↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最弱育成師、追放された先で禁忌進化のモンスターを育てる  作者: 浅入燈馬


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/29

第8話 影潜み(シャドウリンカー)

黒い光が、爆ぜた。


地下の闇より、さらに濃い黒だった。目を閉じても、まぶたの裏に焼きつくほどの。


「っ……!」


僕は腕で顔を庇い、それでも指の隙間から見続けた。


隣で、シルヴィアが息を詰めている。握った手に、爪が食い込んでいた。痛い。でも、離さなかった。


ごう、と空気が鳴った。


樽がきしむ。石壁の埃が舞う。


それから、すべてが、すうっと引いた。


光が、小さく畳まれていく。体表を埋めていた刻印が、一本ずつ消えていく。


静寂が戻った。


「……終わった、の?」


「たぶん」


声が掠れていた。


石の床の中央に、ポッチがいた。


膨らんでいた体は、元の大きさに戻っている。いや、ほんの少し大きいか。


灰青色の面影は、残っていた。


ただ、輪郭が違う。縁がぼやけて、ゆらゆらと揺れている。まるで、蝋燭の火が作る影のように。


「ポッチ……?」


呼ぶと、体がぷるりと震えた。


次の瞬間、消えた。


「え?」


「いない!」


シルヴィアが身を乗り出す。僕も慌てて辺りを見回した。


床の上に、ポッチはいない。


いるのは、樽の影だけ。


その影が、ずるりと波打った。


「……後ろ」


「え?」


シルヴィアの背後。木箱の影から、ぬるりと灰青色の体が這い出してきた。


僕が最初に立っていた場所の、樽の影。そこから、木箱の影へ。距離にして、三歩ぶん。


床の上を通らずに。


「影から影へ、移ったんだ」


声が震えた。


「スライムなのに。光を避けるだけじゃない。影の中を、移動できる」


進化名が、頭に浮かんだ。


「【影潜み】……」


ポッチが、ぽん、と跳ねた。


僕の足もとまで、床の影を縫って寄ってくる。いつもの、あのぷるぷるした動きで。


膝をついて、手を差し出す。


指先に、ひやりとした感触が触れた。


「……成功だ」


呟いた途端、胸の奥から何かがこみ上げた。


三年間、一匹も進化させられなかった。数字のない言い訳だと笑われた。それが、今。


僕が見て、考えて、確かめて、守った。


その結果が、ここにいる。


「やった……」


声が割れた。


「やったな、ポッチ。本当に、やったんだ」


「レン!」


どん、と。


背中に、強い衝撃が来た。


「うわっ」


視界が揺れる。気づけば、僕は後ろから腕を回されていた。


シルヴィアだった。


しがみつくように、僕の体を抱きしめている。


「すごい! すごいわよ、あんた! 本当に進化した! あたし、見てた! ちゃんと見てた!」


興奮しきった声が、耳元で弾ける。


そして、背中に当たっていた。


おっぱいが。


汗に湿った革の胸当て越しなのに、はっきり分かる柔らかさだった。押しつけられた丸みが、ぐにゅりと潰れて、僕の背中の形に添って広がっていく。重たい。熱い。彼女が跳ねるたびに、むにゅ、むにゅ、と弾力が返ってきた。


