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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
動け身体よ、身体よ動け
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隔離病棟という名の・・・

 天野さんが部屋から出てしばらく経った。

 病室の中は静かな… 検査機器が鳴らすモニター音が、やけに大きく響いているような気がする。


 それから時計の秒針が何回か回ったころになって、2人の間に会話が戻ってきた。


「……行ったかな」「行きましたね」「……ええ」


 にんまりと笑顔を浮かべた芹沢は、くぅるりと、僕たちのほうに向きなおった。


「これで、いくばくかの時間は稼げたね…… では援軍を呼ぶとしようかねぇ」

「冬夜くんのチューブ、抜いてくれます?」「はい」


 天野さんが部屋から出てしばらくしてから、芹沢はポケットからスマホを取り出すと、どこかに電話をかけ始めた。その間に、友里さんが流動食のチューブを抜いてくれた。

 ふぅうぅ、水分を摂ったせいか、ちょっと元気になったぞ。

 それはそうと、何かわけのわからない事になっちゃったような気がする。


「ええと、何がどうして、どういう事になってるんでしょう?」

「あーしにも分かるように話して欲しいケドぉ!」


 いやマジでそう思いますです、ハイ。

 僕──そして美月もそうだけど、何がどうやってこうなったのか、さーっぱり分からないんですけどねぇ。

 友里さんは何か知っているみたいで、何やら複雑な表情をしているな。


 ねえねえ3人とも聞いてくださいよ。

 どんな局面でも情報の共有化って、とっても大事な事ですよね。

 そこんとこ、よろしくお願いしますよ。

 って…… 聞いてくれてます?


「……そうなんだ。急な話で申し訳ないとは思… うんうん、それじゃあ、30分後に」


 電話を終えた芹沢博士は、一瞬だけ真面目な顔をすると、いつものにへらぁっとした表情に戻った。どうやら、何やらスリルを楽しんで…… そうだなぁ、傍若無人な絶叫マシンのチケットを握りしめた子供のような… そんな顔をしているんだ。


「ふふふふ、何かワクワクしてきたよ。こんなに心が弾むような気分になったのは久しぶりだねぇ」

「せんせ、それ昨夜も言いませんでした? その…… ベッドの中で」


 岩本は複雑そうな表情をしながら、ちろりと芹沢に視線を送った。心なしか顔を赤らめているように見えるのは、決して気のせいとばかりには出来そうになかったが。

 昨夜、彼らの間に何があったのかは分からないが──知らなくていい事もあるだろう。

 とにかく、芹沢の心は天高く舞い上がっている……


「チケットを握りしめて、キング・オブ・コースターの順番待ちをしている子供だな」


 前から芹沢博士って、そういう処があったけど、今回は重症だなぁ。

 こうなると岩本女史も諦めるし、いまや友里さんは空気だ。

 元気なのは美月だけど……


「それって天国に一番近いコースターでしょ? あーしも乗ってみたいけどぉ」

「たしか、首の骨を折った人がいて問題になったアトラクションにゃ」

「えええ? それ絶対ヤバイやつじゃーん」


 僕は乗らないよ? ぜーったいにヤダからね!

 そんな他愛もない事で盛り上がっていたら、博士がベッドに近づいてきた。


「盛り上がっている処を悪いのだが、そろそろじゃれるのも終わりにしてくれないか。

 すぐに山之谷博士が来るのでね……」



 そして、話は現在に戻る。


 2人の博士は、肉体言語を交えながら色々と打合せをしていたけど、ようやく話がまとまったようだ。

 時刻は── すでに午前2時半。真夜中もいいところだ。


「では、予定よりちょっと早いけど病院から出ましょうねぇ。、菱見(ひしみ)さんも来るでしょう?」

「……はい」


 ふむ?


「こんな時間に退院…… ですか? まだ午前2時半ですよ、真夜中じゃないですか」

「うむ、ここから脱走するのにはベストなタイミングだね」

「なんで脱走?」


 今回の件ってさ、昼間にリハビリで無茶苦茶されたのと、イミューンが胸に張り付いたまま取れなくなったのが原因でしょ? 特に前者のウエイトが大きいよね。

 鎮痛剤の過剰摂取は僕たちが悪いんだけど、それだけでしょ?

 なのに病院を脱走って、そんなに悪いことをしたの?

脱走と言えば…… 年の初めに、馬術部の馬が街中を散歩して、自力で大学へ戻ったという事件がありました。お馬さんって、けっこう頭がいいのかも?

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