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最弱育成師、追放された先で禁忌進化のモンスターを育てる  作者: 浅入燈馬


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第17話 同じ脈、同じ線

朝いちばんに、僕は机の上へ紙を並べた。


坑道の木枠の刻印。ポッチの体表に浮かんだ模様。モリの傷縁に走る筋。巣の焦げた枝に残っていた痕。


全部、僕が写し取ったものだ。


「同じに見えるけど」


向かいで、シルヴィアが紙を覗き込む。


「見えるだけだ。重ねてみる」


薄い紙に写し直し、四枚を重ねて窓の光にかざした。


円は、どれも同じ大きさだった。違うのは、円を貫く線だ。


「……線の数が違う」


指で数える。


「ポッチは二本。モリの傷は三本。坑道の木枠は、苔の下の痕まで入れて五本」


「増えてる、ってこと?」


「ポッチ、モリ、坑道の順だ。焦げた枝は、四本か五本。かすれて、はっきりしない」


「順番に意味があるのかしら」


「分からない。ただ」


言いかけて、目の奥が、じんと疼いた。


懐かしい。


ひどく静かな、嫌な懐かしさだった。紙の上の線を見ているだけなのに、昔、どこかで同じものを見た気がする。


こめかみを押さえて、首を振った。


「どうしたの」


「何でもない。……少し、目が疲れた」


「嘘」


「嘘じゃない。使ってない」


「それは知ってる。だから余計に気になるの」


彼女は、じっと僕を見た。


「痛くなったら、言いなさい。我慢比べは、あんたの負けよ」


「分かった」


---


実験は、昼前に始めた。


地下の石床に、白墨で線を引く。真ん中にモリ。その右側、三歩の距離に、小さな皿を置いた。


皿の上には、黒い石の欠片が一粒。


半個に割った時に欠けた、米粒ほどの破片だ。割りたてではない。鮮度は落ちている。


「接触はさせない。見るだけだ」


「モリが怖がったら、すぐ下げるわよ」


「ああ」


ポッチは、いつもの三歩の位置にいる。影の中で、静かに動かない。


シルヴィアが、小声で言った。


「獣はね、傷を負わされた場所の匂いを、避けるの」


「避ける?」


「焼かれたなら、焦げ臭い場所。噛まれたなら、噛んだ相手の気配。体が覚えてて、勝手に離れようとする」


「なら、傷と石が同じ性質なら」


「石を避けるはず。反対なら、関係ないか、もっと別の何か」


予想を紙に書いた。


『仮説A モリは石を避ける(石=傷の原因と同系統)』

『仮説B 避けない(無関係、または別の関係)』


「始める」


僕は、皿を置いた手を引いた。


砂時計を返す。


モリは、毛布の上で、ぱちりと目を開けた。


金色の目が、皿へ向く。


耳が、ぴくりと動いた。


「見てる」


「ええ。まだ動かない」


鼻が、ひくひくと動いた。何度も、何度も。


一分。


二分。


逃げない。後ずさりもしない。むしろ、体が前に傾いている。


「避けて、ない」


「そうね」


「きゅ……」


細い声が漏れた。


怯えの声じゃない。呼ばれた時の、返事のような声だった。


その時だった。


「レン」


シルヴィアが、囁いた。


「腕」


モリの右腕。


布の下から、淡い光が漏れていた。


ぼう。


さっきより、ずっと強い。昨夜の呼応とは、まるで違う。傷縁の筋が、くっきりと浮かび上がっている。


ぼう。ぼう。ぼう。


リズムが、速い。


「反応してる」


「ポッチは?」


視線を向ける。


ポッチの体表にも、刻印が浮かんでいた。同じ速さで。


けれど、動かない。位置は、三歩のまま。


「ポッチは、動いてない。石に反応してるのは、モリのほうだ」


「石が、モリの傷を呼んでる?」


「あるいは、傷が石を呼んでる」


僕は、息を詰めたまま、ペンを走らせた。


『石の欠片を傷から三歩に提示。モリは回避せず、前傾。傷の刻印が強く脈動。リズムは通常の約二倍』


その時、モリが、片手を持ち上げた。


皿のほうへ。


「だめ」


シルヴィアが、反射的に手を伸ばしかけた。


「待って」


僕は、彼女の手首を、軽く押さえた。


「まだ、触ってない」


「触ったら、どうなるか分からないでしょ」


「分からないから、触らせない。でも、手を伸ばすところまでは、見る」


「……っ」


「三十秒だけ」


彼女は唇を噛んで、頷いた。


モリの左手は、皿の手前で、止まった。


傷のある右腕のほうへ、視線が落ちる。自分の傷が光っていることに、気づいたのかもしれない。


「きゅ」


小さく鳴いて、手を引っ込めた。


そして、自分から、ポッチのほうへ、ずりずりと身を寄せた。


三歩の距離を、ちょうど守って、止まる。


光が、すうっと弱まった。


「……自分で、戻った」


「ええ」


「石に近づきたいのに、危ないって、分かってる」


「賢い子ね」


