第41話 答えのその先
届いた報告を読んだとき、悠斗は声を出さなかった。
琴音も隣で画面を見て、最後の1行へ戻った。
『付き合うことにはなりませんでした。でも、伝えてよかったと思っています』
冬の部室へ、以前番組に相談を寄せた学生から、その後の報告が届いていた。仲のよい友人へ告白するか迷っていた人だった。
紹介してよい範囲と編集への同意も、改めて確認できている。相手が分かる詳細は伏せ、本人が伝えたい結果だけを公開用に整える予定だった。
「悲しかったとは、書いてあるね」
悠斗が言うと、琴音はうなずいた。
「でも、後悔しているとは書いていない」
彼は文章を読み直した。
相手は気持ちを聞いてくれたが、同じ気持ちではなかった。すぐに友人へ戻れるかは分からない。それでも、自分がどうしたかったかを、相手のせいにせず考えられたという。
最後に、番組で別の選び方もあると聞けたことが役に立った、とあった。
悠斗は深く息をついた。
交際が始まらなかった。なら、番組の助言は失敗だったのだろうか。
そんなふうに決めるのは違うと、文章を読めば分かった。本人は自分で選び、その後の気持ちも自分で言葉にしている。
琴音が手元の紙へ短く書いた。
「結果だけを、こちらで採点しない」
「うん」
悠斗は答えた。
最初からそう決めていたはずだった。だが実際の報告を読むと、恋が叶うことだけを目標にしない意味が、前より具体的になった。
収録で紹介するとき、二人は本人の言葉を削りすぎないようにした。
交際に至らなかったという結果だけでは、送ってくれた理由が分からなくなる。悲しかったことを消して、前向きな成功談に直すのも違った。
琴音は公開用の文を作り、悠斗が声に出して確かめた。
「ここ、伝えてよかったと感じているのは、本人だと分かるようにしたい」
彼が言うと、琴音は文を直した。
「誰でも、告白すれば必ずそう思えるわけではないからね」
「うん。しない選択も、間違いにはしない」
二人はうなずいた。
白石は、報告の後に置く間を少し長くしたほうが聞きやすいと言った。理央も台本を読み、結果だけでなく本人の受け止め方まで聞けるのがよかったと話した。
悠斗は、後輩がその区別に気づいたことを嬉しく思った。自分が全部説明する前に、彼女の言葉が出てきた。
今日は短い報告を読む回だったが、全員で考える時間は普段より長かった。
収録で悠斗は、報告を寄せてくれたことへ礼を言った。
「つらい気持ちもある中で、自分が選んだことを話してくれて、ありがとうございます」
琴音がその後を受けた。
「番組を聞いた人が全員、同じ選択をする必要はありません。伝えることも、今は伝えないことも、本人が考えるための選択肢だと思っています」
悠斗は相談文を置き、マイクへ向いた。
「俺たちが、うまくいく答えを決めて渡せるわけではないんですよね。相手の気持ちも、未来も、こちらで決められないので」
「でも、一人で考えていると見えにくい方法を、並べることはできる」
琴音が続けた。
「その中から、自分が大事にしたいものに合う選択を探す。そういう手伝いを、これからもしたいと思います」
彼女の声を聞き、悠斗はうなずいた。
番組を始めたときの方針が、ただ掲げた一文ではなく、自分たちが経験して確認した言葉になっていた。
録り終えた部分を聞き返すと、悠斗は自分の「ありがとうございます」が少し急だったと感じた。
「話してくれたことが嬉しくて、すぐ次へ進んだね」
琴音も同じ箇所を聞いた。
「悲しかったという話の後だから、もう少し待てると思う」
彼女は、元気な声へ変える必要はないと付け加えた。励まして送り出すために、つらさを急いで片付けなくてよい。
悠斗は言い直してみた。声を大げさに落とすのでなく、文章を読み終えてから、本人が選んで報告をくれたことを考える。
白石が2つを再生すると、後のほうが自然に聞こえた。
「沈黙を足したら正解、ではないんだね」
悠斗が言うと、白石はうなずいた。
「長ければよいわけではないです。今は、話が切り替わるのが分かりました」
琴音は、その次に置いた文も見直した。「またよい出会いがあります」とは書いていない。次の恋愛を望んでいるかどうかは、報告の中で尋ねられていなかった。
「俺、前なら言ったかもしれない」
「私も、次の行動を提案していたかもしれない」
二人は台本を見た。今回必要なのは、次の課題を渡すことではなく、届いた言葉をそのまま受け取ることだった。
悠斗は報告の最後の一文へ戻り、それ以上の結論を書き足すのをやめた。本人が今そう思っている、という文が、十分に残っていた。
収録後、二人は番組の紹介文を見直した。
「恋の答えを一緒に探す」という表現は残っていたが、誰が決めるのかが少し分かりにくい。
琴音が、選択を支える番組だと分かる文を足そうと提案した。悠斗も賛成した。
そこへ藤堂が来て、紹介文を変えるならキャッチコピーも考えるかと言った。
「『恋を叶える最短経路』」
「叶うことを約束しないので、使えません」
琴音が即答する。
「『あなたの恋に、確かな答え』」
「確かではないと、今話したところです」
「『共感と分析で、成功率アップ』」
「率は測っていません」
悠斗は笑った。藤堂も分かっていて言っているらしく、紙の候補へ次々線を引く。
「では、二人の案をどうぞ」
会長がペンを渡した。
悠斗は少し考え、琴音と目を合わせた。
「正解を決めるより、自分の気持ちと選び方を考える、かな」
「長いけど、方針は合っている」
琴音はそう言い、短く整えた。
『恋の正解を決めるのではなく、あなたが選ぶための時間を。』
悠斗は声にして読んだ。少し硬いところを直し、最後は二人で「一緒に考える番組です」と続ける形になった。
藤堂はうなずき、千紗にも見てもらおうと言った。
全員の確認を経て、紹介文は次の公開に合わせて更新することになった。
理央は片付けの後、自分の企画案にも今の方針を使ってよいか聞いた。
「そのままの言葉にしなくてもいいよ」
悠斗は答えた。
「理央さんが、何をする番組にしたいかを考えてほしい」
琴音も、自分が相談に答えるとき何を大切にしたいか、次に聞かせてほしいと伝えた。
理央はうなずき、ノートへ書き込んだ。
帰りの喫茶店で、琴音は今日の報告を詳しく言い直さず、番組の役割について話した。
「自分たちが付き合ったから、伝えることを正解にしすぎないようにしたい」
彼女が言い、悠斗はうなずいた。
「俺たちは、たまたま同じ気持ちだった。伝えたから、琴音の気持ちを作れたわけではないよね」
「うん。私は、伝える前から好きだった」
彼女は普通に答え、それから少し顔を赤くした。
悠斗も返事に困り、カップを持った。
「……今、さらっと言ったね」
「必要な説明だったから」
「嬉しい説明だった」
琴音は目を伏せ、笑った。




