第39話 役割より先に希望
「企画の確認は、私が続けることになると思う」
琴音がそう言ったので、悠斗は顔を上げた。
「続けたい、ではなくて?」
彼女はペンを止めた。
「……私が、今まで担当していたから」
部室の机には、次年度の役割を整理する表が広がっていた。前回二人で作った案を全員へ見せる前に、自分たちの希望を確認している。
1月の終わりが近く、試験の準備も必要だった。できる時間を増やすより、何を選ぶかが大事になる。
悠斗は紙へ目を落とした。琴音の名前の横には、今まで彼女がしていた作業がほとんど残っている。
「それだと、教える分が増えるだけにならない?」
「一度に全部を渡すのは難しいから」
「うん。でも、琴音がずっと確認しないといけない形で、決めなくてもいいと思う」
彼女は少し黙った。
「悠斗も、指導を一人で引き受けようとしていた」
「してた。だから、俺も選び直したい」
彼は笑い、自分の欄を指した。
後輩の台本を毎回見る。相談の選び方を教える。収録につく。何も決める前に書いた希望は、まだたくさん残っていた。
教えたい気持ちの中に、自分が残っていたい気持ちもあった。それを話した後でも、紙の上では前のままになっていた。
「得意だから、ずっとする。先輩だから、全部引き受ける。それだけで決めないようにしたい」
悠斗が言うと、琴音はうなずいた。
「私も。できることと、したいことを分けるんだったね」
二人は一度、名前を消した。
作業の種類だけが残る。誰の担当か決まっていない表は、普段より少し落ち着かなかった。
琴音は空白を見て、すぐ埋めようとした手を止めた。
「空欄があると、決め忘れた気がする」
「後で聞くための空欄だよ」
「うん。分かってる」
彼女はペンを机へ置いた。
悠斗は、自分が来年度も関わりたいことを一つずつ伝えた。言葉を声にして聞きやすくする作業は好きなので、台本を試して読む時間には参加したい。後輩から相談が来たときも、分かる範囲で聞きたい。
ただし、全ての収録に必ずいる担当にはしない。
琴音は企画の目的を考え、構成を組み立てることが好きだと言った。相談者が何を知りたいかを整理する部分も、続けたい。
「でも、公開用の作業を全部抱えるのでなく、最初は一緒に確認し、段々任せたい」
「うん。琴音がいないと進まない形にしない」
悠斗が言うと、彼女はうなずいた。
そこへ理央と白石が来た。
二人はまだ会議の前だったが、空白の表を見て、何を決めているのか尋ねた。
悠斗は、自分たちがしたいことを一度選び直していると説明した。
「理央さんと白石くんの欄は、今は埋めていない」
琴音が言う。
「どんなことをしたいか、会議で聞いてから考える」
理央は少し安心した顔をした。
「今までと同じように、私たちも分けるのかと思っていました」
「同じにする必要はないと思う」
悠斗が答えた。
「一人が聞く役で、一人が整理する役、って、先に決めなくても」
白石は、音響以外の進行にも少し興味があると話した。ただ、何を話せるかはまだ分からないという。
琴音はその希望を別の紙へ書き、今日ここで担当に確定しないと伝えた。
「まず試してみて、その後で考えよう」
彼女の言葉に、二人はうなずいた。
悠斗は、自分たちの番組をそのまま2人分の型として渡す必要はないのだと改めて思った。
後輩にも、それぞれ違う得意と希望がある。その違いを聞くところから始めたかった。
白石は、表の下にある「困ったときの連絡先」を見て、確認する日も決めたいと言った。
「いつでも聞いていいと言われると、今聞くべきか迷うので」
悠斗には意外な言葉だった。遠慮なく連絡してほしいと伝えれば、後輩は安心すると思っていた。
「まとめて聞ける時間があるほうが、聞きやすい?」
「はい。急ぐときは別に連絡しますけど、普段は、次に聞こうと残せます」
