第30話 別々の休日、同じ夜
陽介が待ち合わせ場所へ来たとき、悠斗は携帯を鞄へしまった。
「今日は、誰を待ってたんだ」
「お前」
「確認したくなる顔だったぞ」
11月の休日。悠斗は陽介と古い映画の上映を見に行く約束をしていた。琴音は菜月と出かける予定があり、二人とも今日は別々に過ごす。
昨夜、予定を確かめたとき、琴音は楽しんできてと言った。悠斗も同じように返した。毎回一緒にいなければならないとは、どちらも考えていない。
それでも、駅の看板に琴音が好きそうな展示を見つけると、彼は写真を送りたくなった。
今送れば、彼女の外出中の時間を使うかもしれない。そう思い、後で話すために覚えておいた。
「何かあった?」
陽介が聞く。
「あとで話したいものを見つけた」
「誰に?」
「……琴音に」
陽介は少し笑った。
「名前、普通になったな」
悠斗は自分の口から自然に出たことに気づき、鞄を持ち直した。
「そうだね」
「普通に会話してるだけだから、照れなくていいだろ」
「分かってる」
彼は笑った。陽介には交際を始めたことをすでに伝えていた。祝ってくれた後で、友達と会う時間までなくすなよと言われた。その約束を守るためだけに今日来たのではない。彼と話すのも、やはり楽しかった。
映画の後、二人は食事をした。
陽介は結末に不満があるらしく、どうしてあそこで言わなかったのかと話した。悠斗は、言えなかった理由も分かると返し、二人でしばらく意見が分かれた。
「お前、番組でもそういう役なんだろ」
陽介が言う。
「役ではないけど、先にそう考えることは多い」
「でも、琴音さんには言えたんだな」
悠斗は水を飲みかけた手を止めた。
「急にその話?」
「映画の話から、つながった」
彼は笑った。確かに、伝えない主人公へ自分が共感してばかりいると、陽介がそう聞きたくなるのも分かる。
「怖くなくなったわけではないよ」
悠斗は答えた。
「でも、黙ってるのが相手のためとは限らないって、少し分かったから」
「そうか」
陽介はそれ以上、告白の細かい話を尋ねなかった。別の場面について話し始め、悠斗も意見を返した。
琴音なら、この結末をどう説明するだろう。
途中でそう思って、悠斗は自分が彼女を思い出す回数に気づいた。隣にいないのに、彼女の考えを聞きたいものが増える。
それは、今いる相手との時間が楽しくないという意味ではなかった。
陽介と意見を違えたからこそ、別の考えも聞きたくなる。自分に一つ、話せることが増えたのだ。
午後は書店へ寄った。
悠斗が働く店ではなく、陽介が探している参考書のある大きな店だった。二人で棚を確認し、必要な1冊を見つける。
悠斗はその間に、紙の小物の棚へ目を向けた。琴音がデートで見ていたものと似た付箋がある。
買おうか迷ったが、彼女がすでに使っているものかもしれない。いつも何かを贈らなければいけないわけでもない。
彼は棚の場所だけ覚えた。
陽介は参考書の厚さを見比べ、持ち歩くなら薄いほうがよいかと迷っていた。悠斗は必要な範囲がどこかを尋ね、目次を一緒に見た。
「仕事中も、こうやって探すのか」
「専門的な内容までは分からないから、どこを使いたいか聞く。最後に選ぶのは、読む人だし」
「じゃあ、俺はこっち」
陽介は厚いほうを持った。悠斗は重くないかと聞き、必要なものが入っているからよい、という返事を受け取った。
彼は相手へ何かを渡す前に、まず聞く形が増えたことを思った。今日の付箋を買わなかったのも、遠慮だけではない。一緒に選ぶ楽しみを残したかった。
陽介がレジへ向かい、悠斗は入口で待った。目の前の友人の選んだ本も、自分なら読まないかもしれない1冊だった。
違うものを持って帰るから、次に話せることもあるのだと思った。
「買わないのか」
陽介が尋ねる。
