第45話 同じ声でなくていい
「その場合、最適な選択肢は3つに分類できます」
理央がそう読むと、琴音は手を上げた。
悠斗は4月の試験収録を思い出して、口元を押さえた。
「私でも、そんな言い方はしない」
琴音が言うと、理央は台本から顔を上げた。
「早瀬先輩みたいに、整理したほうがいいかと思って」
「整理することと、同じ話し方をすることは別」
彼女は紙へ目を落とし、それから少し笑った。
「最初の頃は、言っていたかもしれないけど」
白石がヘッドホンを外して笑った。3月の部室では、次年度へ向けた企画の練習が始まっていた。
理央の案は、学生が日常で迷う小さな選択を取り上げ、同じ学年の視点から考える短い企画だった。恋愛も扱えるが、それだけに限定しない。
ところが台本を作ると、悠斗と琴音の役割を自分一人で再現しようとして、最初に共感し、その後で急に分析の口調になる。
白石が比較用に録った音を聞くと、途中で別人が話し始めたようだった。
「内容より、言い方を考えすぎました」
理央は肩を落とした。
悠斗は、すぐ励ます言葉を出す前に、一つ尋ねた。
「この企画で、一番話したかったところはどこ?」
理央は台本を見た。
「最後です。相手へ聞く前に、自分がどうしたいかも一度考えてよい、というところ」
「どうして、そこを選んだの?」
「私は、人に合わせてから自分の希望を考えることがあるので。後から、違うと言いにくくなるからです」
悠斗はうなずいた。
借りた言い方ではなく、本人の経験から出た声だった。そこを使えばよいと一方的に決めず、彼は琴音へも目を向けた。
彼女は同じことを感じたようにうなずいた。
「今の説明、台本の最初に近いと思う」
琴音が言った。
「立派な結論を先に置くより、なぜ気になったかから始める。理央さん自身の視点が分かるから」
理央は紙へ書き込んだ。
「個人の話を出しすぎるのは、よくないかと」
「他人の秘密を話すことと、自分が何を気にしたか話すことは違う。ただ、公開したくない経験を無理に出す必要はない」
琴音はそう続けた。
「話せる範囲の例に直せばよいと思う」
悠斗も、理央が自分で選べるよう、どの程度までなら話したいか尋ねた。彼女は具体的な相手の話は出さず、自分の迷い方だけなら話せると答えた。
白石は、それなら二人で問答するより、一人が短く話し、もう一人が気になったところを聞く形もできると言った。
「分析する役と共感する役を、先に分けない?」
悠斗が聞くと、彼はうなずいた。
「質問する側も、同じことを感じるかもしれないので。別の意見が必要なときだけ、出せばいいと思います」
理央は少し安心した顔をした。
「それなら、話せそうです」
次の試験収録では、白石が問いを1つ用意した。
友人から休日の予定を提案されたとき、すぐ合わせる前に自分のしたいことを考える、という話だった。実在の相談ではなく、練習のための架空の例を使う。
理央は最初の文を、自分の言葉へ直した。
「断りたいわけではないけれど、返事をする前に、自分は何をしたかったか考える時間が欲しいことがあります」
白石が、すぐ決めないと相手が困るかもしれない、と問いを返す。
理央は台本から顔を上げ、少し考えた。
「いつまでに返事が必要か、先に聞くことはできると思います」
その声は、さっきよりずっと聞きやすかった。
悠斗は言い直したい部分を見つけても、すぐに手を上げなかった。最後まで聞き、本人がどう感じたか先に尋ねる。
理央は、途中で台本にない返事をしたのが怖かったが、相手の問いに答えられたのはよかったと言った。
「俺たちと同じように、やらなくていいよ」
悠斗は伝えた。
「今のほうが、理央さんが何を考えているか分かった」
琴音も、構成を整えるときは本人の言葉を残すことを提案した。
