第36話 今年いちばんよかったこと
公開を確認するための時刻は、20時だった。
悠斗は自宅の机で番組のページを開き、年内最後の回が予定どおり出たことを確かめた。収録と編集は、大学の活動ができるうちに済ませてある。
再生すると、数日前の自分と琴音の声が流れた。年末の挨拶をした後、相手と会えない時期にどう気持ちを伝えるかについて話している。
音量も説明文も問題ない。彼は確認したと送った。
琴音からも同じ返事が来た。
『最後まで聞けた。公開も大丈夫』
悠斗は画面を読み、少し笑った。4月には、二人で1回分を作るだけでも随分時間がかかった。それが今は、年末に会えなくても同じ確認を進められる。
ただ、仕事ができるようになったことだけが、今年の変化ではなかった。
彼は約束していた電話の時刻を見た。公開の確認を終えてから、二人で話す時間を取っていた。
携帯が鳴り、琴音の声がした。
「今年の通常担当分、終わったね」
「うん。お疲れさま」
「悠斗も」
互いにそう言ってから、少し黙った。今は何かを録る必要がない。言い直した部分を編集することもなく、ただ二人で話せる。
「反省会、する?」
悠斗が聞くと、琴音は小さく笑った。
「年末版?」
「うん。今年のよかったところと、直したいところ」
「直したいところは、すでに何度も話したと思う」
「相槌と、一文の長さ」
「最初の印象が、ずっと残ってる」
彼女が笑い、悠斗も笑った。
白石に何度も直してもらったこと。千紗の告知を二人で見直したこと。藤堂の急な依頼に、後から必要な確認を並べたこと。
番組は二人だけで作ったのではない。理央も春には見学していたのに、秋には案内を任されるようになった。
悠斗は4月の試験収録を思い出した。
「1行目で止められたの、まだ覚えてる」
「今聞いたら、どう感じるだろうね」
「俺が相談者より困ってた、かな」
「そう言った」
琴音の声が少し柔らかくなった。
「でも、あのとき一緒に考えてくれたから、続けたいと思った」
悠斗は携帯を耳へ当て直した。
「早瀬さんは、正しいことをすぐ言える人だと思ってた」
「今は?」
「正しいかどうか、ちゃんと考える人だと思う。すぐ言うこともあるけど」
「そこは、変わっていない」
二人はまた笑った。
性格が全部変わったわけではない。悠斗は今も相手の気持ちを先に考え、琴音は今も状況を整理したがる。それでも、その後に自分の希望を言うことや、説明しきれない気持ちを話すことが少し増えた。
琴音が、今年初めて読んだ本の話をした。
悠斗に勧められた短編集から始まり、自分では選ばなかった棚を見るようになったという。
「全部好きになったわけではないけど、読んでよかったと思う」
「合わない本の話も、面白かったよ」
「悠斗は、好きな本を否定されたとは言わなかったから」
「琴音が何を読んだか、知りたかったからね」
彼は答えた。相手が同じ場面を好きなら嬉しいが、違う理由も聞ける。その時間が、二人の反省会には何度もあった。
自分も彼女から教わった紙の違いや、展示を見るときの着目点を覚えている。詳しくなったというほどではないが、前なら通り過ぎたものへ目が向く。
「今年、知ってるものが増えた」
悠斗が言うと、琴音も同意した。
「行く場所も増えた。予定外の店も」
「最初のデート?」
「うん。予定が違っても、失敗ではないと分かった」
彼は机の横の栞を見た。琴音からもらった色のものが、今も文庫に挟まっている。
クリスマスのカードは、その隣に置いてあった。
「今年、一番よかったことは?」
彼女が尋ねた。
悠斗は少し考えるふりをし、すぐにやめた。答えは決まっていた。
「琴音と付き合えたこと」
電話の向こうが静かになった。
彼は返事を待ち、言葉を続けた。