シルヴィアが、ほう、と息を吐いた。


「あたしの仮説、外れた」


「いや、外れてない。避ける、じゃなくて、惹かれながら、踏みとどまってる」


「どっちが厄介かしら」


「惹かれるほうが、厄介だ」


皿を回収し、石の欠片を、暗い小箱に戻した。


---


昼過ぎ、記録を整理した。


並べて書くと、一つの形が見えてきた。


ポッチ  :石を食べる。進化した。刻印は線二本。

モリ   :石に惹かれる。食べてはいない。傷に刻印、線三本。

坑道   :石の出どころ。刻印、線五本。


「石は、全部に絡んでる」


僕は、鉛筆の尻で、紙を叩いた。


「でも、全部が同じ関わり方じゃない。食べるもの、惹かれるもの、生み出すもの」


「三段階、ってこと?」


「そう見える。ただ、まだ早い」


「決めつけない、でしょ」


「そう」


シルヴィアが、にっと笑った。


「あたし、あんたのその口癖、結構好きよ」


「口癖か」


「毎回、言うじゃない。『断定はできない』『まだ早い』って」


「臆病なだけだ」


「違う。ちゃんと見る人の言い方」


さらりと言われて、胸が、少しだけあたたかくなった。


---


けれど、午後の終わりには、また目が痛み出した。


地下の灯りの下、写しを見つめていたら、視界がちらついた。


線が、揺れる。


円の中心が、渦みたいに歪んで見えた。


生態眼を、開いていないのに。


「……っ」


「レン」


「平気だ」


「顔、真っ白」


「少し休めば」


「休みなさい。今すぐ」


肩を掴まれて、椅子から立たされた。


壁際の毛布の上に座らされる。濡らした布を、まぶたに乗せられた。


ひやりとした感触が、気持ちよかった。


「……開けば、すぐ分かる」


声が、勝手に零れた。


「石と傷と刻印が、どう繋がってるか。線の数に意味があるのか。全部、一瞬で」


「うん」


「分かってる。使えば、視力が削れる。でも、今この謎は、僕の目に関わってる気がする」


「どういうこと」


「分からない。ただ、懐かしいんだ。あの刻印を、見るたびに」


布の下で、目を閉じたまま言った。


しばらく、沈黙があった。


「ねえ、レン」


「ん」


「あたしは、あんたに、使うなって言ってるんじゃないの」


声が、静かだった。


「使うなら、使う時を、あんたが決めて。焦って、勢いで使うのは、だめ」


「……」


「今は、ただ、見たいだけでしょ。確かめたいだけ。それは、必要なことじゃない」


「必要、じゃない」


「うん。少なくとも、今日は」


布の端から、そっと手が触れた。


額に、温かい手のひらが置かれる。


「ちゃんと、見えてるわよ。あんたの目は」


「……ああ」


「今日、石を避けなかったって気づいたのも、傷が呼応してるって気づいたのも、あんたの肉眼でしょ」


その通りだった。


何も、使っていない。


それでも、ここまで来られた。


僕は、ゆっくりと息を吐いた。


「使わない」


「うん」


「今日は、使わない」


「よろしい」


くすりと笑う気配がして、手が離れた。


「記録、あたしが書いておくわ。仮説の部分は、あんたの字で」


「頼む」


---


夜。


地下は、いつもの静けさだった。


ポッチとモリが、三歩の距離で眠っている。ポッチが眠るかは分からないが、少なくとも、動かない。


僕は、毛布にくるまって、壁にもたれていた。


寝つけなかった。


昼の実験が、頭から離れない。


石と傷。三本と五本。惹かれる、踏みとどまる。


シルヴィアは、自室へ戻っている。足音はもうない。


そのとき、小さな声がした。


「……ん……」


モリが、寝返りを打った。


眉の間に、皺が寄っている。夢を見ているのか。


「きゅ……」


それから、唇が、動いた。


「……ル……」


「え」


僕は、息を止めた。


「……ル、ゥ……」


鳴き声じゃなかった。


きゅい、でも、ぎ、でもない。


もっと、平たい音。人が口にする、母音と子音の並びに近い。


誰かを呼ぶ時の、音の形。


「ル、ゥ」


もう一度、はっきりと。


僕は、慌てて記録帳に書き留めた。


『夜。モリの寝言。「ル、ゥ」に近い音。鳴き声ではない。人語に近い発音?』


意味は、分からない。


ゴブリンが、人の言葉を話すなんて、聞いたことがない。


そもそも、幼体が、だ。


いや。


名前かもしれない。


群れの、誰かの。


その時、肌が粟立った。


視線を感じた。


地下の小窓。換気用の、細い隙間。


その向こうの夜気の中に、灰色が揺れた気がした。


僕は、ゆっくりと、振り返った。


窓の外には、何も見えなかった。


けれど、足もとで、ポッチの影が、ぬるりと小窓のほうへ伸びていた。


三歩の距離を保ったまま、じっと。


向こうも、こちらを見ている。


そう、確信した。

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