第44話 君からの提案
「提案があるんだけど」
琴音が紙を出したとき、悠斗は次の企画案だと思った。
ところが見出しには、日曜日の午後、としか書かれていない。その下に、小さな店と展示の名前が2つ並んでいた。
「デート?」
彼が聞くと、琴音はうなずいた。
「うん。私から誘いたい」
「嬉しい。行きたい」
悠斗がすぐ答えると、彼女は紙へ目を落とした。
「まだ、内容を説明していない」
「内容も聞く。でも、まず行きたいって言いたくて」
琴音は少し笑った。
「では、説明します」
2月の終わり、部室には春休みの予定が増えていた。2人は講座や引き継ぎの作業の間に、半日空けられる日を1つ見つけていた。
今日の収録では、愛情表現が違う恋人についての相談を扱った。言葉で好きだと言ってほしい人と、行動で示しているつもりの人。どちらが本気かを競うのではなく、自分に何が伝わりやすいか話す、という回答になった。
悠斗は、言葉で伝えることを前より大事にしている。琴音は今も、予定を調べたり、相手の好きなものを覚えたりする行動が多い。
彼女は収録の後で、その違いを自分たちについても考えたと言った。
「行動で分かると思って、言わない部分があったかもしれない」
「伝わってることも、たくさんあるよ」
「うん。でも、伝えたいから、今日は言う」
琴音は紙を机へ置き、彼を見た。
「悠斗が好きだから、一緒に出かけたい」
彼は一度返事をし損ねた。
告白の後、好きだと言い合うことはある。それでも彼女が自分から、理由としてまっすぐ置くと、違う嬉しさになった。
「……俺も、好きだから行きたい」
悠斗が答えると、琴音は少し照れて視線を下げた。
「今の返事なら、企画書は要らなかったかもしれない」
「でも、何を一緒にしたいかも知りたい」
彼は紙を寄せた。彼女らしい準備と、率直な言葉が両方あることを、どちらも嬉しく受け取りたかった。
琴音が選んだのは、小さな紙の展示を見て、その後に静かな店で話す半日だった。
時間は大まかにしか決めていない。最初のデートより、予定の空白が多かった。
「自由時間?」
悠斗が指すと、彼女はうなずいた。
「気になるものがあれば、寄れるようにした」
「いいね。俺からも、一つ提案していい?」
「うん」
彼は、彼女が前に気になっていると言った小さな店を挙げた。講座の帰りに場所だけ確かめ、日曜日の営業時間も見てあった。
「覚えていたの?」
「琴音が、次に見たいって言ってたから」
彼女は彼を見た。
「ありがとう。そこも、一緒に行きたい」
悠斗は笑った。好きだと言葉で返すだけでなく、彼女が楽しめる時間を自分も用意したかった。
どちらか一方が誘う人、準備する人でなくてよかった。
日曜日、二人は駅の前で待ち合わせた。
琴音は小さな鞄を持ち、悠斗を見つけると、自分から手を振った。彼も返し、隣へ並ぶ。
「今日は、誘ってくれてありがとう」
彼が言うと、彼女は少し笑った。
「何度か、私も誘っている」
「うん。今日も嬉しい」
「そう言われると、また誘おうと思う」
琴音は手を伸ばした。悠斗が受け取り、二人で歩き始めた。
展示の会場では、彼女が見たい箇所を先に見た。悠斗は分からないところを聞き、琴音は知っている部分だけ説明する。専門家のように全部を答えようとはしなかった。
「ここは、私も初めて知った」
彼女が言うと、悠斗は一緒に説明文を読んだ。
「じゃあ、2人とも増えたね」
「うん。後で、もう少し調べたい」
琴音の声が楽しそうだった。悠斗は、彼女の好きな場所へ一緒に来ることが、自分にとっても面白いと分かる。
全ての好みが同じでなくても、隣で見ている相手を知る楽しみがある。
会場を出た後、悠斗が調べた店へ向かった。
琴音は窓の中を見て、少し目を輝かせた。棚に並ぶ紙の小物を一つずつ眺め、悠斗へ見せる。
