イライラが止まらない
私、磐手 出雲が、和泉 省吾の護衛官を命じられたのは運命の皮肉だろうか。
いや、事情を知っている周囲の面々が、面白がって私に押し付けたに違いない。
だって、辞令が下りた時には、あいつとは幼稚園に上がる前からの腐れ縁だった事が部内に知れ渡っていたから。
どこの誰がその話をしたのかも、想像がついて……
ええ、ええ、そうですとも。
どーせ私はとんびにあぶらげ攫われた哀れな喪女ですよっ!
「まあまあ、たいちょ。あんまり興奮すると眉間のしわが取れなくなりますよぉ」
運転席でのんきに冷茶をすすっているのは部下A──犯人はコイツ──だ。
はっきり言って、どうしようもない娘だが、こんな奴でも一応は夫子持ち。
夫は遺伝子改良によって生まれたオトコだが、どこが良くてこんな奴と結婚する気になったのやら……
「ひっど! 私には衣笠青葉という名前があるんです。なのに部下Aだなんて」
「やかましい、軍艦みたいな名前をしとーくせに!」
はあはあぜえぜえ… 拙い、拙いわ、地が出ちゃった。
とにかく冷静、冷静にっと…… よしっ。
私たちは要人輸送車──通称MSVでとある人物のバックアップ中だ。
でも省吾が要人って…… まあ、今となっては珍しい活動的なオトコだけど。
たしかに2児の父親で、しかも片方は男の子ともなれば仕方がない… か。
そしてMSVはただの大型自動車じゃない。車体は超合金フリートニウムという特殊装甲に身を固め、自衛とはいえロケット砲まで装備している凶悪なもの。
他にも色々と仕掛けはあるけど、大切な事は極端に目立つ事もなく──普通に公道を走る事が出来る、立派な戦闘車両だという事なのよね。
「酷いねやぅ、たいちょぉ。なんぼ朝霞さんに彼氏取られたからって……」
「ふ… ふふふふふ…… あおばあぁぁあ?」
「ひう…… お、オトコなんて掃いてほかすくらいいるやないですかぁ。ええ加減に新しい恋を見つけてですね…… いぎゃあぁあああ!」
……部下Aを成敗してから10分後。
私はイライラしながら通信機の前に陣取っていた。
ちらりと腕時計を見ると、時刻は正午… を数分回ったところ。いつもなら向こうから通信をしてくるけど、今回はうんともすんとも言ってこない。
さすがに心配になってきたから、こっちからコールしていみたけど……
Pip PiP……
「このぉお、ばか省吾、早く出てよねっ!」
「たーいちょ、大丈夫ですよぉ。位置測定システム見たら行き倒れてないし」
「そういう問題じゃなく…… 来たっ!」
ようやく私のコールに気が付いたらしい。
スピーカーからは、のんびりとした省吾の声が流れ出した。
『はいよ、こちら泉水。今のところは順調だぁ……』
「それは良かったですねぇ。じゃあ、とっとと用事を済ませてくださいねっ!」
省吾の声を聞いてほっとしたけど、逆に何だかむかついてきた。
人をあれだけ心配させておいて、何よ、あののほほんとした態度は!
「素直じゃないですねぇ。たいちょなら2号さん狙えなくなーい?」
「誰の2号になれと?」
「あなたの大好きなしょーごくんに決まってるじゃないですかぁ」
部下Aに対して、私は何も言い返せなかった。論破出来る材料すらない。
何をどう言っても『うちはもう子供産んだし、他のオトコに興味おまへんから』の一言で切って捨てられるのは分かり切っているからだ。
今となっては珍しく古風というか…… 婚姻法が改正されて、一夫多妻が認められてから半世紀以上経っているというのにね。
こんな社会になった原因は100年ほど前の出来事だ。
そもそもの始まりは1万年以上も前に落下した隕石に封じ込まれていた水だ。
そして隕石に封じられていたのは水だけではなかった。生命もだ。
最初のうちは物質と生命の境界線にある、単純なウイルスだと思われていたけれどね。それは瞬く間にスミノフ帝国全土に、1年後には世界中を飲み込んだ。
そして、ある年。
世界中で男女比がレーンヴァルド・フィッシャーの提唱した性別比均衡の法則を嘲り笑うような出来事が起きた。生まれた子供のほとんどが女性だったのだ。
それはスミノフ帝国だけの問題ではなかった。
そのうちに世界戦争が始まって……
オスとメスの比率は1:1(50%ずつ)で落ち着くようになっているとか。
この場合は提唱したのはロナルド・フィッシャー。
ちなみにフィッシャーの○○というのは経済学と統計学と化学にもあったりする。
めんどくさいよぅ……




