ビッグ・エスケープ
「う、うむ……」
虚ろな表情で立ちつくす警備員の脇を通り抜け、ポコと一緒に詰め所に入った友里は、部屋の中でごそごそしていたが、しばらくすると壁の一部が音もなくスライドした。
「一般には知られていないけど、この先は地下駐車場に繋がっているのだよ」
「病院の職員以外で、この事を知っているのは、私たちくらいかねぇ」
全員が扉を抜けると、再び扉は音もなくスライドした。
壁のパネルが扉を上手にカムフラージュしているのは分かるが、人の身体ほどもある厚い扉を音もなく動かすのには、かなりの技術力が必要だろう。
「まるで忍者屋敷ですね……」
「ふふふ、冬夜くんもなかなか言うねえ」
うす暗い駐車場の影を縫うように、彼らが移動した先に、それはあった。
「アレがそう?」
「我ながら会心の出来よぉ。ふふっ、自分の才能が怖いわぁ」
山之谷博士が乗ってきたアレというのは、ミニSUVだった。
それも、去年のモーターショーで発表されたディーゼルハイブリッドカーっぽいけど、気のせいかな。
だとしても社内でのテスト用を込みにしても、そんなに台数は……
「さあ、みんな早く乗りなさいねぇ。ここから先は時間との競争よぉ」
「そうだよ、おにい。朝になって病室に誰か入ってきたら……」
「あ、うん……」
あの時病室に入ってきた3人はスタンバトンで意識を刈り取ってから、ベッドに放り込んできたからね。もしも気が付いても、簡単にベッドから出られないように──主に芹沢博士が──何かしてたけど。
「次の巡回は午前4時にゃ。あと1時間ちょっとで3人が見つかるにゃ」
「そうなのぉ、じゃあなおさら急がなくちゃねぇ」
そうこうしているうちに、山ノ谷博士の運転でミニSUVが動き出した。
ほんとに音がしないな、これ。車はぐんと加速を始めると… ぬあああ、きっつい加速だなぁ、もう。
「くううっ、狭いにゃ……」「猫は狭いところが好きでしょ?」
そこそこ大きな車体に見えたんだけど、中は意外と狭い。
いや、車体の大きさはというより、床から天井までの高さがね。
あとはディーゼルハイブリッドなら発電用エンジンの音くらいは聞こえてきそうなものだけどね。自慢じゃないけど、僕だってこのくらいの事は知ってるさ。仮に完全な電気自動車だったらインバーターの作動音くらいはしそうなものだけど。
「うにゃぁ。冬夜くんのひざの上なら快て……「あーしが座るの!」うにゃぎゃっ」
「おにいのひざの上はあーしのもんだかんねっ!」
「はいはい、じゃれるのは後にね。運転ミスったらこの世からオサラバよぉ」
どうやら高速道路を走ってるみたいだけど、この時間だとスイスイ走れるんだなぁ。
時々大型トラックに追い抜かれたりするけど、乗用車は… いるにはいるか。
それにしてもお城… かぁ。へえ、こんな時間でもライトアップするんだ。
「普通は電気を消してる時間にゃ。久しぶりに城の主様が戻ってきたからだにゃ」
「城の主様… あるじさまぁ?」
友里さぁん、悪い冗談はやめてよ。お城に住んでる人なんかいないだろ。
「それはニンゲン都合で決めつけているだけにゃ。主様は、主様にゃよ」
「……わけわかんなーい」「心配するな。僕にも分からないから」
あのお城は、最後の改修で江戸城のレプリカと言われるまでになった天下の大城だ。
もっとも、江戸城に天守はないし、こっちの方が城下町は洗練されていると思うよ。
「……にしても気になるなぁ。お城の城主って酒井氏の末裔とかですか?」
「それだってニンゲンの都合にゃよ」
えええええ?
「山ノ谷博士、車を止めるにゃ! 小坂部の姫様のおなりにゃ!」
えっと…… 空を飛んで… いや何もない空間を走ってる動物が…… どーぶつ!?
VRゴーグルのズーム機能を使って、と…
「キツネっぽい? しっぽの数が多いな…… って事は妖怪? ……まさか、ね」
「姫様は播磨の地主神にして、八百八匹の眷属を操る強力な大妖なのにゃ」
21世紀の科学万能社会に妖怪って……
そんなのあり… かも知れない… か。
友里さんの正体だってさ、猫又だもん。
地主神と土地神は、広義ではその土地に住む人を守る神様ですが、厳密に言うと別物です。
地主神は特定の地域を守護する特定の神様(祖霊などの場合もあります)
土地神は土地や屋敷、村落などを守護する神様です。
とはいえ、よく似た性格の神様なので現代では混同されているようですが。




