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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
閑話 幻影の村
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元気に歩こう

 ──2014年、F市。


 それは、どこにでもありそうな地方都市のひとつだった。

 だが、人の手による全ての物は自然の猛威を前に、膝を屈しようとしている。


 F市は鬼の討伐伝説が数多く残されている。また、西の都にほど近く、太平洋岸の都市群と日本海側のそれを結ぶ街道の中継点として在った場所だ。

 だが過疎化の波に抗う事は出来ず、人の住む街としてのF市は放棄されてから、そろそろ10年が経とうとしていた。


 その中心を通り抜ける──かつて国道として使われていた──荒れ果てた道を歩く一人の青年がいた。


 青年の名は、和泉 省吾(いずみ しょうご)

 どこにでもいる、オトコ…… 男性だ。

 そして、男性とは守られるべき希少種……

 そう、それが世の中の…… 常識という事になっている。


 だが、この青年は反骨精神というものを持ち合わせているらしい。

 もっとも、反骨精神の在庫もいささか尽きかけつつあるようだ。


「つっかれたなぁ」


 そう言うのも仕方がないだろう。

 彼は自分の身体と同じくらいの荷物を背負っての歩き旅をしているのだから。

 頑丈な帆布で作られた軍用背嚢を地面に下ろし、どさり、と、つる草に覆われた電柱の根元に座り込んだ。


 季節は夏。


 容赦なくふりそそぐ真夏の日差しは、地上にあるを何もかもを押し潰し、焼き払いそうな勢いだ。

 耳に入る音と言えばあたりに響きわたるアブラゼミの大合唱の他には、風がざわりと木々を揺らす音が聞こえるくらいだろうか。

 それでも都会の喧騒に比べれば静かなものだ。


 彼は大きなつばのついた麦わら帽子で身体を扇ぎながら、腰の多目的ベルトからぶら下がっている水筒から水をひとくち飲み込んた。中身は水分を効率よく吸収できる成分入りのミネラルウオーターだが、これだけ温まっていては旨いものではない。


 Pip PiP……


「おっと、もうそんな時間になってたか」


 背嚢から漏れ出る電子音に気が付いた彼は、慎重に水筒のふたを閉めると背嚢を引き寄せると、中から大きな──紳士用の革靴が2足は入りそうな──通信ユニットを取り出すと、スイッチを入れた。


「はいよ、こちら泉水。今のところは順調だぁ……」

『それは良かったですねぇ。じゃあ、とっとと用事を済ませてくださいねっ!』


 通信ユニットの向こうで不愛想な声は、言いたい事は言ったとばかりにぴしゃりと通信を打ち切った。


「つれないねぇ…… まあ、仕方ないかなぁ」


 彼は苦笑いをしながら、通信ユニットを見下ろした。

 こいつは、つい最近に使われ始めた人工衛星を使った位置測定システムだ。

 開発途上の代物だけあって、出来る事は多くはない。せいぜいユニットの位置を誤差10メートルの範囲で特定できることと、音声通信だけ。


 無理矢理に持たされた位置測定システムだが、地図を連動させれば便利なものになるだろう。もっとも、実用化するまでには数年かかるらしい。

 最も役に立つモノは最新よりも数百年も前に生み出された古典的なモノだというのは、科学万能社会と言われている21世紀を代表するジョークのひとつだ。


「それが、この地図ってぇ奴だがなぁ……」


 しばらく地図と周囲の風景──はるか遠くに広がる山々──を見比べていた青年は、自分がどこにいるのか分かったようだ。

 あの山々のどこかに、鬼が棲むと言われた山があるのかな。

 今回はそこまで遠征する予定はないが、申請しても許可は出ないだろう。


 俺は麦わら帽子をかぶりなおすと、目的地に… もくて……


「いかん…… まず休めそうな場所を探さんと、マジで死ぬかもしれん」


 地図の読みに間違いがなけりゃこの近くに彼が目指していた場所があるはず。

 そこいあるのは荒れ果てた建物… ぶっちゃけ廃墟だろうけれど、形が残っていれば日蔭くらいはあるだろう。

 ゴールまではあと200メートルだ……。


「……やばい。こいつはヤバい。ヤバすぎないか」

オトコは希少種? うん、まあ…… その話はおいおいと。 

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