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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
閑話 幻影の村
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そして、時は動き出す

 とにかく、ここはヤバイ。

 金色の土偶たちは。本堂から出ると裏門の方に行ったようだが、連中の向かう先は、たぶん水金(みずがね)山だろう。

 それほど標高の高い山ではないが、昔は水銀でも採掘していたのだろう。


「……関わり合いになるとヤバイか。とにかく逃げるとするか」


 土偶が地面から浮かびあがっていたとか、テレパシーで会話をしているとかはどうでもいい。妖怪の中には、そういう奴らもいないわけじゃない。

 身近なところだと、小坂部(おさかべ)の姫様だな。


 悪さをした子供に『姫様にどこかに連れていかれるぞ』って言うのは、定番の脅し文句だ。それに年の初めに姫様が空中を走ると豊作という話もあるんだ。

 少なくとも前半分だけは現実だ。姫様なら俺も見た事がある。

 あの大きさなら、子供ひとりを咥えて運び去るなど造作もない事だろう。


 だが、それとこれとは話が違う。あいつらの姿は、どう見ても尋常とは思えない。

 だって土偶だぞ。それも等身大で、金色に光っていて。

 妖怪が世間に認知──普通に市民権を与えられたのは、世界戦争が終わってしばらくしてからの事だが、あんなのは…… 知らん。


 だから、早々に逃げ出す事にしたんだ。

 好奇心が無いわけじゃないが、俺はタコじゃないからな。

 昔から言うだろ、好奇心はタコをも殺すって。


 なら後方に待機しているMSVの連中の世話になった方が良さそうな気がする。

 貞操の危機? たしかに出雲と一緒にいたら何をされるか分からんな。

 でも、2号車なら何とか。たぶんだけど…… うん、そうしよう。


「……そう思っていた時期もあったんだが」


 夕暮れの中を、どこをどう歩いても…… 寺の境内から出られなかったんだ。


 何とか出ようと、いろいろ頑張ってみたんだが、いつも本堂の入り口… 賽銭箱の前に戻っているんだな。山門どころか塀にすら近づくことが出来ん。

 子供のころに、ありもしない風景を見せて旅人を惑わせる狐の妖怪の話を聞いたもんだが、今の俺もそんな感じだ。まるでキツネに化かされたような気分だよ。


「こうなりゃ、ヤケだ!」


 寝袋にもぐりこんだ俺は、メディカルキットから消毒剤が入っている筈の小瓶のふたを開けた。中身は連合王国で作られているハーブ入りの火酒…

 よしよし、こいつには気が付かなかったようだな。

 ぐいっと中身を飲み干した俺は、そのまま…… ぐぅ……


******


「……してったらぁ………… ねえ、目を覚ましてよぉ」


 なんだよう、ゆさゆさとうるさいなぁ…… ああ、出雲だな。せっかく高校を出て自由の身になれたと思っていたのに、俺と同じ大学受けやがってさぁ。

 そのうえ学寮──大学と契約したアパート──も、隣の部屋ときている。

 お陰で講義のない日も、朝寝ができな……


「起きろおぉおお! ばか省吾!」「うおおぉお!?」


 胸ぐらをつかまれて無理矢理に起こされた俺は、一瞬で目が覚めた。

 なんだ、なんだよ…… その泣きそうな顔は。

 いつもの出雲らしくないぞ?


「うっさい! あんたは黙って世話を焼かれてればいいの!」

「たーいちょ、話が進みまへんから代わってくれてやぁ」「あ、うむ……」

「で、省吾さん、いままでどこに行っとったんです?」


 ええと、昨夜は医療用アルコールを飲んで、そのまま寝たんだよな。

 で、次の日の朝… もう昼か? お前らにたたき起こされて今に至る。以上!


「そんな事はおまへん! ここ半月ちゅうもの省吾さんはどこを探しても見つかりまへんでした。行方不明になったちゅう事で、大騒ぎになったんや」


 大騒ぎしたのは出雲だけだろ。

 しっかし、あいつが、あんな顔をしているのを見たのはいつぶりの事だろうなぁ。

 そんな事より、手と顔がすんごく痒い…… 昨夜、蚊の大群にでも襲われたか?


「掻かんといてくれて。漆にかぶれたみたいですから。…そう言うたら省吾さんが持っとった、あの漆の枝…… もしかしたら新種かもしれまへんよ」


 なん、だと?

 いつの間にそんな事をしたんだ、俺は。

 漆にかぶれたと言っていたが、運の良い事に水ぶくれまでは出来ていないようだ。

 だが、痒いっ! 猛烈に痒いぞぉおっ!


「そらそうと、たいちょがあんな顔て… そこ、詳しゅう教えてくれてやぁ」

「それどころじゃねぇえええ!」


 夏の風が吹きわたり木々の枝がざわり、と揺らした。


 ああ、空が高いなぁ。

 そろそろ秋、か。

金色土偶とかその関係者が絡むと、こんな事もあるのでしょう。

次回からは、再び冬夜くんたちの話に戻ります。

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