第20話 謝罪文を閉じて
悠斗が最初に書いた謝罪文は、3行目で言い訳になった。
心配だったから。忙しそうに見えたから。役に立ちたかったから。
どれも本当だったが、昨日の琴音はその説明を知らなかったわけではない。
彼は携帯のメモを閉じ、紙へ書き直した。
『確認が不足していました』
今度は大学へ出す届けのようになった。
悠斗は紙を裏返した。裏も使い切る頃、午後の講義が終わった。
7月の教室を出る学生が減り、彼の机だけに、妙に整った言葉の並ぶ紙が残った。
「誰かに事故報告でもするのか」
陽介が隣の席を引いた。
「謝りたいんだけど」
「それは、見たら分かる」
悠斗は紙を重ねた。見られて困るのは琴音の気持ちに関わる部分なので、自分が勝手に予定を変えたことだけを話した。
相手が忙しいと思って作業を引き受けたこと。収録の時刻を先に決めたこと。相手から、どうしたいか聞いてほしかったと言われたこと。
陽介は最後まで聞き、しばらく黙った。
「それで、何を謝るつもりなんだ」
「困らせたこと」
「困らせないために、勝手に変えたんだろ」
「うん」
「じゃあ、同じ言い方で謝ったら、また相手が困るかどうかで決めるんじゃないか」
悠斗は紙へ目を落とした。
「怒らせたことより、相手の意思を聞かなかったことが問題なんじゃないか」
陽介の言葉は、昨日自分で残したメモと同じだった。けれど人に言われると、その前に並べていた理由が全部、問いの周りを回っているだけだと分かった。
「そうだね」
「相手は、怒らない人になれって言ってるわけじゃないんだろ」
「うん。自分がどうしたいか、聞いてほしかったんだと思う」
「なら、聞けよ。上手い謝罪文を完成させる前に」
陽介は立ち上がり、鞄を持った。授業の後に別の用事があるらしい。
「俺の言ったとおりに謝れば解決、って話でもないからな」
「分かってる」
「そこ、分かっててくれればいい」
彼は軽く手を上げて教室を出た。
悠斗は紙を畳まず、もう一度広げた。
作った謝罪文には、琴音が何をしたかったのかを尋ねる言葉がなかった。彼女に許してもらい、自分の不安を減らすための文章になっていた。
昨日、自分が言えなかったこともあった。
反省会へ行きたかった。もっと話したかった。彼女と会う時間が減るのは、自分も寂しかった。
その気持ちを伝えると負担になると思って、彼女の分まで予定を取り消した。
自分の希望をなくしたふりをしながら、相手の希望も聞かなかった。
悠斗はペンを取り、紙の余白に短く書いた。
何を望んでいたか聞く。自分の望んでいたことも話す。
それを見て、すぐに告白しなければいけないとは思わなかった。恋愛感情を伝える前に、相手を対等な人として扱えていなかったことを話す必要がある。
彼は携帯を開いた。琴音との画面には、昨日より前の用件だけのやり取りが並んでいた。
大丈夫。無理しないで。分かった。
言葉は優しいのに、彼女のしたかったことが見えない。自分が聞かなかったからだった。
部室へ寄ると、白石と理央が別の企画の作業をしていた。理央は新入部員向けの短い紹介文を読み、白石に音を確認してもらっている。
「ここ、どう直せばいいですか」
理央が尋ねる。
「どんなふうに聞こえてほしいですか」
白石が聞き返した。
「えっと、堅くなくて、でもふざけすぎない感じで」
「なら、最初の説明を短くしてみましょうか」
悠斗は入口でその会話を聞いた。白石は先に、本人がどうしたいかを聞いている。答えが決まるまで待ち、それから技術の提案をしていた。
自分が得意だと思っていたことを、最近は好きな相手にできていなかった。
彼は挨拶だけして、自分の忘れ物を取った。琴音は今日は授業の後で用事があると、前に言っていた。ここで待って話しかけるのではなく、時間を取れるか尋ねたほうがよい。
部室を出る前、白石が保存済みの収録データを確認してよいか聞いた。悠斗は承諾し、公開前の最終確認は自分たち二人が返すと伝えた。
自分一人の確認でよいとは、もう言わなかった。
夕方、大学の中庭で菜月と会った。
彼女は琴音の資料を届けた帰りらしい。悠斗は挨拶だけして通り過ぎようとしたが、菜月が足を止めた。
「琴音と、話せた?」
「まだ。これから時間を取れるか、聞こうと思ってる」
菜月はうなずいた。悠斗は彼女が何を聞いているのか確かめたくなったが、琴音が話したことを別の人から集めるのは違う気がして、尋ねなかった。
「本人に聞く」
彼が言うと、菜月は少し笑った。
「うん。それがいいと思う」
「心配させたなら、ごめん」
「私に謝ることではないよ」
悠斗は頷いた。謝る相手も、話す内容も、彼は少しずつ分けなければいけなかった。
菜月は最後に、琴音も自分の言葉を整理していたとだけ伝えた。何を書いたのかは言わず、そのまま帰っていった。
悠斗は中庭のベンチへ座った。昨日の帰りには、ここを通らずに遠回りをした。二人で座ったことのある場所を見たくなかったからだった。
今日は、一度顔を上げて木を見た。
ベンチの端には、二人で座れるだけの場所が空いていた。悠斗は鞄を隣へ置きかけ、自分の膝へ戻した。
彼は連絡する文から、相手のためだったという説明を削った。消しても、事実がなくなるわけではない。まず謝り、聞く順番に変えるだけだった。
木の下で携帯を持ち直すと、画面の文章が初めて、相手に話しかける文に見えた。
彼女も話す準備をしているなら、自分だけが正しい言い方を完成させてから行く必要はない。二人で話す時間が、まず必要だった。
送る文は、昨日から考えた謝罪文のどれより短くなった。
『昨日のこと、改めて話したい。琴音がどうしたかったか、聞きたいし、俺の考えていたことも話したい。時間を取れる日を教えてもらえる?』
最後に、急がなくていいと付け足そうとして止まった。いつでもよいという意味ではないし、彼女に全ての日程を考えさせるのも違う。
自分が話せる候補を2つ続けて送った。どちらも難しければ、別の日を一緒に考えたいと添える。
送信してから帰宅し、携帯を机へ伏せた。彼女が今すぐ返す必要はない。自分も、返事を待つ時間を使って何を聞くか考えられる。
紙の謝罪文を1枚ずつ見直した。
「よかれと思って」という言葉の横に、線を引いた。気持ちの説明には使えても、行動の責任を減らす理由にはならない。
「今後このようなことがないよう」という1行も消した。約束しただけで変わるのではなく、次に迷ったとき、聞くことが必要だった。
最後に残った紙は、ほとんど白かった。
そこへ一つだけ、昨日言えなかったことを書いた。
俺も、一緒にいたかった。
その文を見ていると、携帯が鳴った。
『明日の午後なら話せる。いつもの喫茶店でどう? 私も、話したいことがある』
悠斗は画面を読んだ。すぐに許してもらえたのではない。何もなかったことになったわけでもない。
けれど琴音が、二人で話す場所を選んでくれた。
『ありがとう。明日、15時でいい?』
了承が返り、時刻が決まった。
彼はもう、謝罪文を増やさなかった。明日、紙を読めば済む話にはしたくなかった。
畳んだのは、予定のメモだけだった。




