↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋する放送室  作者: 雨宮 弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/48

第20話 謝罪文を閉じて

 悠斗が最初に書いた謝罪文は、3行目で言い訳になった。


 心配だったから。忙しそうに見えたから。役に立ちたかったから。


 どれも本当だったが、昨日の琴音はその説明を知らなかったわけではない。


 彼は携帯のメモを閉じ、紙へ書き直した。


『確認が不足していました』


 今度は大学へ出す届けのようになった。


 悠斗は紙を裏返した。裏も使い切る頃、午後の講義が終わった。


 7月の教室を出る学生が減り、彼の机だけに、妙に整った言葉の並ぶ紙が残った。


「誰かに事故報告でもするのか」


 陽介が隣の席を引いた。


「謝りたいんだけど」


「それは、見たら分かる」


 悠斗は紙を重ねた。見られて困るのは琴音の気持ちに関わる部分なので、自分が勝手に予定を変えたことだけを話した。


 相手が忙しいと思って作業を引き受けたこと。収録の時刻を先に決めたこと。相手から、どうしたいか聞いてほしかったと言われたこと。


 陽介は最後まで聞き、しばらく黙った。


「それで、何を謝るつもりなんだ」


「困らせたこと」


「困らせないために、勝手に変えたんだろ」


「うん」


「じゃあ、同じ言い方で謝ったら、また相手が困るかどうかで決めるんじゃないか」


 悠斗は紙へ目を落とした。


「怒らせたことより、相手の意思を聞かなかったことが問題なんじゃないか」


 陽介の言葉は、昨日自分で残したメモと同じだった。けれど人に言われると、その前に並べていた理由が全部、問いの周りを回っているだけだと分かった。


「そうだね」


「相手は、怒らない人になれって言ってるわけじゃないんだろ」


「うん。自分がどうしたいか、聞いてほしかったんだと思う」


「なら、聞けよ。上手い謝罪文を完成させる前に」


 陽介は立ち上がり、鞄を持った。授業の後に別の用事があるらしい。


「俺の言ったとおりに謝れば解決、って話でもないからな」


「分かってる」


「そこ、分かっててくれればいい」


 彼は軽く手を上げて教室を出た。


 悠斗は紙を畳まず、もう一度広げた。


 作った謝罪文には、琴音が何をしたかったのかを尋ねる言葉がなかった。彼女に許してもらい、自分の不安を減らすための文章になっていた。


 昨日、自分が言えなかったこともあった。


 反省会へ行きたかった。もっと話したかった。彼女と会う時間が減るのは、自分も寂しかった。


 その気持ちを伝えると負担になると思って、彼女の分まで予定を取り消した。


 自分の希望をなくしたふりをしながら、相手の希望も聞かなかった。


 悠斗はペンを取り、紙の余白に短く書いた。


 何を望んでいたか聞く。自分の望んでいたことも話す。


 それを見て、すぐに告白しなければいけないとは思わなかった。恋愛感情を伝える前に、相手を対等な人として扱えていなかったことを話す必要がある。


 彼は携帯を開いた。琴音との画面には、昨日より前の用件だけのやり取りが並んでいた。


 大丈夫。無理しないで。分かった。


 言葉は優しいのに、彼女のしたかったことが見えない。自分が聞かなかったからだった。


 部室へ寄ると、白石と理央が別の企画の作業をしていた。理央は新入部員向けの短い紹介文を読み、白石に音を確認してもらっている。


「ここ、どう直せばいいですか」


 理央が尋ねる。


「どんなふうに聞こえてほしいですか」


 白石が聞き返した。


「えっと、堅くなくて、でもふざけすぎない感じで」


「なら、最初の説明を短くしてみましょうか」


 悠斗は入口でその会話を聞いた。白石は先に、本人がどうしたいかを聞いている。答えが決まるまで待ち、それから技術の提案をしていた。


 自分が得意だと思っていたことを、最近は好きな相手にできていなかった。


 彼は挨拶だけして、自分の忘れ物を取った。琴音は今日は授業の後で用事があると、前に言っていた。ここで待って話しかけるのではなく、時間を取れるか尋ねたほうがよい。


 部室を出る前、白石が保存済みの収録データを確認してよいか聞いた。悠斗は承諾し、公開前の最終確認は自分たち二人が返すと伝えた。


 自分一人の確認でよいとは、もう言わなかった。


 夕方、大学の中庭で菜月と会った。


 彼女は琴音の資料を届けた帰りらしい。悠斗は挨拶だけして通り過ぎようとしたが、菜月が足を止めた。


「琴音と、話せた?」


「まだ。これから時間を取れるか、聞こうと思ってる」


 菜月はうなずいた。悠斗は彼女が何を聞いているのか確かめたくなったが、琴音が話したことを別の人から集めるのは違う気がして、尋ねなかった。


「本人に聞く」


 彼が言うと、菜月は少し笑った。


「うん。それがいいと思う」


「心配させたなら、ごめん」


「私に謝ることではないよ」


 悠斗は頷いた。謝る相手も、話す内容も、彼は少しずつ分けなければいけなかった。


 菜月は最後に、琴音も自分の言葉を整理していたとだけ伝えた。何を書いたのかは言わず、そのまま帰っていった。


 悠斗は中庭のベンチへ座った。昨日の帰りには、ここを通らずに遠回りをした。二人で座ったことのある場所を見たくなかったからだった。


 今日は、一度顔を上げて木を見た。


 ベンチの端には、二人で座れるだけの場所が空いていた。悠斗は鞄を隣へ置きかけ、自分の膝へ戻した。


 彼は連絡する文から、相手のためだったという説明を削った。消しても、事実がなくなるわけではない。まず謝り、聞く順番に変えるだけだった。


 木の下で携帯を持ち直すと、画面の文章が初めて、相手に話しかける文に見えた。


 彼女も話す準備をしているなら、自分だけが正しい言い方を完成させてから行く必要はない。二人で話す時間が、まず必要だった。


 送る文は、昨日から考えた謝罪文のどれより短くなった。


『昨日のこと、改めて話したい。琴音がどうしたかったか、聞きたいし、俺の考えていたことも話したい。時間を取れる日を教えてもらえる?』


 最後に、急がなくていいと付け足そうとして止まった。いつでもよいという意味ではないし、彼女に全ての日程を考えさせるのも違う。


 自分が話せる候補を2つ続けて送った。どちらも難しければ、別の日を一緒に考えたいと添える。


 送信してから帰宅し、携帯を机へ伏せた。彼女が今すぐ返す必要はない。自分も、返事を待つ時間を使って何を聞くか考えられる。


 紙の謝罪文を1枚ずつ見直した。


 「よかれと思って」という言葉の横に、線を引いた。気持ちの説明には使えても、行動の責任を減らす理由にはならない。


 「今後このようなことがないよう」という1行も消した。約束しただけで変わるのではなく、次に迷ったとき、聞くことが必要だった。


 最後に残った紙は、ほとんど白かった。


 そこへ一つだけ、昨日言えなかったことを書いた。


 俺も、一緒にいたかった。


 その文を見ていると、携帯が鳴った。


『明日の午後なら話せる。いつもの喫茶店でどう? 私も、話したいことがある』


 悠斗は画面を読んだ。すぐに許してもらえたのではない。何もなかったことになったわけでもない。


 けれど琴音が、二人で話す場所を選んでくれた。


『ありがとう。明日、15時でいい?』


 了承が返り、時刻が決まった。


 彼はもう、謝罪文を増やさなかった。明日、紙を読めば済む話にはしたくなかった。


 畳んだのは、予定のメモだけだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。