第29話 学園祭のあと15分
「恋愛相談番組の人ですよね。好きな人ができたら、まず何をすればいいですか」
学園祭の展示机の前で、悠斗と琴音は同時に顔を上げた。
来場した学生は、軽い雑談のつもりで聞いたらしい。二人が真剣に黙ったので、少し慌てて手を振った。
「そんなに難しい話ではなくて」
「相手によるので、簡単には決められなくて」
琴音が答え、悠斗も続けた。
「話す機会があれば、まず何を好きか聞くのもいいかもしれません。ただ、相手の都合は確かめて」
「丁寧ですね」
学生が笑った。琴音も少し笑い、番組の案内を渡した。その場で個人の相談を詳しく聞く企画ではないことも、穏やかに伝える。
11月の青葉大学は、屋台と展示の案内でいつもの通り道が狭くなっていた。放送研究会は学内企画の音響と、活動紹介を担当している。『恋の答え合わせ』の二人も、番組を紹介する机に交代で座ることになった。
公開収録のように私的な会話を流す場ではない。普段の制作の流れと、相談フォームの案内を展示し、短い番組紹介音声を同意のある範囲で使っていた。
藤堂は機材の担当表を持って走り回り、白石は接続の確認に集中している。理央は来場者へ説明する役を少しずつ任されていた。
「二人とも、答えが慎重」
千紗が空いた箱を片付けながら言った。
「学園祭だからって、決めつけて言えないから」
悠斗が答えると、琴音もうなずいた。
「聞かれていないことまで、答える必要もない」
「うん。案内も分かりやすかった」
千紗はそう言い、次の来場者へ声をかけた。
交代の予定は、午後3時だった。
琴音が見たい展示は3時半までなので、担当が終われば二人で見られる。悠斗はその予定を覚えていたが、会場の機材確認で少し人手が必要になった。
白石が無理を頼んだわけではない。会場へ案内を届ける人がいなかったので、手が空いたように見えた悠斗に声をかけたのだ。
時計を見ると、3時を少し過ぎていた。
「俺、届けてくる」
言いかけて、彼は琴音へ目を向けた。
自分一人で引き受ければ、彼女と決めた時間も変わる。
「5分くらい遅れると思う。展示、先に行く? それとも、別の人に頼めるか聞こうか」
琴音は会場の場所を確かめた。
「5分なら、待てる。10分かかりそうなら連絡して」
「分かった」
悠斗は答え、案内を届けた。
戻ると、琴音は担当机を片付け終え、鞄を持っていた。彼も自分の分を片付ける。千紗が交代に入り、二人は礼を言って展示室へ向かった。
まだ間に合う。そう思って急ぎそうになったが、琴音は人の多いところでは歩いて行こうと言った。
「走ってぶつかったら、そのほうが遅くなる」
「うん。よくない近道だね」
二人は笑い、並んで人の流れを抜けた。
展示室へ着くと、終了時刻が一部早まったという札があった。午前中に紙が足りなくなり、体験企画はもう終わっている。見るだけの展示はまだ開いていた。
琴音は札を読み、少し肩を下げた。
「体験も、したかった?」
悠斗が聞くと、彼女はうなずいた。
「うん。でも、展示は見られる」
「遅れてごめん」
「5分のせいではない。昼の時点で終わっていたみたいだから」
琴音は案内の紙を確かめた。彼女も楽しみにしていたのに、責める相手を探さず、今できることへ目を向けている。
悠斗は隣へ並んだ。
「じゃあ、見るほうを一緒に楽しもう」
「うん」
紙の種類や印刷の違いを見比べ、彼女は気になった展示の前で立ち止まった。悠斗には詳しいことは分からなかったが、琴音がなぜ面白いか話すと、同じ紙の違いも少し見えてくる。
説明している彼女は、部室で台本をまとめるときより少し早口だった。
「この紙、触ると違いが分かる」
「ほんとだ。見ただけなら同じだと思った」
「だから、実物を見たかった」