「これ、手帳に使えそう」
「予定が見やすくなる?」
「うん。でも、色を増やしすぎると、かえって分かりにくい」
「今日の提案書にも、使う?」
彼が聞くと、琴音は笑った。
「次は、提案書という名前にはしない」
「デートの案内?」
「それなら、よさそう」
二人は気になったものを選び、買うかどうかもそれぞれ決めた。悠斗は自分の本に使う小さな紙の札を見つけた。琴音が使い方を教えてくれたので、1つ買ってみることにする。
彼女の好きなものの中に、自分でも使ってみたいものが増えた。
店を出ると、琴音は買った袋を鞄へ入れ、彼へ礼を言った。
「場所と時刻まで、調べてくれたのが嬉しかった」
「一緒に行きたかったから」
彼が答えると、彼女はその言葉を一度うなずいて受け取った。
休憩に入った店で、二人は愛情表現の相談についてもう少し話した。
琴音は、自分がしている行動を相手も同じように読み取るとは限らないと言った。準備したものが、仕事のためだと思われる場合もある。
悠斗は、言葉だけを増やせばよいわけでもないと答えた。会いたいと言いながら予定を見なければ、相手には伝わりにくい。
「言うことと、することが、同じ方向を向いていると分かりやすいね」
彼が言うと、琴音はうなずいた。
「今日は、そうしたかった」
「伝わったよ」
悠斗ははっきり答えた。
「琴音が誘ってくれたのも、好きだからと言ってくれたのも、両方嬉しかった」
彼女はカップを持ち、少し黙った。
「……それなら、言ってよかった」
悠斗は笑った。彼女が不器用なまま、自分の方法で少しずつ変わっていく。その隣にいられるのが嬉しかった。
飲み物が半分になった頃、琴音が鞄から今日買った袋を出した。
「1つ、使ってみてもいい?」
「うん」
手帳の次の休日へ、小さな色の札を貼る。まだ行き先は書いていない。
「次のデート?」
「候補の日。悠斗の予定も聞いてから」
彼は自分の勤務を確認した。その日は午後なら空いている。
「じゃあ、午後にしよう。今度は俺が場所を考える」
「私も、行きたいところが見つかったら言う」
2人分の希望が入る余地を残して、日付だけ決まった。
悠斗は買った紙の札を1つ見せた。読んでいる本の、琴音へ話したいところに挟もうと思うと言うと、彼女は面白そうだとうなずいた。
「貸してもらうとき、そこも読んでいい?」
「うん。違うところが気になったら、教えて」
彼女の選んだ店で買ったものが、帰ってからの自分の時間にも使える。次に会う日まで、その札を見れば今日の会話を思い出しそうだった。
悠斗は袋を丁寧に鞄へ戻した。予定表にある次の日付を確かめてから、まだ残っている今日の時間へ顔を上げた。
帰る時刻を決める前に、琴音がもう少し歩きたいと言った。
悠斗も、まだ一緒にいたかった。二人は帰る経路から大きく外れない道を選び、ゆっくり歩いた。
風は冷たいが、日差しに少し春の明るさがある。琴音は店で買ったものを思い出し、次に手帳へ使うのが楽しみだと言った。
彼はその話を聞きながら、手を握り直した。
角で一度立ち止まると、彼女が自分から彼へ近づいた。短く抱き寄せる形になり、悠斗は彼女の肩へそっと手を置いた。
「今日は、楽しかった」
琴音が小さく言った。
「俺も」
彼が答えると、彼女は少し離れて彼を見た。
「また、私から誘う」
「うん。俺も誘う」
二人は笑った。
駅まで戻る間、琴音は今日の紙をどう残すか考えた。予定どおりではなかった部分も、実際にしたこととして書いておくという。
悠斗は、後で写真を見せてほしいと伝えた。
彼女はうなずいた。
今日の案内には、好きだから一緒に出かけたい、という言葉が含まれていた。その部分は、写真を見なくても忘れないだろうと思った。




