美月の決断
冬夜の混乱をよそに、芹沢の言葉は続く。
「そして美月くん。君は肺炎で死亡している筈なんだけどねぇ。
県立病院に保管されていた検死報告書では、そういう事になっているのだが」
「そんなぁ…… あーし、死んでないし?」
「でも、ちゃぁんと埋葬記録もあるし、なによりお墓にも行ってきたのよぉ」
そんな…… 山ノ谷博士まで…
でも美月は僕の大事な妹で、中学生で、ちゅうがくせ…… い……
「ぐぅぅっ……」
頭がものすごく痛い。まるで巨人の手か何かで頭を握りつぶされたように…
頭が痛い、視界がゆがむ…… 意識 が… とぎ…… れ……… …………
──大丈夫さぁね、ぼうやはは色々な事があって疲れてしまっただけ……
……あれ?
どこかで聞いた事があるな、この声…… それよりも、背中に押し付けられている柔らかいものって…… ああ、ありがたや、ありがたや…… ってぇ!?
もしかして夢の中で出てきた4本腕の神様?
──はっはっは、憶えていてくれたのかい? 嬉しいねぇ。
前に言っただろう? 応援してやるって。今は何もかも忘れて眠るがいいさ……
そう言って、神様は僕の頭を撫で始めたんだ。
そして僕は神様の…… どこか懐かしくて、安心できる声を聞いているうちに、
僕の心の中に降り積もった不安は朝日を浴びた霜のように溶け去っていった。
「……おにい!?」
急に脱力し、動かなくなった冬夜に驚いた美月は、あわてて兄の身体を抱きしめようとした。友里はそれを制してゆっくりと彼の首元に手を伸ばす。
「気絶しただけにゃ。往々にして人間というイキモノはストレスがかかり過ぎると、脳がオーバーヒートして、こうなる事があるにゃ」
右側に座っていた友里は、看護婦だけに冷静に腕時計を見ながら脈のカウントを始めている。緊張した面持ちで脈拍をカウントしていた友里は、ほっとした表情で言った。
「この状態で96なら…… まあ100を超えていないから問題ないにゃ」
左に座る岩本女史は涙目になりながら、最後の勇気を振り絞るように言った。
気丈にふるまってはいるものの、彼女の目は死の恐怖に怯えている。
「ねえ、美月ちゃん! ……教えてよぉ、何がどうなってるのよぅ」
美月…… いや、サーリアという名の女神が、冬夜の妹としてこの世界に現れた時は、何の問題もなかった。しかし今の彼女の頭の中ではネガティブな思考が渦巻いていた。
あり得ない事が、現実に起きているのだ。
混沌神プレセアから授かった能力は、因果律に干渉するものだ。
それにより、かつて起きてしまった出来事は無かった事に、反対に起きなかった筈の出来事が在った事に──この場合は美月の『死』は無かった事にした… はず。
その筈なのに…… この2人の博士は……
s-リアが起きなかった事にした筈の『美月が死亡した』事実を知っている。
そして2人は検死報告書を読み、彼女が埋葬された墓にまで行ってきたという。
この事実は、因果律に干渉した時に存在しなかった事にした筈なのに。
それゆえ、検死報告書という明確な証拠を突き付けられたサーリアが動揺しないはずがない。そして、力を使おうにも…… それを察知する方法まで見つけたらしい。
もしも、この車が自爆したら……
彼らは間違いなく生命を失うだろう。それも冬夜を道連れにして、だ。
だが、それこそはサーリアにとって絶対に避けなければならない…… 事なのだ。
──でも、どうしてこうなった?
遠く後ろを走っていたMSVも、少しづつ距離を詰め始めている。
彼らはこの車が自爆したら… それでも生き延びる事が出来た──サーリアを攻撃をする役目を担っているに違いない。
しかし、自爆された時点で全てお終いなのだ。
……あの子を護りなさい
あの時にプレセアは、そう言ったのだから。
彼女──原初7柱の1柱──の希望は、サーリアにとっては命令にも等しい。
さらに彼は姉──フェイリアの、初めてのお気に入り…… だから。
サーリアはふと思った。このまま黙っていれば時間稼ぎくらいはできるだろう。
でもそれだけだ。いや、違う。状況はさらに悪化するに違いない。
今の冬夜が、簡単に生命を奪う事の出来る生身の人間だと知られたら……
今の彼女にとって、選択肢は限られていた。
彼らの不意を突いて、強引に脱出を図るか…… いや、それは悪手だ。
この場を切り抜けられても、彼らは飢えた狼のように執念深く私たちを追いかけ狩り立てるのは間違いない。
ならば、残された選択肢は……
MSVというと、モビルスーツ? アレが生まれた原因?
最初のS型がいけないんだ。あの、3倍速いやつ。
ならば、とばかりに昭和のモデラーが頑張っちゃったわけで……
えっ? 自動車の方を話せって? あっ、あれはですね、その… えへへ……