琴音は、毎日対応する担当を置く案へ線を引いた。週ごとの予定に合わせて確認の時間を決め、急ぐことは会長にも共有する。
理央が、自分にも記録を取る役をさせてほしいと言った。
「教わったことを書いて、次の人が見られるようにしたいです」
「私のメモを渡すだけでなくて?」
琴音が聞く。
「初めて読むと、分からない言葉もあるので。その説明を足せるかもしれません」
琴音は一度自分の紙を見て、それからうなずいた。
「ぜひ、お願いしたい。分からなかったところも残して」
悠斗は新しい欄へ、理央の希望を鉛筆で記した。先輩が仕事を減らし、後輩が同じ量を引き受けるだけの表ではなくなる。これまでなかった役割が、本人の言葉から増えた。
「空欄、置いてよかったね」
小さく言うと、琴音は彼のほうを見て笑った。
「うん。私が埋めたら、この案は出なかった」
放課後、二人は中庭を通って図書館へ向かった。
試験の資料を借りる用事があり、今日は喫茶店へ寄らない。琴音がその予定を伝え、悠斗も同じようにしたいと答えた。
歩きながら、彼女が小さく笑った。
「仕事の役割も、恋人の役割も、先に型を作りたくなる」
「彼氏は誘う、彼女は喜ぶ、みたいな?」
「それを考えたら、私がデートへ誘う日はどうなるのかと思った」
悠斗も笑った。
「俺が喜ぶ日だね」
「それでよかった」
「俺が台本をまとめて、琴音が話を聞く日もあるし」
「うん。いつも同じでなくていい」
二人は階段を上がった。
恋人だから相手の仕事を当然引き受ける、という約束はしなかった。助けたいときは申し出る。頼みたいときは頼む。できないときは、その返事も受け取る。
言葉にすると当たり前なのに、好きな相手には境目が曖昧になりやすい。それを二人で確認できたのが、今日の変化だった。
図書館で別々の資料を見つけ、共有用の机へ座った。
悠斗は引用したい箇所を探し、琴音は発表のメモを整理する。しばらく静かに作業した後、彼女が顔を上げた。
「この文章、少し聞いてもらっていい?」
「うん。今なら大丈夫」
彼は自分の本へ栞を挟んだ。
琴音は1段落だけ読み、主張が分かるか聞いた。悠斗は最後の例が少し急に感じたと伝えた。彼女は説明を足すのでなく、前の文とつながるように並べ替えた。
「ありがとう」
「役に立てた?」
「うん。お願いしてよかった」
悠斗は笑って本へ戻った。頼まれた範囲で手伝い、自分の作業も続ける。それは、どちらかを優先しきるより自然だった。
少しして、今度は彼が資料の所在について尋ねた。琴音は分かる場所だけ教え、彼は自分で取りに行った。
机へ戻ると、琴音は自分の欄に選び直した担当を短く書いていた。悠斗も隣へ同じように記す。
残った空欄は、そのままだった。
帰る前に、二人は表を見直した。
できる仕事の一覧ではなく、続けたいことと、教えて任せたいことが並んでいる。今までより担当は少なく見えるが、希望ははっきりしていた。
「これで、会議に出せそう」
琴音が言った。
「うん。後は、本人たちの希望を聞いてから」
悠斗は答えた。
「空いているから全部埋める、にはしない」
「私たちの予定も、そうだね」
二人はうなずいた。
外へ出ると、冬の空が早く暗くなっていた。悠斗は手を出し、琴音が自分の手袋を直してから受け取った。
「今日は、何をしたいか聞けてよかった」
彼が言うと、彼女は少し笑った。
「私も。担当しなければ、ではない言い方で話せた」
悠斗は、来年度の自分たちが少し見えた気がした。
番組を支える先輩になりながら、自分の活動も選ぶ。恋人として支え合いながら、相手が当然引き受けるとは思わない。
まだ完成した形ではない。それでも、自分たちで選んだ役割なら、続け方をまた相談できる。
彼は表を入れた鞄を持ち直し、琴音の隣を歩いた。




