第10話 監査官、胃痛要員になる
翌朝。
レイモンドは後悔していた。
心の底から。
激しく。
猛烈に。
「なぜ私は来てしまったんだ……」
王都大通り。
朝八時五十分。
まだ営業時間前。
なのに。
よろず屋オネェの前には長蛇の列ができていた。
「レンちゃんに相談したい!」
「うちの店も見てほしい!」
「荷車の修理お願いしたい!」
「猫探し頼みたい!」
大盛況である。
レイモンドは目を擦った。
「なんなんですかこの店……」
「知らん」
後ろから声がした。
振り返る。
そこにいたのは桃瀬だった。
髪は下ろされている。
昨日まで見ていたレンちゃんとは別人のような無愛想な男だ。
「おはようございます……」
「おう」
「レンちゃんは?」
「営業時間外」
「は?」
「九時になったら出てくる」
「出てくる?」
「出てくる」
意味が分からない。
本気で分からない。
レイモンドは朝から頭痛を覚えた。
◇ ◇ ◇
ピピッ。
腕時計が九時を告げた。
「じゃ」
桃瀬はポケットからピンクのシュシュを取り出した。
髪を結ぶ。
その瞬間。
「あらぁ♡ おはようございまぁす♡」
「出てきたぁぁぁ!?」
レイモンドの叫びが響いた。
「やだもう、朝から大声出してどうしたのぉ♡」
「どうしたのじゃありません!」
「元気ねぇ♡」
レンちゃんは上機嫌で店の扉を開いた。
「はいはい皆さんお待たせぇ♡ 営業時間よぉ♡」
歓声が上がる。
拍手まで起きる。
アイドルのライブ会場か何かか。
レイモンドは胃を押さえた。
◇ ◇ ◇
午前九時。
営業開始。
店内は戦場になった。
「猫探しです!」
「隣人トラブルです!」
「屋根修理です!」
「失せ物探しです!」
依頼が飛び交う。
「ガイル!」
「はい!」
「屋根修理!」
「了解です!」
飛び出す。
「ニア!」
「何」
「猫探し!」
「行く」
消える。
「ルミナ!」
「なにー?」
「暇なら働け」
「雑っ!?」
いつも通りだった。
レイモンドは必死にメモを取る。
「依頼内容……担当者……報酬……」
監査官としての仕事である。
だが。
十分後。
「……あれ?」
気付いた。
意外と。
ちゃんとしている。
依頼台帳がある。
受付表がある。
売上帳簿もある。
「誰が作ったんですか」
「アタシ♡」
レンちゃんが胸を張る。
「元々何でも屋だもの♡」
「……」
レイモンドは少しだけ見直した。
本当に少しだけ。
◇ ◇ ◇
昼頃。
事件は起きた。
バンッ!
店の扉が勢いよく開く。
「助けてくれ!」
商人らしき男が飛び込んできた。
「どうしたのぉ♡」
「盗賊だ!」
店内の空気が変わる。
「街道に盗賊団が出た!」
「人数は?」
「二十人以上!」
ガイルが立ち上がる。
ニアが目を細める。
エリーも表情を引き締めた。
「王都近郊ですの?」
「ああ!」
「商隊が襲われてる!」
レンちゃんは時計を見た。
十三時。
営業時間内。
問題なし。
「行くわよ♡」
即決だった。
◇ ◇ ◇
三十分後。
街道。
盗賊たちは好き放題暴れていた。
「金を置いてけ!」
「逆らったら殺すぞ!」
典型的な盗賊である。
「いたわねぇ♡」
レンちゃんが微笑んだ。
盗賊たちが振り返る。
「なんだてめぇ」
「よろず屋オネェよ♡」
「は?」
「依頼を受けたから来たの♡」
盗賊たちは笑った。
そして。
一分後。
誰も笑っていなかった。
ガイルが吹き飛ばし。
ニアが武器を奪い。
ルミナが足を引っ掛け。
レンちゃんが全員沈めた。
圧勝だった。
レイモンドは後方で見ていた。
そして。
本気で引いていた。
「なんなんですかこの人達……」
監査対象がおかしい。
絶対におかしい。
◇ ◇ ◇
夕方。
依頼完了。
商人達は大喜びだった。
「助かった!」
「ありがとう!」
「流石よろず屋!」
拍手喝采。
レイモンドは報告書を書いている。
だが。
顔色は悪い。
非常に悪い。
「大丈夫ぅ?」
レンちゃんが覗き込む。
「大丈夫じゃありません」
「何でぇ?」
「今日一日で胃が痛くなりました」
「早いわね♡」
「あなた達のせいです」
即答だった。
◇ ◇ ◇
その時。
王宮の使者が駆け込んできた。
「レイモンド様!」
「何ですか……」
「監査局から正式通達です!」
封書が渡される。
レイモンドは嫌な予感しかしなかった。
開く。
読む。
固まる。
「……え?」
「どうしたのぉ?」
レンちゃんが覗き込む。
そこには。
『今後、よろず屋オネェ専属監査官とする』
そう書かれていた。
沈黙。
数秒後。
「……は?」
レイモンドが呟く。
「おめでとう♡」
レンちゃんが拍手した。
「おめでとうございます!」
エリーも拍手した。
「仲間だな」
ニアが頷いた。
「歓迎する!」
ガイルも笑った。
「嫌です!!」
レイモンドの悲鳴が王都に響いた。
だが。
誰も聞いていなかった。




