彩根井寺の謎
地図に書いてあるとおりの場所に、お寺… いや、お寺と神社のあいのこか。
まあ室町時代に建てられた村社なら──昔は神仏混交… まあ、神も仏も同じように祀っていたからな。それにしても結構大きな寺じゃないか。
だけどな、問題はそこじゃない。
へろへろになりながらもゴールにたどり着いた泉水青年は、その建物を前に──思わず立ちつくしていた。
「なんでだ?」
境内のむき出しの地面には雑草1本生えていない。朱色に塗られた柱といい、漆喰で仕上げられた壁には埃ひとつついていないように見える。
そして丁寧に磨き込まれた飾り金具にも錆ひとつ浮いていないのだ。
誰かが入念に掃除を──いや、どちらかと言うと建立したての建物に見える。
──何かがおかしい。
村の地図をくれたのは、この寺──彩根井寺の住職だった人だよ?
彼の話では10年前に集団移転をして、村には誰も住んでいないと言ったんだ。
移転先は寺も含めて全て県が用意をしてくれて、生活に何の不自由もないという。
だから今更、村に帰る人はいないだろうと、確かにそう言ったんだ。
そうなると、この状況は──はっきり言って異常… というよりもあり得ねぇ!
彼──泉水青年がそんな事を考えたのは後になってからの事だ。
後日、彼はこう語っている。
──あの時は熱射病になりかかっていて、頭もパーになりかかっていたからなぁ。
冷静にものを考える余裕なんか無かったんだ。
たしかに今年の夏は異常気象と言えるかも知れない。
梅雨──先月の中頃まで──の間は、雨粒は通行人を地面にたたき伏せるような勢いで落ちてきたもの。そして、お盆まで半月余りというこの時期には、この炎暑である。
「とにかく、中に入るとするか」
俺は拝殿というか本堂に… 靴を脱ぎ散らかしながら建物の中に入り込んだ。
建物──うちは先祖代々、仏教だから──本堂でいいか。
中は天井が高いせいか地面と床の隙間が広いからか、ひんやりと涼しい。
「ふぃぃ…… 助かったなぁ……」
湯気が出そうになっている上着を身体からむしり取った。どっかりと床に座り込んだ俺は、そのまま見るとはなしに天井を眺めていたが、ようやく汗も引いてくる。
身体が落ち着いてきた俺は本堂の奥に向かって、なむなむと両手を合わせた。
「なむなむ。今夜一晩、お世話になります…… っと、いかん。通信ユニット!」
通信ユニットのスイッチを操作する。『ここで野営をしますよ』って教えてやらなきゃならんわけだ。スイッチの切り替えを忘れて、野営の準備を始めようものなら自動的に救難信号が発信されるようになっているからな。
うん、つまり、行き倒れたと判断されちまうってわけでね。
そうなると、後ろからついてくる護衛隊の連中が助けに…… いや、護衛官のひとりは俺の幼馴染だ。あいつなら問答無用で監禁されかねんからな。
自分の欲望に忠実で、執着心はひと一倍。まるで独占欲が服を着て歩き回っているような──それが磐手 出雲というオンナだ。
「……目的地と思われる場所に着いたと思う。少し早いが野営の準備に入る」
『了解。おなかを冷やさないように。ちゃんと腹巻をして寝なきゃ駄目だかんね』
ったくもう…… 相変わらず口の悪い奴だ。
たしかに俺は男だけど、ここまで過保護をされるとなぁ…… 泣けてくるぜ。
改めて本堂の中を見回してみると、見た目よりもずいぶんと広そうだ。
ご本尊のあるあたりには、なにやら頑丈そうな扉が付いているが、まあそんなものかも知れないな。たぶん秘仏って奴かもしれん。
帰ったら住職さんに聞いてみるか。
あとは、これと言っておかしな処はないな。どこにでもあるお寺の本堂だ。
公民館も兼ねていたと考えれば、この広さも納得出来なくはない。
秘仏を納めた処の超高級で豪華な扉には、近づかないのに越したことはない。
好奇心はタコをも殺すというからな……
障子を開けると縁側──建物をぐるりと囲むように作られた廊下──に出た。
いつの間にか日も暮れてきたようだな。西の空がオレンジ色に染まっている、
この様子なら翌日も晴れそうだ。今日のように暑くならなければいいんだが……
それにしても、奇妙な世の中になっちまったもんだ。
遺伝子工学の力を借りなきゃ男が生まれない世界なんて、100年前には想像もつかなかっただろうに。
北極圏から見つかった隕石──正確にはその中に封じられていたアーチェフ病原体を見つけたスミノフ帝国の連中に全てを押し付けようとは思わん。
思わんけど、それでもなぁ……
2011年にNASAは隕石から地球外生物の化石が見つかったと発表しています。その翌年の2012年にアメリカに落ちた隕石の中から液体の水(後の分析から超強力な炭酸水と判明)が見つかっています。
2020年にはやぶさ2号が持ち帰ったサンプルからは、たんぱく質の部品ともいえるアミノ酸が全て見つかったとか。