悠斗はうなずいた。相手の好きなものを一緒に見る時間を、今日はちゃんと作れた。
最後に展示の担当者へ礼を言い、二人は外へ出た。
放送研究会の片付けには、もう一度戻る必要があった。
夕方の点検と機材の収納を済ませるまで、屋台をゆっくり回るのは難しい。琴音も担当が残っていたので、二人は別々の作業へ入った。
悠斗は藤堂とケーブルをまとめ、白石が不足したものの数を確認した。理央は案内板を外し、千紗へ返す順番を聞いている。
途中で琴音と目が合うと、彼女は小さく手を上げた。悠斗も同じように返した。
恋人として一日中隣にいられなくても、同じ場所で働いていることは分かる。自分が頑張っている姿を見てほしいと思うのと同じくらい、彼も彼女の仕事を邪魔せず応援したかった。
最後の確認が終わる前、理央が外した案内板の1枚を持ってきた。両面に貼った紙を別々の箱へ戻すのか、そのまま残すのか迷ったらしい。
琴音はすぐ指示を出さず、来年も使える内容か一緒に確かめた。悠斗はその間、余ったテープをまとめた。
「日付だけ変えれば、使えると思います」
理央が言う。
「では、どこを残すとよさそう?」
琴音が尋ね、彼女自身に選ばせた。
彼女が案内板をしまうと、白石が機材の数も合ったと報告した。
悠斗と琴音は顔を見合わせ、一度うなずいた。今日の仕事は、二人だけで終わらせたのではなかった。
最後の確認が終わると、藤堂が片付け終了を告げた。
「残ってる用事がある人は、各自確認。帰る人は忘れ物を見てくれ」
悠斗は鞄を取り、琴音へ向かった。
「まだ、少し歩ける?」
彼が聞くと、彼女は時計を見た。
「15分くらいなら。屋台、残ってるかな」
「見に行こう」
琴音はうなずいた。二人は仲間へ先に帰ると伝え、会場の外へ向かった。
屋台はほとんど片付け始めていたが、温かい飲み物を売る机と、焼き菓子の店がまだ開いていた。
琴音は飲み物を1つ、悠斗は二人で食べられそうな袋を1つ買った。大学の中庭には、疲れて座る学生が何人もいる。二人もベンチの端へ腰を下ろした。
「今日は、あまり回れなかったね」
悠斗が言うと、琴音は袋を受け取った。
「でも、見たかった展示は見られた」
「体験はできなかったけど」
「それは残念。でも、一緒に見たかったのは、できたから」
彼女はそう言い、焼き菓子を1つ取った。
悠斗も取ると、袋が思ったより大きく鳴った。近くの学生が一瞬こちらを見たので、二人は同時に小さく頭を下げた。
「静かな番組を作ってるのに」
彼が小声で言う。
「袋の扱いは、収録で練習していないから」
琴音も小さく笑った。
悠斗は彼女の飲み物が冷めないよう、自分の鞄を少し寄せた。琴音はそれを見て、礼を言った。
「15分、短い?」
彼が尋ねると、彼女は少し考えた。
「もっといたいとは思う。でも、今日はこの15分を取れてよかった」
悠斗はうなずいた。
「俺も。仕事が終わって、そのまま帰らなくてよかった」
彼女は顔を上げ、彼へ小さく寄った。肩が軽く触れる。二人とも、そこで無理に距離を広げなかった。
帰る時刻になると、琴音が先に立った。
「次は、もう少しゆっくり回れる日にしよう」
「うん。琴音がしたい体験も、また探そう」
「悠斗が見たいものも」
二人は鞄を持った。机の上の恋愛相談の案内を片付けてきたのに、自分たちの会話はまだ続く。
悠斗は今日、来場者へ答えた言葉を思い出した。好きな人ができたら、相手の好きなものを聞く。それは付き合ってからも役に立つ。
知ったつもりにならず、また聞けばよい。
門を出るところで、琴音が手を差し出した。悠斗は受け取り、一緒に駅へ向かった。
15分の屋台巡りは短かった。それでも、彼女が仕事の途中で決めていた、二人の時間になった。