「番組が続いたことも嬉しいし、他にも色々あるけど。一番と言われたら、それだと思う」
琴音が小さく息をついた。
「……私も」
「同じ?」
「うん。悠斗が好きだと分かって、それを本人に伝えられたこと。付き合うと決められたこと」
彼女は一つずつ言った。
「今年のよかったこととして、残したい」
悠斗は笑った。反省会の改善項目を出すより、その返事を聞けたことが嬉しかった。
「来年も、一緒に何かしたいね」
「うん。まだ行っていない店もある」
「映画も、本も増えそう」
「大学の活動も、変わると思う」
琴音が言い、彼はうなずいた。
来年は3年生になる。その前に試験があり、春休みがある。今の二人のまま、全てが同じ形で続くとは限らない。
それでも、何を変えたいか、何を続けたいかは話せるはずだった。
「来年の改善項目、まだ一つも書いていない」
琴音が言った。
「今年のよかったことが、長くなったから」
「反省会としては、偏っている」
「今日は、それでもいいんじゃない?」
悠斗が答えると、彼女は少し考え、笑った。
「うん。続けたいことを確認する回にする」
「じゃあ、俺は、収録の後に話す時間」
「私も。本の感想と、行きたい場所を聞くこと」
悠斗は自分の紙へ書いた。
「あと、困ったら先に聞く」
彼が付け足す。
「それは改善項目にも入るね」
琴音が答え、二人は笑った。
消すものだけでなく、残すものを決める。その形で、二人の年末の反省会はようやくまとまった。
紙の最後には、また一緒に選ぶ、と短く残った。
電話の途中で、藤堂から部の連絡が届いた。
悠斗は音に気づき、今確認してよいか琴音へ尋ねた。彼女にも同じものが届いていた。
『年明けに、次年度の番組体制について相談したい。理央と白石も含めて、段階的な引き継ぎを考えよう』
悠斗は文を読んだ。会長は来年度4年生になる。自分たちも上級生となり、同じ担当をずっと同じ比率で続けるのではなくなるだろう。
「引き継ぎ、どうしたい?」
琴音が尋ねた。
「後輩が自分で作れるようになるのは、手伝いたい」
悠斗は答えた。
「でも、今ここで全部決める話ではないね」
「うん。年明けに、全員で話そう」
二人は了解の返事を送り、携帯の画面を戻した。
彼は少しだけ、役割が変わることを寂しく思った。毎週、琴音と向かい合ってマイクへ話す。その時間が少なくなるのかもしれない。
ただ、彼女と会う理由が番組だけではなくなったことも、今年の大きな変化だった。
役割が変わっても、会いたいと言える。
悠斗は、話し合った紙を机の横へ置いた。気をつける項目だけなら、引き出しへしまって忘れたかもしれない。残したいことも書いてあるので、また見たいと思えた。
「その紙、次に会うとき持っていく」
「うん。私の分も見せる」
琴音の声が返り、彼は新しい予定表へ、小さな印をつけた。
電話を終える時刻が近づいた。
「年明け、落ち着いたら一緒に出かけよう」
悠斗が言うと、琴音はうなずくような返事をした。
「予定を、また見よう。私もしたい」
「うん。来年もよろしく」
「こちらこそ」
言い合ってから、少し早い挨拶なのに二人とも笑った。
最後に、琴音が彼の名前を呼んだ。
「悠斗」
「何?」
「今年、ありがとう」
長い説明はつかなかった。彼女が何について感謝しているのか、全部を並べなくても分かる気がした。
それでも、分かったつもりだけで返事を省かず、彼も言った。
「琴音も、ありがとう。来年も、会いたい」
彼女は笑い、私もと答えた。
電話を切った後、悠斗は公開された番組のページをもう一度見た。今年の最後の回が、そこに並んでいる。
その後で、来年の予定表を開いた。
活動の会議と、まだ日付の決まっていないデート。どちらも、これから話して選ぶための予定だった。




