運命の分かれ道
「感激に浸っているところを申し訳ないけどねぇ?」
感激に浸っている僕たちは、その静かな一声でハッと我に返った。
そうだ。この病院から出ないと、じゃないと僕は何をされるか分かったもんじゃない。
天野さんが、こんな真夜中に来た事と言い、処置をするという一言といい。
このまま病院に残っていたら、碌な事にならないのは分かる。
「こんな事もあろうかとアレに乗ってきたのよねぇ」
「だが、どうやって…… んんんん、アレかぁ!」
「そう、アレよ」
芹沢は合点がいったとばかりに、にやぁ… と笑みを浮かべた。まずいか? 彼女にこの笑顔が出る時は要注意だ。何と言ったらいいかな、マッドサイエンティストの血が騒ぐとかそんな感じのだね……
「そうかぁ…… それならばオッケーかなぁ。くくくくく」
「そういう事。さっさと病院を離れましょ」
山之谷も、にやぁ… と、笑みを浮かべながら手早く荷物をまとめている。とはいえ、持って行かなきゃならないのは、私物の入ったショルダーバックくらいのものか。
僕の荷物は… 何もないから、ぼーっと彼女たちを眺めているくらいしか出来ないかな。
「冬夜くん、これを着て」「職員が着ていた防護服を?」「さっさと着なさい!」
「はっ、はいぃぃぃ」
岩本女史に手伝ってもらいながら、なんとか防護服に身体を潜り込ませると、ポコを台車に乗せた… というより台車に乗ったポコが、僕のことをじっと見ている。
どうやら、僕が台車を押していくことになる…… んだろうなぁ。
台車のハンドルに手をかけたところで、黄色っぽいモノが僕の視界をふさいだ。
「おにい、あーしのこだ人形も!」
ああ、父さんが買ってくれたぬいぐるみか。実寸大──数量限定品というだけじゃない。
たしかに忘れるわけにはいかないか。
見ているだけでムカついてくるような、のほほ~んとした表情は、見ようによっては愛嬌があるというもんだ。
思えば、美月はいつもこのぬいぐるみと一緒にいたんだよなぁ。
食事の時は横において、布団の中でも…… うん、家の中にいる時は風呂とトイレ以外には常に一緒にいたような気がする。
あいつがひどい風邪をひいて入院した時も、枕元に置いていたはずだ。
風邪なら… と思っていたけど、回復どころか症状が重くなってきたので別の病院で検査をしたら……
美月の病気は肺炎で、重篤化していて… そして… そして……
「おにい…… 早く、いこ?」
もう手の施しようもないと聞かされて……
「おにい?」
「…………そう、だね」
病室を後にした僕たちは、迷路のような病院の廊下を、ゆっくりと歩きながら出口を目指した。この病院には、それなりに世話になっていたはずなのに、こんな所があったなんて知らなかったなぁ。
「ここは関係者専用の、資材搬入用の通路にゃ」
「政治家のセンセとやらが、こっそり入院するための秘密通路も兼ねているんですって」
なるほどね。だから廊下の幅が広いし、こんな所のくせに照明も明るいってわけか。
でも、そういう所だとしたら、ノーガードって訳にはいかないんじゃないかなぁ。
隠しカメラとか……
「山之谷博士、それに芹沢博士じゃないですか。こんな時間に何事ですか?」
ほらね。
警備員がいないわけがないんだよ。どうする?
「この場所がバレたのだよ」
「……どういう事です、芹沢博士」
「彼が暗殺されそうになったの。悪いけど、この場を離れるわ」
「お待ちください、すぐに護衛を……」
顔を真っ青にして慌てて詰め所に戻ろうとする警備員に美月が声をかけた。
「この事は秘密にしておかなくちゃ。ねえ?」
「しかしっ!」
「あーしたちがここに来た事ってぇ、誰も知らない、見なかった。そーだよね~」
急にうつろな表情になった警備員は、そのまま視線をあらぬところのさ迷わせながら、立ちつくした。
「……はい」
その様子を見た美月は、くるりと振り返って。
にっこりと笑った。
「さあ、早く出発しましょ」
ふう、ようやく状況が動いてきたような気ががががが……




