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百のスミレと千のユリ  作者: 水瀬 悠希
愛とジェラシーのハリケーン
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持ち逃げなんて、許さない

 息子… 冬夜が入院してから、かなりの時間が過ぎてしまったわね。


 あの子は鉄道事故に遭って… いえ、正確には遺伝子改造種のオトコによって殺されそうになって。でも息子は勇敢な駅員のおかげで怪我を──足の骨がバキバキになったけど──したけれど、生命には別条なし。

 そして時は巡り、骨折なんかは完治したけど、首から下は麻痺したままなの。


「で、私に息子さんのリハビリを頼みたいのかね」


 あの子は精液製剤を使った人工授精でもなければ、遺伝子改造種でもない。

 夫との間に生まれた、たったひとりの男の子なのだから。

 それはアーチェフ病原体に対して、耐性を持っている事に他ならないの。

 だから、何としてでも健康な体を取り戻してあげたいのよ。


 幸いな事に、私には──リクリエーション・カンパニーの専務という肩書には、いろいろな伝手があるの。だから、立場を利用すれば、いろいろな人に会う事が出来るのよ。彼女もそういう人物のひとりってわけ。

 あの時は、誰が何と言おうと彼女が最良の人選だと思っていたのよね…


「あの『事故』の事は私も知っているとも。実に悲しい事件だったねぇ。でもね、ひとつだけ疑問があるんだけどねぇ」

「なにかしら?」

「男性護衛官は付いていなかったのかい? 彼は耐性持ちなんだろう?」


 ええ、貴女の言う通りよ。

 冬夜は夫の──省吾さんの体質を完全に受け継いだ──希少種と言われる男性だもの。当然ながら、希少種には男性護衛官がついているわよ。


「一瞬の隙を突かれたみたい。そのあたりは、護衛総隊と捜査当局に細かい資料がある筈だから、そちらを見てもらった方がいいと思うわ」

「ふむ。だけどね、わざわざ私が出る必要があるのかねぇ。話を聞く限りでは、今のままでも『義務』は、果たせるのだろう?」


 ……だめだ。彼女にはやる気がないわね。

 その気持ちも分かる。耐性持ちの男性と言えば、はっきり言ってロクデナシだ。

 すべての男性には、精液提供義務があるのだけど、希少種のそれは特に貴重よ。

 でも彼らは希少種を逆手に我儘三昧の生活を送る──社会不適合者だもの。


「あの子を、あんなロクデナシと一緒にしないで欲しいものね」

「どこの世界でも、母親というのはそう言うと思うけどねぇ」

「私があなたの母親なら、ひっぱたくけど?」


 希少種は貴重だけど、あまりにも酷い場合には『工場』送りにするだけの事なのよね。だって、必要な『部分』さえ生かす事が出来るなら、OKだから。

 それこそ世間では都市伝説とされているけれど、『工場』は実在するのよ。

 人類存続の前には、人間性なんて無視できる。そうせざるを得ないの。


 逆に言えば、そこまで人類は追い詰められているのよ……

 でも、あの子に会ったら… 別の意味での都市伝説を見る事になるはずよ。

 その前に、彼女をその気にさせなくちゃ…… 会ってももらえないわね。

 こういう事を口にするのもなんだけど、背に腹は代えられない、か……


「…あなた、今のままでは拙いでしょう? 基礎研究は大切だけど、それだけでは生活できなくない? 研究所の維持にもお金は必要でしょう?」

「う…… それは……」

「講書教授とはいえ、お召しがあるのは講書始めくらいのものだし、あとは… あの大学だけでしょう? お給料をもらえるの。でもねぇ……」


 ふふふ、これで勝ったわね。

 人間はね、ご飯を食べないと死んでしまうのよ。


「……なぁに、最悪の場合はどこかの塾で講師でも……」

「雇ってくれると思う? その筋では有名よ? あなたの研究内容」


 彼女の為した研究は水中酸素破壊、人造生物。そして機械脳。どれもこれも尋常な研究とは思えない内容だし、今でも研究を続けているらしい。

 あの祖父にして… いや、父もそうだけど、ちょっとだけズレているのよね。

 彼らの最大の功績は異世界人『K』とのコンタクトに成功したこと。

 そして、アーチェフ病原体に対抗する方法を見つけたということだ。


「そのあたりは完璧に自覚しているとも。はっきり言えば良いだろうに。お前はマッドサイエンティストだとね」


 そう。これが彼女──芹沢 百花(せりざわ ももか)の正体だ。

 だけど、この場合は彼女が適任だと思うのよ。

 桐山病院の院長先生をはじめ、あらゆる検査で冬夜の身体が動かない──異常の原因を探り出す事が出来ないのだから。


 それならば、思い切った発想の転換が必要になるかも。行き詰った状況の打開策というものは、ビジネスでも医療でも同じことだし。

 そこで目を付けたのが、彼女よ。現代医学の権威に出来なかった事が、目の前のマッドサイエンティストになら何とかできるんじゃないかしら… って。


「まさか、そんな事を言うわけにも、ねぇ?」「ぐぬぬ……」


 こうして、彼女は渋々ながら、冬夜を診察するために桐山病院に出向いたの。

 結果から見れば、これが大成功。思った通り、熱心に治療をしてくれたわ。

 それも、類友まで巻き込んで。そして回復の目途も立ちそうだって……

 出張先でその話を聞いた私は、心から神に感謝したものよ。


 でもね、出張から帰った私は病院に行って、愕然としたわ。

 あのマッドサイエンティストが息子を持ち逃げするなんて。

 いったい護衛官は何をしていたのよ!

冬夜くんの、おかーさま。変な意味で権力者なんですよね。

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