第9話 監査官がやって来た
ニアが加入して三日。
よろず屋オネェは順調だった。
順調すぎた。
「レンお姉様!」
「なぁに♡」
「お昼ご飯を持って参りましたわ!」
「んまぁ♡」
「王宮料理長特製ですわ!」
「最高ね♡」
「あとおやつもございます!」
「最高ね♡」
王女の差し入れが日に日に豪華になっている。
最近では店の食費がほぼゼロだ。
ありがたい。
非常にありがたい。
「これ絶対囲い込みだよな」
ニアが呟く。
「そうね」
ルミナが頷く。
「囲い込みだわ」
「本人に自覚なさそうだけど」
「ないでしょうね」
本人は満面の笑みで紅茶を淹れている。
可愛い。
そして重い。
そんな平和な昼下がりだった。
店の扉が開く。
カラン。
「失礼します」
入ってきたのは。
黒縁眼鏡の男だった。
年齢は二十代後半くらい。
黒髪。
細身。
神経質そうな顔。
そして。
疲れている。
とても疲れている。
過労死寸前みたいな顔をしていた。
「いらっしゃい♡」
アタシは営業スマイルを浮かべる。
「ご依頼かしら?」
「依頼ではありません」
「じゃあ何?」
男は懐から書類を取り出した。
そして。
「王国監査局所属」
嫌な予感。
「特別監査官レイモンドです」
嫌な予感しかしない。
◇ ◇ ◇
十分後。
レイモンドは店内のテーブルに座っていた。
書類の山を抱えながら。
「まず確認します」
「はい」
「この建物は王家所有でしたね」
「そうね」
「それを王女殿下の推薦で譲渡された」
「そうね」
「開業一週間で従業員三名」
「そうね」
「王女殿下が毎日通っている」
「そうね」
レイモンドが頭を抱えた。
「どうして誰も止めなかったんですか」
「知らないわ♡」
知らん。
本当に知らん。
「それで」
アタシは聞く。
「何しに来たの?」
「監査です」
「へぇ」
「違法営業の疑いがあります」
店内が静まった。
ガイルが立ち上がる。
ニアが目を細める。
ルミナはクッキーを食べている。
「違法?」
アタシは首を傾げた。
「何かやったかしら」
「やってます」
即答だった。
「え?」
「建築許可」
「ないわ」
「営業許可」
「ないわ」
「税務申告」
「何それ」
「労働契約書」
「ないわ」
「従業員台帳」
「ないわ」
レイモンドが遠い目になった。
「全部アウトです」
店内が静まる。
「え」
「え、じゃありません」
レイモンドは机を叩いた。
「なぜ開業したんですか!?」
「勢い♡」
「勢いで開業するな!!」
初めて大声を出した。
苦労人確定である。
◇ ◇ ◇
結局。
午後いっぱい監査になった。
「名前を書いてください」
「はい」
「ここにサインを」
「はい」
「この書類も」
「はい」
アタシは素直だった。
面倒事は早く終わらせたい。
しかし。
「ガイルさん」
「はい!」
「声が大きいです」
「申し訳ありません!」
「だから大きい!」
「申し訳ありません!!」
「もういいです……」
レイモンドが疲れている。
どんどん疲れている。
「ニアさん」
「何」
「前職は?」
「殺し屋」
「書かないでください」
「何で」
「何でじゃありません」
さらに疲れている。
「ルミナさん」
「なにー?」
「職業は?」
「神様」
「真面目にお願いします」
「神様」
「真面目に」
「神様」
レイモンドが机に突っ伏した。
限界が近い。
◇ ◇ ◇
夕方。
ようやく監査が終わった。
レイモンドは死んだ魚のような目をしていた。
「結論を言います」
「はい」
「違法営業ではありませんでした」
「よかった♡」
「ですが」
レイモンドは眼鏡を押し上げた。
「問題が山積みです」
「そう」
「なので私が担当になります」
全員が固まる。
「え?」
「定期監査です」
「毎回来るの?」
「来ます」
レイモンドはため息を吐いた。
「放置したら三日で国家案件になります」
否定できない。
誰も否定できない。
「お気の毒に」
ニアが呟いた。
「本当に」
ルミナも頷いた。
「頑張れ」
ガイルまで同情している。
レイモンドは天を仰いだ。
「転職したい……」
その呟きを聞いて。
アタシは少しだけ思った。
この人。
近いうちに仲間になるかもしれないわね。