「あ、あの、シルヴィア」


「あたしの勘、当たってたでしょ! あんたは無能なんかじゃないって!」


「分かった、分かったから、少し」


「なによ、嬉しくないの!?」


「嬉しい、嬉しいけど、当たって」


言いかけて、体が勝手に動いた。


振り返ろうとして、手が滑った。汗で濡れた彼女の背に回した右手が、外套の下に潜り込む。革紐の上、腰のくびれの少し上。そこだけ、布がなかった。


素肌だった。


しっとりと湿って、吸いつくように温かい。


「ん、っ……!」


高く、甘い声が、彼女の喉から漏れた。


悲鳴じゃない。驚いた声でもない。


身体の奥から、勝手に零れたような、熱を含んだ吐息だった。


「……っ」


「…………」


二人とも、固まった。


シルヴィアの腕から、力が抜けていく。


「い、今の」


「聞いてない」


「聞こえたでしょ」


「聞こえてない」


「嘘! 絶対聞こえた! 嘘が下手なのよ、あんた!」


彼女は弾かれたように飛び退いた。


暗がりでも分かるくらい、顔が真っ赤だった。両腕で胸を庇うように抱きしめ、肩で息をしている。外套が肩からずれて、汗に濡れた鎖骨が、薄明かりに光った。


「へ、変な声が出たのは、あんたが急に触るからで! くすぐったかっただけ! 背中、弱いのよ、昔から!」


「わざとじゃない」


「当たり前でしょ!」


「悪かった」


「謝らなくていい! ……いや、謝って」


「どっちだ」


「どっちでもいいの!」


ぷい、とそっぽを向く。けれど、耳まで真っ赤で、指先で自分の腰を押さえたまま、小さく震えていた。


僕は、右手の掌を見た。まだ、あの湿り気と温度が残っている。


……忘れよう。


忘れられるわけがなかった。


---


「ポッチ、こっち」


話題を変えたくて、僕はしゃがんでポッチを呼んだ。


ポッチが寄ってくる。シルヴィアも、咳払いをして近づいてきた。


「あ、あたしも見る」


彼女は僕の隣でしゃがみ、両膝を軽く開いて、ポッチを覗き込んだ。


そして、前屈みになる。


胸当ての上端が、ふわりと浮いた。


その隙間に、白い肌着の縁と、奥へ続く柔らかな影が見えた。汗に濡れた谷間が、暗がりの中でぬらりと光っている。屈んだ拍子に、おっぱいの重みがゆさ、と下へ傾いて、縁に乗り上げるように盛り上がった。


喉が鳴った。


視線を下げたのが、まずかった。


しゃがんだ彼女の、ショートパンツの裾。ぱつんと張った太ももの内側が、薄闇の中で白く浮いている。その付け根、布の隙間から、ほんの一瞬だけ、白い下着の端が覗いた。


「……っ!」


反射で顔を背ける。


「ん? どうしたの」


「いや。何でもない」


「ふうん」


彼女は気づいていない。ポッチの輪郭を、真剣な目で見つめていた。


「ねえレン。この子、色が変わってない?」


「え?」


「前は灰青色だったでしょ。今は、なんだか……」


言われて、僕も目を凝らした。


確かに、色が深い。灰青色の奥に、墨を一滴落としたような、黒が滲んでいる。


そして、気づいた。


ポッチの足もとの影が、おかしい。


蝋燭の薄明かりが作る、小さな影。それが、地下の闇よりも濃い。


闇の中にあって、なお、そこだけ黒い。


底が、ない。


ぞくり、と背筋が冷えた。


目の奥が、疼く。


懐かしい。けれど、今度の懐かしさは、胸の奥を冷たい指でなぞられるようだった。


「……レン?」


「いや」


首を振る。


「何でもない。……大丈夫だ」


自分に言い聞かせるように、そう言った。


ポッチは、何も知らない顔で、ぷるりと揺れていた。


その時、頭上の階段から、床板のきしむ音がした。


「おい! 生きてるか!」


宿の主人の声だった。


「な、なんだ今の光は! 樽は無事だろうな!」


「生きてます! 樽も無事です!」


「……そうか」


長い沈黙があった。


「……見てねえぞ。俺は何も見てねえ。朝になったら、そのスライムを連れて上がってこい。飯だ」


ぎい、と床板が鳴って、足音が遠ざかっていく。


僕とシルヴィアは顔を見合わせて、同時に吹き出した。


「いい人ね、あのおじさん」


「ああ。助かった」


さっきまでの気まずさが、ふっと軽くなった。


---


夜が明けた。


地下から階段を上がると、食堂の窓から、朝日が差し込んでいた。


ポッチは、僕の腕の中にいた。


「眩しくないか」


返事はない。ただ、ぷるぷると体を揺らしている。


床の上に降ろしてやると、ポッチは日の当たる床を避けて、壁際へ向かった。


そして、壁に落ちた椅子の影に、するりと入った。


次の瞬間。


壁の影が、動いた。


椅子の影だったはずのものが、ずるずると壁を這い、柱の影に繋がり、扉の枠の影へと滑っていく。


ポッチ自身は、動いていない。


影のほうが、勝手に移動している。


「……見てるだけで、鳥肌が立つわね」


「ああ」


「ねえ、これ、戦えるんじゃない?」


「分からない。でも、試す必要がある」


僕は拳を握りしめた。


試したい。この子に何ができて、何ができないのか。進化条件を解いたなら、次は能力の検証だ。


「午後から、検証を始める」


「あたしも手伝う」


「頼む」


即答できた自分に、少し驚いた。


シルヴィアは、嬉しそうに口の端を上げて、それから、ふと表情を曇らせた。


「そうだ。言い忘れてた」


「何を」


「昨日の夜、見回りの途中で聞いた噂。ギルドの人間が、辺境に来てるらしいの」


心臓が、ひとつ跳ねた。


「ギルドの?」


「ええ。町の入り口あたりで、見慣れない馬車を見たって人がいて。まだ、はっきりしないけど」


窓の外を見る。


朝の光の中、辺境の町は平和そのものだった。


ポッチが、僕の足もとへ戻ってくる。その影が、床の上で、わずかに揺れた。


まるで、何かを予感しているみたいに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。