消えた痕跡
今の状況は拙い。
芹沢の挑発に乗って、つかみ合いを始めてしまった私たちだけど……
いや、それはどうでもいい。
今の状況は拙いなんてものじゃない、最悪よ。
「こんな事をしている場合じゃない! 『彼』はどこだ?」「えっ?」
お互いの目的はただひとつ。それは泉水冬夜という耐性持ちの少年を保護することだ。しかし…… 私たちがつかみ合いをしているうちに、彼は姿を消してしまったのよ。
「困ったねぇ、どうする大先輩?」
芹沢めぇ… ニタニタ笑っていないでお前も考えろ。お前の持っている講書教授という肩書は伊達ではないでしょ!
「うん、たしかに私は講書教授だとも。帝をはじめ、やんごとなき方々に生物学の深淵についての進講をする立場だけど、それがなにか?」
「私としてはぁ、彼がこのまま逃げ延びてくれた方が良いかもって」
「なっ、なんだってぇ!? 山ノ谷博士……」
「冬夜くんは、貴重過ぎる耐性持ちやねやなあ。なんとしてでも保護せなあかん筈とちゃいますか」
部下Aの言う通りだ。彼は耐性持ちだろう。それも完全耐性だ。世界中どこを探しても、こんな人物はいないと報告したのは誰なのよ。あなたでしょ?
「もちろん私だとも」
そう言った芹沢は、ふてぶてしい笑みを浮かべた。
「彼にはサポートが付いているんだよ。それならば安心だと思うのだよ」
「そうねぇ… 中学生の美月ちゃんはともかくとしてぇ、菱見さんは正看護婦の資格を持っているし…… サポートメカも一緒なのよぉ」
山ノ谷博士まで…… あなたは常識人だと思っていたが。ついに芹沢に毒されてしまったのか。事の深刻さをまるで分かっていないじゃないの。
「くっ…… とにかく探すぞ。部下A!」「はい」
彼らがいなくなってから、それほど時間は経っていない。
だから秋穂を使えば、彼らに追い付けるはず……
「大先輩に私から、ささやかなアドバイスをしておくよ」
かまどの前で、串に刺した肉を焼き始めた芹沢が私に声をかけた。肉の出所は問うまい。こいつの事だ。クーラーボックスの中にでも忍ばせていたのだろう。
こいつの食い意地は相変わらずだな。
それで? 何が言いたいの?
「私たちが不時着した方向を探したまえ」「……欺瞞情報のつもり?」
「いやいや、それならもっと上手くやるとも。それよりも、だ。この先は雑木林とすすきの藪だろう。誰かが通ったような痕跡はあるかね?」
言われてみれば、芹沢の言う通りだ。使われなくなって久しい道路は、自然の攻撃に屈し、そこを占領するかのごとく雑木とススキがみっしりと生えている。
もしも、ここを通り抜けたのなら、必ず何か痕跡が残る筈ね。
「……わかった」
私たちは秋穂に乗り込むと、彼らの小型飛行機… が飛んできた方向に機首を向けた。わずか2メートルの低空飛行では速度は出せない。
しかし、それほど大きな問題ではないだろう。
「赤外線探知機に反応がおました。生物らしき物体の痕跡があるようです」
ビンゴだ。
今はまだ2月。昼間とはいえ、まだまだ気温は低い。地表の温度もね。
だから、残された微量の熱が人間が通った痕跡として残されている。こんな事になるなら犬の1頭も連れてくれば良かったかも。
「だんだん反応が強なってきた。あっと… ここらでひと休みしたようで」
「分かった。一度、降ろすわよ」「うちもその方がええ思う」
私は秋穂を着陸させた。ここは、芹沢たちがいる場所から、ここまで1キロ…
女性に比べるとひ弱──いや、体力水準の低い男性にしては、頑張ったものだ。
「道から外れた様子は?」「おまへん。赤外線反応は道に沿うて進んどるね」
念のために、赤外線探知機を広範囲モードに切り替えてみた。探知精度は格段に落ちるが、もしも彼らの逃走を助けるために誰かが潜んでいるとすればこれで分かる。もちろん彼らが道路から外れても、だ。
「あっ!」「どうした!」「急に反応が途絶えてまいました」
どういうこと? 急に赤外線反応が途絶えるとは… この辺りには自動車も飛行機も無い筈なのに。モニターに周辺地図を重ねてみたけど、赤外線探知を妨害するような要素は見当たらない。
いったい、何が起きたというの?
冬夜くんたちは、秋穂が目の前を通り過ぎるのを見ていたんです。
でも、少佐たちは…… 不思議だ。




