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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
動け身体よ、身体よ動け
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イエスタデイをうたって

 かわいそうな冬夜くん。

 小さな時から、運の悪い子だとは思っていたけど、こんな事になるなんてね。

 彼は自分のことを不幸を呼ぶ体質と言っていたけど……


 初めて会ったのは、まだ小学校に上がったばかりの頃だったかしら。

 あの年に流行った流行性感冒の罹ってしまったのね。


 感冒の薬は市販されている物でも十分に効果はあるから、あの子くらいの年齢なら、食後に1回1錠でいい。そうすれば、遅くても10日ほどで症状は治まるの。

 それまで病気ひとつした事のない丈夫な体の持ち主だっただけに、急な熱や止まらない咳のせいで、びっくりしてしまったのかしら。


「お薬を飲めば、病気が治ると思ったんだと思うけど、自分で勝手に飲んではだめ。今日はお父様が助けてくれたけど、それは運が良かっただけなんだから……」


 それが、看護学校を卒業して、この病院に勤め始めて… 試験を受けたのはその次の月だから、あの時はまだ見習いだけど。最初に受け持った患者、だった。

 だから愛着がわいたといいますか……


「天野さん、またあの子が来たわよ。お願いね」


 ──ったく、わざとやっているんじゃないかしら。


そう思いたくなるくらいに、彼はこの病院にやってきた。やれケガをしただの、野良犬に咬まれたなんて可愛いものから、地蜂の巣を踏み抜いたり交通事故まで色々とね。

 それも、一緒にいた人の話を聞いていると、不幸な巡り会わせとしか言えないの。

 まるで幸運の女神に見放されたか、疫病神に魅入られたのか…… そんな感じね。


 中学校に入って、可愛い彼女──たしか美月さんとと言ったわね──に担ぎ込まれた時は驚いたわ。デート中に盲腸が破裂しかかるなんて。


「なんでもっと早く来なかったの! 何日も前から痛かったでしょ?」

「んー、なんかよく分からなくなってて……」


 今回の件で、彼はすぐに入院。3日後には退院したけど、万事がこんな感じなの。


 不幸を呼ぶ体質のせいで、彼の身体は怪我に慣れている。もう、これ以上ないくらいに慣れ切っている。だから怪我をしても、身体の方で『ああ、またか』という感じで普通の人の倍以上のスピードで回復するの。

 でもね、その分だけ痛みに関しては鈍感になったのかも。


 怪我の種類が変わってきたのは、この春くらいかしら。高校に上がってから。

 ──あそこに入れば第3帝大に進むのも夢じゃない。

 そんな進学校に、だ。


 もしも第3帝大にしたら、西の都に下宿するのかしら。帰省した時のお土産は、八つ橋かなぁ。その頃には、私も看護婦長になっていて、医師の資格も取っていて。

 それでもあの子の担当で…… 彼は可愛い弟みたいだから、別にいいけどね。


「……誰に殴られたの? これ普通の打撲じゃないわよ」「分かってます、でも……」


 何か深い訳でもあるのかも。

 そう思っていたら、こっそり耳打ちしてきたのは菱見さん。看護婦2年生の彼女は意外と顔が広い。そして──冬夜くんに限っては──事情通だ。


「婦長さん、実は冬夜くんの事なんですけど……」


 彼は、欲求不満のはけ口にされているらしい。でも、そんな時に彼を支えてあげるのが恋人さんの役目…… なぬっ? 美月ちゃん、そいつと付き合っているらしい!?

 まさか、あの2人は、小さい時から家族同然の付き合いをしているのよ。

 それだけは無いと思うけど……


 そして、彼に人生最大の不幸が襲いかかる。


「鉄道事故、ですか?」「入線してきた特急列車に……」「…突き落とされ……」


 冬夜くんを欲求不満のはけ口にしてきたKという生徒が、冬夜くんを線路に突き落としたの。幸いな事に冬夜くんは駅員の英雄的な活躍で命拾いしたのだけど。

 でも左足は太ももから先の骨は複雑骨折。骨盤にもいくつかひびが入っている。

 最低でも全治半年という、重傷を負わされてしまったの。


 そして彼が原因不明の全身麻痺で寝たきりになってしまったこと。

 それで分かった事もある。冬夜くんは男性人口の50分の1──いや、それ以下──とも言われる希少種だという事が判明したのよ。

 国からの命令で、彼の病室を含む病棟は完全に隔離する事が決まった。


 それはそれで楽しい日々の始まりだったわ。

 だって、冬夜くんをひとり占め… でもないけど、一緒にいられるんだもの。

 でも、これこそが悪夢の… 終わりの始まり。


 彼は、感染してしまったの。

 山之谷博士と芹沢博士という2人の科学者がついていながら、なんという体たらく!


 こうなったら、彼はもう…… 助からない。

 人類に、あの病原体を退治する方法は無いのだから。

 私たちに残された手段は、ただひとつだけ。


 もうあなたの子供たちを抱かせてあげる事は出来なくなるけれど。

 それでも、あなたの身体は死なせない。


 私が、死なせない。


 そう。私が……

この後、天野さんはおしりにこげ跡をこしらえてダウンする事に。

彼女はそれで別の世界の扉が開いたとか開かなかったとか。

それは、決して描かれる事のない物語……

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