする。番組そのものを終わらせるのではなく、企画監修や不定期出演をしながら関わり続ける。
藤堂は、二人が3年生として別の活動に使う時間も確認した。
悠斗は講座で学んだことをもう少し試したいと話し、琴音も大学外の企画づくりへの関心を伝えた。
会長はうなずいた。
「続けるために全部を同じにしなくていい。自分たちがいないとできない仕事を、少しずつ減らしてくれ」
悠斗はその言葉を受け取った。
千紗は、新体制を知らせる文章を読み上げた。卒業や番組終了と受け取られないよう、担当の変わる部分と続く部分を分けてある。
「二人が完全に出なくなる、とは書かないでおくね」
「うん。でも、次の出演日をまだ約束できないから、毎月とは決めないでほしい」
悠斗が答え、琴音も同意した。
藤堂が、公開日を変える回があれば早めに知らせることも確認した。新企画を始めるからといって、今ある予定を黙って入れ替えない。
理央はメモを取り、準備が間に合わないときも相談してよいか尋ねた。
「間に合わせる方法を、一人で決める前に言ってほしい」
悠斗は、自分にも言い聞かせるように答えた。
「誰かの担当を、代わりに引き受けるときも。本人と確認してから」
琴音が隣でうなずいた。
白石は、その原則も引き継ぎの記録へ入れようと言った。機材の手順だけでなく、予定が変わるときに誰へ話すかも、初めて参加する人には必要だった。
悠斗は自分の欄へ、確認する日付を書き足した。困ることが一度も起きない体制にはできない。起きたとき、黙って無理をしなくてよい形にはできる。
その部分なら、自分たちが遠回りして覚えたことも役に立つと思った。
会議が終わり、全員で決定事項を確認した。
理央は担当する部分を読み、白石は技術の手順をどの時刻に共有するかを決めた。千紗は新しい紹介の文を準備し、本人たちに確認してから告知する。
悠斗と琴音も、自分たちの分を見直した。
空白だった欄が、希望を聞いた後に埋まっている。以前、自分が勝手に予定を変えた紙とは違った。
琴音がこちらへ目を向けた。
「これで、大丈夫?」
「うん。俺がしたいことと、できることになってる」
「私も」
二人はうなずいた。
全てを確実にしたわけではない。4月になって分かることもある。それでも、変えるときは相談する形が決まっていた。
藤堂が紙をまとめ、次に確認する日付を全員へ伝えた。
会議は、予定した時刻で終わった。
片付けの後、悠斗は部室のマイクを見た。
自分たちがいなくなるわけではない。だが、その前へ座る人が増える。
理央と白石が次の練習について話しているのを聞き、彼は二人へ口を挟まず、琴音と一緒に机を離れた。
廊下へ出ると、彼女が息をついた。
「決まったね」
「うん。少し、落ち着かない」
「私も。でも、よかったと思う」
悠斗は同意した。必要な仕事を残し、自分たちの希望もなくさなかった。
階段を下りながら、彼は別の予定を思い出した。
「琴音、新年度の最初に、デートしない?」
彼女が足を少し止め、こちらを見た。
「活動の会議ではなくて?」
「うん。番組のためではない日」
琴音は笑った。
「行きたい」
「何か、したいことある?」
「まだ、決まっていない。でも、悠斗と出かけたい」
彼はその返事を聞き、笑った。行き先が先でなくても、約束は作れる。
玄関の端で、二人は予定を確認した。
琴音の手帳には、来年度の活動の欄と、自分の講座の予定がある。その隣へ、新年度のデート、と小さく書かれた。
悠斗はそれを見て、少し嬉しくなった。
「隣同士だね」
「別々の予定だけど、同じ私の時間だから」
彼女は答えた。
活動の計画と恋人の時間を、どちらかが余った場所へ入れるのでなく、それぞれ選んで並べている。
悠斗も自分の予定へ入れた。
新年度に何があるか、全部は分からない。講義の時刻も、後輩が迷うところも、自分が新しく試したいことも増えるだろう。
その中で、彼女と会うことを先に一つ選べたのが嬉しかった。
琴音は手帳を閉じ、鞄へ戻した。
「最後の通常担当回も、一緒に作ろう」
「うん。いつもどおり、ちゃんと考えたい」
悠斗は答えた。
大きな別れの回にする必要はない。二人が今、相談へ返せる言葉を出す。それがこの1年に合う終え方だと思った。
門を出ると、風が冬より少しやわらかかった。
二人は手をつなぎ、駅までの道を歩いた。部室での役割が変わることと、ここで隣にいることは、同じではない。
琴音が、今度の収録の後は何をしたいか聞いた。
「いつものところで、話したい」
悠斗が言うと、彼女はうなずいた。
「私も。通常担当が終わっても、その時間は続けたい」
「うん」
彼は握った手を少し持ち直した。
引き継ぎの会議で決まったのは、仕事の未来だった。
その後、二人で決めたのは、また会うための予定だった。