「全部を正しく聞こえる文章へ変えない。必要な確認だけ足そう」
理央はうなずいた。
白石も、自分の質問が少し長かったと話した。音を録る側だけでなく、話す側の難しさを試していた。
休憩中、悠斗と琴音は少し離れた机へ移った。
後輩二人が自分たちで直す時間を取るためだった。見守るつもりでも先輩が隣に立っていると、後輩たちがすぐに意見を求めてしまうから、別の作業をする。
悠斗は次の特別回の資料を開いたが、理央たちの会話が気になって何度か顔を上げた。
「今、戻りたくなった?」
琴音が小声で聞く。
「少し。助けられるところがあるかと思って」
「呼ばれたら、行こう」
「うん」
彼は紙へ戻った。
自分がいないと作れない形から、自分たちで進める形へ変わる。よいことなのに、手を出さず待つのは難しかった。
琴音も時々顔を上げていたので、彼だけではないらしい。
「琴音も、直したいところある?」
「ある。でも、今は二人で選んでいるから」
彼女は答えた。
悠斗は笑った。理想的な先輩へ1日で変わるわけではない。気になっても、待つことを選ぶ。その一つずつだった。
後輩たちが戻ってくると、台本は短くなっていた。
削ったのは内容だけではなく、借りた口調だった。理央がなぜその問いを選んだかが分かり、白石の質問も簡潔になっている。
二人は、次年度の企画でどう役割を分けたいかも少し考えたという。
理央は題材と流れを作り、白石は音を支えながら必要なところで問いを出す。ただし固定しすぎず、内容によって交代する。
「自分たちで、そうしてみたいです」
理央が言った。
琴音はうなずき、次の会議へその希望を持ってきてほしいと伝えた。
悠斗も、試して分かったことを一緒に話そうと言った。
自分たちでそうしてみたい、という理央の声が、彼には嬉しかった。
最後の聞き直しで、理央は1箇所だけ止めてほしいと言った。
「ここ、白石くんへ聞いた後、私がすぐ自分で答えています」
再生すると、そのとおりだった。白石が考えて息を吸ったところへ、理央の次の文が重なっている。
「待つのが、怖かった?」
悠斗が聞くと、彼女はうなずいた。
「何も話すことがなくなったと思われるかと」
「俺も、最初はそうだった」
彼は答えた。琴音も、自分が先に結論を言うことがあったと付け加える。
白石は、あのときは自分の返事を考えていたと言った。問いが難しすぎたわけではなく、少し迷っていたのだという。
「なら、待ってほしかった?」
「うん。次は、少し待ってもらえると助かる」
理央は台本へ印をつけた。悠斗は、自分が説明する前に後輩同士で確かめられたことへ、口を挟まなかった。
録り直したところでは、短い間の後に白石の返事が入った。台本どおりの答えではなかったが、理央はそれを受けて次の問いを変えた。
琴音が隣で彼を見た。悠斗も小さくうなずく。
自分たちが教えた言葉を再現したのではなく、目の前の相手と話している。今日の練習で一番聞きたかったものが、そこにあった。
片付けの後、理央は台本の最初の一文をもう一度読んだ。
「次は、これでやってみます」
悠斗はうなずいた。上手にできる保証はないが、自分で選んだ言葉なら、うまくいかなかったときに直す理由も考えられる。
白石は音声の保存を確認し、次の練習で聞き直せるようにした。
後輩二人が帰った後、琴音は空いた机を見た。
「違う番組になりそう」
「うん。それが、よかったと思う」
悠斗が言うと、彼女も笑った。
「私の話し方を、あのまま残されなくてよかった」
「最適な選択肢は3つに分類できます」
彼が小さく真似すると、琴音がすぐこちらを見た。
「1行目で止めるよ」
「まだ1行目でもない」
二人は笑った。
悠斗は机の上の台本をそろえ、琴音へ渡した。彼女が受け取り、二人で次の準備を確認する。
並んで作る仕事は、少しずつ形を変えていた。




