シードレス・グレープ
「……ったく、君たちは何をしているんだね。スキンスーツの調整が終わったから、冬夜くんの見舞いに筋肉痛によく効く塗り薬を持ってきたんだが……」
気が付いたら、美月が説教されていた。
それも、芹沢博士と岩本女史のツープラトンで、だ
。
前者はともかく、岩本女史を怒らせるとなぁ…… 天野さんより怖いかも。
あの人ってさ、言葉使いは優しいんだけど、言葉の端々がね。
「あ、冬夜くん。気が付きましたか。今回は災難でしたね」
「うむ、意識が戻ったか… 中和剤の効果が出てきたようだね。これでひと安心と言いたい処だが…… まだまだ心拍数の割には体温が高めだなぁ」
どうやら僕はおむつ姿のまま、ベッドに寝かされているようだ。それも、体のあちこちにセンサーが括り付けられ、その先のモニター機器は不規則な音を響かせている。
それだけじゃない。
胸のイミューンもゆっくりと脈を打つように、動いているのが分かるんだ。
寄生生物なりに、宿主の生命を守るべく活動しているのだろうかね。
うぶぅぅぅ…… すんごく汗が出るなぁ。
こんなのは小さい時に風邪をひいたとき以来だよ。
「おにい、汗を拭くね」「ああ……」
「そろそろ氷嚢も換えておきましょうか」
なにしろ今の僕の体温は40度近いんだ。額だけじゃなく、わきの下とかおむつの上にも氷嚢が乗せられているんだ。
「我慢してくださいね。体温が上がったままだと……」
「おにいはね… ぷくく… 種なしブドウになっちゃうぅぅ」
ううっ、それは嫌だなぁ……
「さて、と。今のうちに栄養と水分を補給しておこうかね。流動食は… 面倒だから胃にチューブを通して流し込もう」
「冬夜くん。私、こういう時のために、たーくさん、練習したんですから」
友里さんが細いチューブを飲み込ませると、じんわりと生暖かい液体が胃の中に流れ込んでくる感触がする。げっぷが出る気配もないな。このペースなら、悪くないか。
だけどさ、これって何となく、何となくなんだけどさ。
この姿って、完ぺきに重病人のそれだよね?
天野さんがリハビリの部屋に入ってきたのは、そんな時の事だったんだ。
まったく、間が悪いとはこの事だよ。
「冬夜くぅん、リハビリ終わり…… ひっ…」
鼻歌交じりにタオルと新作のロンパースを胸に抱えてリハビリの部屋に入ってきた彼女だったんだけど、僕の姿を見た途端にすごく怯えているように見えたんだ。
それはまるで── この世の終わりが来たような。
これ以上に無いくらいの、絶望に満ちた、表情で……
「落ち着きたまえ、天野クン。患者がびっくりするじゃないか」
「だ… だって、それ……」
まるで親戚のおば… 年の離れたお姉さんって感じの女性で、 何があっても動じませんよ、って感じの… 男前な彼女がだよ。
健康美って言葉は、この人のためにあるんじゃないのかな、って感じの天野さんがだよ。
震えながら僕を指さして、こう言ったんだ。
「発症…… したの?」
ショックのあまり言葉を失うというのは、たぶんこういう状態なんだろうか。
それに答えたのは、岩本女史だった
今にして思えば、このやりとりが状況を悪化させたんだろうね。
「いいから、あとは私たちに任せて下さい。容態は…… 峠は越しましたから」
岩本女史は汗を拭いていたタオルで僕の口元を押さえながら言った。
いや、口を押さえなくてもチューブを飲み込まされているから、声を出せない。
それ以前に汗でひとひとになったタオルで押さえているのは、口だけじゃない。
濡れタオルで鼻を押さえるのはやめてくりぇえええ……
「冬夜くん。気を確かに持ちたまえ。私達がついているからね……」
うん、あの時ばかりは自分の不幸体質を呪ったね。
あのまま息の根を止まられたら…… 邪神のところに引き寄せられるというか……
うん、間違いなく行くな、うん。
「冬夜くんには私が……」
「わかったわ、菱見さん。この場は任せたわよ」
そう言い残すと、天野さんは部屋を後にした。
うん、やっぱり冬夜くんには不幸が付きまとっているねぇ。うん。




