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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
閑話 幻影の村
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凍り付いた時間の中で

 寺の本堂を囲むように作られた縁側に出て庭を眺めているうちに、ずいぶん時間が経っていたらしい。この寺に来た目的は文書保管庫を調べる事だったんだが、気が付くと、幾重にも色を変えた空が広がっていた。

 ここに来たのが昼過ぎの事だから、実に半日近くもこうしていた事になるのか。


「……腹が… 減った」


 メシだ、晩飯にしよう。

 背嚢の中には出がけにスーパーで買い込んだキャンプセットを取り出した。

 木炭と着火剤の入った箱の中に、例のブツを入れておいた筈……


「あんのヤロー! 何て事を……」


 俺は、唖然としてしまった。

 その中身は俺が買ってきたブツじゃなかったんだ。

 うん、これはこれで悪くはないんだよ? 栄養満点だし腹持ちも良い。

 だけどなぁ……


「よりにもよってエナジースティックを入れるとは……」


 こういう処が俺の元カノ──磐手 出雲(いわて いずも)というオンナだ。

 物心ついた頃には、すでに何かれとなく世話を焼かれていたというか。

 それも過保護なんて生やさしいもんじゃなかったなぁ。

 だからハンバーガーとか牛丼を初めて食ったのは、結婚してからだ。


 いやな、中学校の話題なんかでマグネトロンのダブルバーガーだのクレープはどこが美味しかったという話題は、必ず出るもんだろ。

 だが、俺の場合は一切なし! もしも朝霞と結婚していなかったら、牛丼や立ち食いソバには出会えていなかったかも知れん。


 いやマジで言ってんだぞ、

 そういう訳で、食料を入れ替えたのは間違いなく出雲だ。そうに決まってる!

 何の因果か、あいつは俺の護衛官──それも隊長格──なんよなぁ……


 背嚢をひっくり返してみたが、やはり食べ物はエナジースティックが2食分。

 こういなると嫌な予感しかしない。明日の昼過ぎには家に──MSVで送ってもらえる手はずになっているけど、あのジュースが待っているのは間違いない。

 ったく誰だよ、ムラサキウマゴヤシを粉末にするなんて考えた奴はさぁ。


 ぶつくさ言っていても腹が膨れるわけじゃない。

 せめて虫の音を愛でながら、こいつをかじるとす…… んんんんん?


 ──何かがおかしい。


 省吾は、おそるおそる周囲を見回した。この時間ならスズムシやクツワムシの鳴き声が聞こえてこないはずはない。この時期に静かな夏の夜なんて、あり得んぞ。

 そして…… あり得ないものを見てしまった。


 家路を急ぐ数羽のカラスが、空中で静止している。

 そればかりではない。


 境内を横切ろうとするオニヤンマが。

 風に揺れた枝から離れて宙を舞う木の葉が。


 すべての物が動きを止めている。

 そして、音さえも……


「まるで風景写真のような景色だな…… いったいこれは何が起こっ……」


 ──ごとっ…… 


「なんだ?」


 びくっと身体を震わせると、音のした方を見た。

 本堂の奥の扉の隙間からは、虹色の光が漏れ出て、あたりを照らし出していた。

 ゆっくり開いた扉の奥から出てきたのは… 2体の遮光器土偶だった。


 土偶といえば、それほど大きなものではない。

 とっさに柱の陰に身を隠した省吾は、息をひそめて土偶を観察した。

 音もなくこっちに近づいてくる2体の土偶は、わずかに床から浮いたまま移動しているようだ。


 主に東日本の遺跡から発掘された土偶は、せいぜい1尺(約34センチ)程度だ。

 だが扉の奥から出てきた遮光器土偶の大きさは、省吾と変わらない──等身大のモノなのだ。それに続くもう1体の土偶は、それに比べれば小さい。

 だいたい中学生サイズ… という処だろうか。


 そして、あいつら会話をしているようだが……


 ──ヘルマよ、本当にこんな処にあるのであろうな。

 ──間違いないですとも、あれなら創造神様が丹精なさっていたアレと同じか、その近縁種かと……


 それは、声じゃない。頭の中に直接流れ込んでくる、言葉… だ。


 それから、どのくらいの時間が過ぎたんだろうか。

 腕時計を見ると8時半…… 1時間も過ぎて… 違う!


 外の風景は夕方のままじゃないかよぅ。

はてさて、金色土偶は何を探しに来たのでしょう。

まあ、正体はアレですけど。

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