第8話 元殺し屋、就職する
「……負けた」
少女は呆然と呟いた。
アタシに地面へ押さえ込まれたまま、まるで信じられないものを見るような顔をしている。
「初めて」
「そう」
「一回も攻撃当たらなかった」
「そうね♡」
だってアタシ、元々そういうお仕事してたもの。
少女はしばらく黙っていた。
やがて観念したように短剣を手放す。
カラン、と音が響いた。
「殺して」
「嫌よ」
「え?」
「面倒じゃない」
少女が固まる。
ルミナも固まる。
ガイルも固まる。
「いや暗殺者だぞ?」
ルミナが言った。
「そうね」
「王女狙ったぞ?」
「そうね」
「殺さないの?」
「面倒じゃない」
「理由それ!?」
十分よ。
むしろ大事よ。
するとエリーちゃんが恐る恐る近づいてきた。
「その……あなた、お名前は?」
少女は少しだけ視線を逸らした。
「ニア」
「ニアさん」
「……何」
「どうして私を?」
ニアはしばらく黙った。
そして小さく答える。
「依頼だから」
「依頼主は?」
「言えない」
即答だった。
プロ意識だけは高いらしい。
するとガイルが険しい顔になる。
「やはり尋問するべきでは」
「面倒」
「レン殿!?」
「だって依頼主知らなくても何とかなるでしょ」
「なりませんよ!?」
ガイルが正論を言った。
珍しい。
◇ ◇ ◇
結局。
ニアはよろず屋へ連行された。
本人は抵抗しなかった。
逃げる気もないらしい。
「座りなさい」
「……」
「座りなさい」
「……はい」
なぜか素直だった。
お茶も出す。
クッキーも出す。
暗殺者への扱いではない。
「レン殿」
「なぁに?」
「警戒を」
「してるわよ」
「見えませんが」
「してるしてる」
するとニアがぽつりと言った。
「毒入ってる?」
「入ってないわよ」
「そう」
食べた。
即食べた。
お腹空いてたのね。
◇ ◇ ◇
十分後。
クッキーは全滅した。
「……」
「……」
「……」
「おかわりいる?」
ニアがコクリと頷いた。
この子。
思ったよりチョロいわね。
ルミナなんて完全に仲間を見る目になっている。
「食いしん坊仲間じゃん」
「一緒にしないで」
「喋った!」
初めてルミナに反応した。
少し進歩である。
そんな中。
ガイルが王宮から届いた書類を見ていた。
そして顔色が変わる。
「レン殿」
「ん?」
「まずいです」
「何が?」
「依頼主が死んでます」
全員が固まった。
「は?」
「昨夜死亡」
「早いわね」
「口封じでしょう」
なるほど。
つまり。
ニアを使った黒幕がいる。
依頼主は消された。
証拠も消えた。
「綺麗に切られたわねぇ」
アタシはため息を吐いた。
そしてニアを見る。
「で?」
「……」
「これからどうするの?」
ニアは答えない。
少しして。
小さく呟いた。
「仕事ない」
「へぇ」
「依頼主死んだ」
「そうね」
「報酬も消えた」
「そうね」
「住む場所もない」
重い。
思ったより重い。
エリーちゃんが涙目になっている。
「かわいそうですわ……」
「王女」
「はい?」
「騙されやすいって言われない?」
「よく言われますわ」
でしょうね。
すると。
ニアが立ち上がった。
「じゃあ行く」
「あら」
「殺し屋失格だし」
「そう」
「もう終わりだから」
その言葉が。
妙に寂しく聞こえた。
アタシは腕を組む。
数秒考える。
そして。
「働く?」
「……は?」
ニアが止まった。
「うちで」
「は?」
「よろず屋」
「は?」
大事なことなので三回言った顔をしている。
「掃除できる?」
「できる」
「料理は?」
「少し」
「潜入は?」
「得意」
「尾行は?」
「得意」
「情報収集は?」
「得意」
アタシは頷いた。
優秀じゃない。
「採用♡」
「軽っ!?」
ガイルが叫ぶ。
「いや待ってください!」
「何よ」
「元暗殺者ですよ!?」
「元よね?」
「そうですが!」
「今は無職じゃない」
「そうですけど!」
ガイルが頭を抱えた。
ルミナは爆笑している。
エリーちゃんは拍手している。
「新しい家族ですわ!」
「違うわよ」
ニア本人だけが固まっていた。
「……いいの?」
「何が?」
「人殺し」
「別にアタシも綺麗な人生じゃないし」
ニアが目を瞬く。
「それに」
アタシは笑った。
「働けるなら十分よ♡」
沈黙。
数秒後。
ニアは視線を逸らした。
「……変なオネェ」
「よく言われるわ」
「……よろしく」
小さな声だった。
だけど確かに聞こえた。
こうして。
よろず屋オネェに二人目の従業員が加わった。
ちなみに。
その日の十八時。
桃瀬モードになった俺は。
「ニア」
「何」
「明日から朝六時集合」
「……は?」
「倉庫整理」
「……」
「サボるなよ」
ニアは初めて。
本当に初めて。
絶望した顔をした。




