第46話 最初の二人を聞き直す
『止めよう』
スピーカーから聞こえた琴音の声に、今の琴音が顔を伏せた。
悠斗は隣で笑いをこらえていたが、その直前の自分の声がもう一度流れると、同じように机を見た。
「これは、公開しない」
「うん。しなくていい」
二人の意見はすぐにそろった。
3月の特別回に向け、番組を始めた頃の音声を聞き直していた。今の体制で作った時間を振り返り、これからどう関わるかを話す回だった。
失敗した試験収録の音を無断で使うのではなく、二人が確認したうえで、公開できる部分だけ選ぶ。今日聞いているのは、まず自分たちが振り返るための作業用だった。
白石は再生を止め、どこまで聞くか尋ねた。
「最後まで。最初だけでは、止められた記憶で終わるから」
悠斗が言うと、琴音も笑ってうなずいた。
「完成したところも、聞こう」
再生が進む。昔の二人は、言いたいことを先に出し、相手の返事を聞いてから少しずつ直していた。
琴音の説明は一文が長い。悠斗の言葉は、同じ気持ちの確認を何度も繰り返す。
それでも最後には、怖さを否定せず、小さな行動を選ぶという形へまとまっていた。
悠斗は、その声を聞きながら少し安心した。
最初から何もできなかったわけではない。未熟でも、相手の話を聞くところはあった。
「私は、結論を急いでいたね」
琴音が音を止めて言った。
「迷う理由を整理したら、そのまま行動できると思っていた」
「俺は、迷うのを受け止めたら、それで助けになると思ってた」
悠斗も答えた。
「その後、どうしたいかを聞くところまで、行けていないことがある」
琴音はうなずいた。
自分たちの弱点を、どちらか一方の誤りにしない。それは初めての試験回から少しずつ覚えたことだった。
白石は、2人の話す速さが今は安定したと言った。音量の差も、機材の位置を気にするようになって減った。
「でも、一番違うのは、相手の返事を待つところだと思います」
彼が続けた。
「最初は、沈黙すると次の台本へ行っていたので」
悠斗は琴音を見た。彼女もこちらを見て、少し笑った。
「今は、考えているかもしれないと思える」
「うん。全部切らなくていいと、教えてもらったし」
彼は白石へ礼を言った。二人の会話だけで成長したのではなく、聞いてくれる人が直す場所を教えてくれた。
そのことも、特別回では伝えたかった。
公開する内容は、昔の失敗を笑う企画にはしなかった。
最初に何を大事にしていたか、続ける中で何を足したか、今後も残したい原則は何か。二人が今の言葉で話す。
過去の公開済みの短い箇所を使う場合も、どこからの音声か分かるようにし、相談者の新しい情報が増えない部分だけにした。
琴音は構成を整理し、悠斗が導入を考えた。
「できるようになったことを並べるだけには、したくないね」
彼が言うと、彼女は賛成した。
「今も迷うことはある。迷ったときにどう話すかが、前より分かった」
「それを、残したい」
二人は台本へ印をつけた。
理央も途中から確認に加わり、番組の最初の方針が今と同じだったことに驚いた。悠斗は、同じ一文でも、理解が変わることがあると説明した。
「相手の選択を支えるって、最初から言っていた。でも、自分たちでもできていないことがあった」
琴音がそう補い、理央はノートへ書いた。
「だから、一度決めたら終わりではないんですね」
「うん。確認し直していいと思う」
悠斗は答えた。
選んだ昔の音声を、千紗にも聞いてもらった。告知でどの部分を伝えるか確認するためだった。
「二人とも、自分の声にだけ厳しいね」
彼女が言い、悠斗は顔を上げた。
「そんなに?」
「相手の話は最後まで聞くのに、自分が話すと、すぐ止めたくなる」
琴音が少し笑った。
「確かに。昔の久瀬くんには、待てる」
「昔の早瀬さんにも、待てるよ」
悠斗が返すと、千紗は、今の二人もそうしてあげればと言った。
彼はもう一度、自分が話している部分を聞いた。言い直しは多い。それでも、相談者が怖いと思っていることを軽く扱いたくない、という気持ちは伝わる。
「全部、消す必要はないね」
口にすると、琴音もうなずいた。
「私の説明も、長いだけではなかった。何を確認するかは、考えていた」
二人は使う箇所を短く選び直した。今ならうまく言えるから、当時の自分は駄目だった、という見せ方にはしない。
千紗は告知の文を作り、最後に見てもらうと伝えた。「成長した二人の総集編」と書きかけ、本人たちが笑ったので、「番組を始めた頃から、これからの話まで」へ直す。
「ずいぶん、普通になった」
彼女が言うと、悠斗はそのほうが自分たちらしいと答えた。
琴音も賛成した。立派になった証明より、今も話しながら作っていることが伝わればよかった。
収録では、最初の頃より台本を見ない時間が増えた。
問いの順番だけを確かめ、相手が話したことへ返す。長くなったら後で直せるが、今聞こえた返事を無視して次へ行く必要はない。
悠斗は、番組で意見が違ったことが役に立ったと話した。
「自分の答えが全てではないと分かるので。相手が何を大事にしているか聞くと、同じ相談でも見える場所が変わりました」
琴音は、違う意見を言われても、自分が否定されたとは限らないと続けた。
「ただ、違うから仕方がないと黙って終わらせるのでなく、どこが違うかを話すことは大切だと思います」
悠斗はうなずいた。
最後に、役割が変わっても番組への関わりを続けたいと伝えた。新体制はまだ正式な会議で決めるが、自分たちは必要なところで企画の確認や不定期の出演を担う案を出している。
「これから、違う声や視点が増えるのも楽しみです」
琴音が言った。
悠斗も同じ気持ちを返した。自分たちだけで守り続けるのでなく、渡した先で変わるものを見たいと思えた。
収録が終わると、白石が音声を保存した。
理央は片付けを手伝い、次の企画のメモを見せた。前回の台本を直し、最初の問いを自分の言葉へさらに短くしたという。
悠斗と琴音は読んで、気になる点を一つずつ聞いた。全部を書き換える必要はなかった。
春休みの講座で学んだことも、ここで少し使えた。
後輩たちが帰ると、部室は静かになった。悠斗は机のマイクを見た。最初はそれがあるだけで、自分の声を作っていた気がする。
「今は、普通に話せるね」
彼が言うと、琴音はヘッドホンを片付けた。
「普通に話すために、確認することは増えたけど」
「うん。何を公開するか、誰に向けるか」
「それが決まっていると、安心して話せる」
二人はうなずいた。
帰り道、悠斗は今日の音声を思い出した。
自分が相手の気持ちを勝手に悲しいものとして読んだ最初の1行。琴音がすぐ止めた声。その後、二人で言葉を直した時間。
「あの日、琴音が次の台本を2人分作ってくれたの、嬉しかった」
彼が言うと、彼女は少し驚いた顔をした。
「そこまで覚えてる?」
「うん。次も一緒に作るんだと思えたから」
琴音は前を向き、ゆっくり答えた。
「私も、悠斗が早く来ると言ってくれたのを覚えている」
「台本を、一緒に確認したかった」
「そう。私一人で直すのではないと思えた」
悠斗はその返事を聞いた。
最初から、二人が相手から受け取っていたものがあった。名前をつけるのが後になっただけで、一緒にするための選択は、あの頃から続いていた。
彼は手を出し、琴音が取った。
役割が変わっても、この手を取る理由までなくならない。
番組を続けるための約束と、恋人として会う約束を、二人は別々に持てるようになっていた。