「今度、本人と見ようと思って」
「そっか」
「お土産を増やすより、話すものを増やす感じかな」
言ってから、悠斗は自分でも少し変な説明だと思った。陽介は笑ったが、悪くないんじゃないかと答えた。
二人は店を出て、駅まで歩いた。
陽介には夕方の予定があり、悠斗も家で片付けたいことがある。いつものように別れる前、次は何を見るか短く話した。
「また、日が合うときに」
陽介が言い、悠斗もうなずいた。
恋人ができても、この約束まで消す必要はなかった。
帰宅すると、琴音から写真が1枚届いていた。
喫茶店のカップではなく、街角の小さな看板だった。先日二人で見た展示と関係のある店を、菜月と歩いて見つけたらしい。
『今度、時間があれば一緒に見たい』
悠斗は笑った。自分が朝に思ったことと、同じだった。
『俺も、駅で気になる展示を見つけた。夜、話せる時間ある?』
彼女から、食事の後なら少し、と返ってきた。
2人は時刻を決めた。すぐに電話するのでなく、彼女の残りの用事も、自分の家の用事も済ませてからにした。
悠斗は洗濯物を片付け、簡単な夕食を作った。携帯を見ながらではなく、終わってから机へ戻る。
話したいことを忘れそうなので、紙へ3つだけ書いた。
映画。看板。付箋。
番組の確認事項より、ずっと私的なメモだった。
電話は、琴音からかかってきた。
「今、大丈夫?」
「うん。琴音は?」
「大丈夫。菜月とは、夕方に別れた」
声を聞くと、会っていない1日が終わった感じがした。悠斗は今日、何をしたかを順番に話した。
映画の結末について陽介と意見が違ったことを話すと、琴音は内容を聞き、自分なら両方の理由を知りたいと言った。
「琴音らしい」
「まだ作品を見ていないから、決められない」
「今度、一緒に見てもいいね」
「うん。でも、今日は陽介くんと見て楽しかった?」
悠斗は言った。
「楽しかったよ。言い合いにはなったけど」
「それなら、よかった」
彼女の返事には、無理に合わせた感じがなかった。
悠斗も、菜月と出かけてどうだったか聞いた。琴音は服を見るのに思ったより時間がかかり、休憩で入った店が面白かったと話した。
「菜月が、また悠斗の話をしてると言うので」
彼女はそこで少し黙った。
「そんなに話してた?」
悠斗が聞くと、短い返事が来た。
「……少し」
「俺も、陽介に言われた」
琴音が笑った。電話では表情が見えないが、声で分かることもあった。
「別々に過ごしても、相手の話をしていた」
「うん。今度伝えたいことが、増えたから」
彼が言うと、彼女は少し長く黙った。それから、同じだと思う、と答えた。
10分くらい話すつもりだったのに、時計を見ると30分が過ぎていた。
「そろそろ、終わろうか」
悠斗が聞くと、琴音は少しだけ残念そうな声を出した。
「うん。明日、授業もあるから」
「続きは、会ったときに」
「何が残ってる?」
「付箋」
「付箋?」
彼は書店で見つけたものを説明した。琴音はすでに似たものを持っているが、別の色も見てみたいと言った。
「買わずに、教えてくれてよかった」
「本人と選ぶほうがいいと思って」
「うん。一緒に見たい」
悠斗は紙の最後の項目へ丸をつけた。伝えたいことは全部話せたが、次に一緒にしたいことが残った。
「今日は、楽しそうな声でよかった」
彼が言うと、琴音は小さく笑った。
「悠斗も。次は、私と過ごす休日も取ってね」
「もちろん。今度の日程、明日見よう」
彼女は了承し、おやすみと言った。
電話を切る前に、悠斗も同じ言葉を返した。画面が暗くなってから、机の紙を一度見る。
会っていない日に、相手と話すことが増えた。
いつも一緒にいるだけでは作れない時間が、二人の間にもあった。悠斗はメモを捨てず、次の予定を確かめるときまで残しておくことにした。




