第43話 会わない時間の報告
二人の予定表に、同じ日付の別の行き先が入った。
悠斗は音声制作の短い講座。琴音は大学外の企画ワークショップ。どちらも、2月の春休みに数回だけ参加するものだった。
申込みを済ませたと伝え合うと、二人ともまず喜んだ。それから、会える日が少し減ることに気づいた。
「この日は、同じ時間帯なんだね」
琴音が指で示した。
「うん。別の場所だけど」
悠斗は自分の予定を並べた。書店の勤務と番組の引き継ぎの練習もある。前のように、空いている休日がそのまま二人の日になるわけではない。
少し寂しかった。
だが、その理由で申込みをやめたいとは思わなかった。琴音にも、やめてほしいとは言いたくない。
「俺、参加するのは楽しみ。でも、会える時間が減るのは少し残念」
彼が伝えると、琴音はうなずいた。
「私も。同じ気持ちが、両方ある」
彼はその返事に安心した。どちらか一つを選んで、他方を消す必要はない。
琴音は手帳を開き、帰る時刻が合いそうな日を探した。
「毎回は難しいけど、ここなら帰りに会える」
「いつもの喫茶店?」
「うん。疲れていたら短くしてもいい」
悠斗は賛成した。講座の後に会うことを、また一つの義務にはしたくなかった。
それぞれの用事を選んだうえで、使える時間を並べる。その方法は、冬の忙しい時期にも練習していた。
最初の講座で、悠斗は短い文章を音声へ直す課題に取り組んだ。
普段は琴音と相談して整えるところを、自分で決める。読むだけでは分からなかった言いづらさがあり、録音を聞くと必要のない説明も見つかった。
担当者から、聞き手が何を知っているかを考えてほしいと言われた。彼は番組でも何度も話していることなのに、違う課題になると忘れていた。
自分が得意だと思っていることも、場所を変えると試される。
失敗した部分を直して出すと、最初より短い音声になった。決められた長さに入っただけでなく、一番伝えたかった部分が残っている。
悠斗はそれが面白かった。
帰り道、すぐ琴音へ話したくなったが、彼女も今はワークショップの最中だった。
彼は短いメモだけを残した。
明日ではなく、今日のうちに聞いてほしい話が増えていく。会う時間が減ったのに、相手へ伝えることは増えるのが不思議だった。
琴音からの連絡は夕方に届いた。
『予定が途中で変わった。自分の案をそのまま通すのではなく、他の人の案と組み合わせる練習だった』
悠斗は笑った。彼女が最初に戸惑う様子が想像できたが、勝手に大変だったと決めるのはやめた。
『どうだった?』
それだけ返すと、しばらくして文が来た。
『難しかったけど、面白かった。明日、話したい』
彼も同じように伝えた。
翌日は帰る時刻が合う。二人は喫茶店で30分だけ会う予定を確かめた。
悠斗は自分の音声を聞いてもらいたくなったが、講座で作ったものを勝手に共有してよいかは、先に確認する必要があった。今日は内容の説明だけにしようと決める。
喫茶店では、琴音が先に来ていた。
いつもの台本ではなく、ワークショップのメモを持っている。悠斗が座ると、彼女は少し笑った。
「会う時間を減らしたのに、話す紙が増えた」
「俺も。30分に収まるかな」
「全部は、話さなくてもいい」
「うん。聞きたいところから、聞こう」
二人は飲み物を頼んだ。
琴音は最初に、自分の案が選ばれなかった話をした。どの案がよいかを決める前に、参加者が何を届けたいかを比べたらしい。
「私の案は、分かりやすかった。でも、別の人の案のほうが、参加したいと思える部分があった」
「悔しかった?」
悠斗が聞くと、彼女は少し考えた。
「少し。でも、組み合わせたら自分が考えなかった形になった。それは嬉しかった」
彼はうなずいた。琴音が負けた話としてではなく、増えたものとして話してくれるのがよかった。
彼女は、どこで意見を聞くのが難しかったかを具体的に説明した。悠斗は、その考え方が後輩の企画にも使えそうだと思った。
ただ、すぐ番組へ役立てる話ばかりにしないよう気をつけた。
今、彼が聞きたいのは琴音が何を面白いと感じたかだった。
悠斗も、自分の課題の話をした。
文章を短くするだけでなく、声に出す順番を変えたこと。聞く人が知らないことを、途中で補う必要があったこと。
琴音は興味深そうに聞き、どこを一番残したかったかと尋ねた。
彼は答えてから笑った。
「後輩へ、先に聞こうと思ったことと同じだ」
「自分でやると、選ぶのが難しいね」
「うん。残したいところがあるから、全部直されたら寂しいと思う」
琴音はうなずいた。
別々の場所で学んだことが、同じ机でつながっていく。その感じが、悠斗には楽しかった。
会わない時間をただ埋めているのではなく、それぞれが持って帰ったものを見せ合っている。
以前、陽介や菜月と別々の休日を過ごした後にも、同じように話が増えた。今回はそこへ、自分が今後したいことの手掛かりまで増えていた。
琴音はメモの端に描かれた小さな丸を指した。
「これは、何?」
「休憩で食べたもの。名前を忘れたから、形だけ」
「音声の課題とは、関係ないね」
「でも、琴音に話したかった。おいしかったから」
彼女は少し笑い、どんな味だったか尋ねた。悠斗が説明すると、店で見つけたら教えてほしいと言う。
学んだことだけを報告しなければいけない時間ではなかった。昼に何を食べたか、会場までの道で迷ったか。そんな話にも、二人の知らなかった1日がある。
「琴音は、道、分かった?」
「行きは。帰りは、別の出口から出て少し遠回りした」
「珍しいね」
「でも、途中で気になる店を見つけた。次に時間があれば寄りたい」
悠斗はその話を聞き、店の場所を教えてもらった。いつか二人で行く候補にはなるが、彼女が先に一人で行ってもよい。
琴音も同じことを考えたように、行ったら感想を話すと言った。
「まだ俺が知らない琴音の好きなもの、増えそうだね」
「悠斗の、名前の分からない食べ物も」
「次は、名前も覚える」
二人は笑った。相手の1日を全て知ることはできなくても、次に聞きたいことがある。悠斗はそのことを寂しさより強く楽しみに思った。
時計を見ると、約束の30分に近かった。
琴音はまだ話したいことがあるようだったが、明日も早いので今日はここまでにしようと言った。
悠斗も、残りを次に聞きたいと伝えた。
「同じ講座に行く形でも、よかったかもしれないね」
彼が言うと、琴音は首を振らず、少し考えた。
「それも楽しそう。でも、今日は別々でよかったと思う」
「うん。俺が知らないことを、聞けたから」
「私も」
彼女はメモを閉じた。
帰り道、悠斗は琴音の疲れを聞いた。
「少し。でも、明日も行きたい」
彼女は答えた。
「悠斗は?」
「俺も。難しかったところ、もう一度試したい」
二人はうなずいた。相手へ行ってほしくないと言うより、次に何を聞けるかを楽しみにできた。
駅までの短い間、手をつないだ。講座の資料の入った鞄は少し重いが、彼女の手はいつもどおりだった。
「次に会う日、決めよう」
悠斗が言うと、琴音は手帳を開こうとして、一度手を離した。
彼は待ち、二人で日付を並べる。帰りの時刻が合う日だけ、無理なく会う。
決まった後で、彼女がまた手を伸ばした。
「報告は、少しずつ増えそう」
「うん。全部一度で聞かなくても、続きがあるね」
彼は受け取った。
会う時間を減らしたことが、気持ちを減らすことにはならなかった。
自分が選んだ場所で学び、また相手のいる場所へ帰って話す。その往復を、二人は春休みの予定へ加えた。




