上司と部下とお仕事と
私が『ゆり愛好家』からのメッセージを拝読し、総長室から退出したのは2時間後の事だった。
打ち合わせ自体は簡単に済んだけど、それから色々と…あったの。
そう、色々とね!
「ん… むむ……」
ったく、もう… 腰が痛くなるのも久しぶり。帰りにどこかで膏薬を買って帰らなくてはならないかな… いやいや、この程度なら熱い風呂に入ってしまえば、どうにでもなるでしょ。
うん、そうしよう。そうに決まった!
なにしろ2月の西の都は1年を通して、最も寒い時期でもある。朝方には氷点下という事もざらではないし、昼でも風花が舞う事だって珍しくはない。
風が弱い分だけジントアよりはマシだけど…… 寒いものは寒いのよ。
こういう時には、風呂でゆっくりと温まるのが一番だと思わない?
現金なもので、そう考えただけで腰の痛みはずいぶん楽になった気がする。
執務室に戻ると、ノータリンの使っていた席には、別の事務官が座っていた。
「お疲れさまでした、少佐」
「磐手だ。よろしく頼む。早速で悪いが、衣笠大尉を呼んでくれないか?」
「承知いたしました」
ふむん。今度はまともな奴が来たと思いたいものね。こんな時でも無かったら、食事に誘うのもアリ… かしら。
ちらりと総長のしかめっ面が脳裏をかすめたけど、知った事じゃあない。
だいいち腰痛の原因はあいつだし、今日は頭痛の種までも寄越したんだから。
「少佐、衣笠大尉がお見えになりました」「通せ」
「たいちょ、報告書できています」
「うむ…… 彼女はニブリーシの手先… というわけね」
部下Aが持ってきた報告書に記された人物の名前に目が止まった。
「ミーシャ・ニブリーシか」
イワノフ帝国の情報部員だが、そんな事はどうでもいい。人類が滅亡の瀬戸際に追いやられた原因は、あの国の秘密主義のせいだ。もっと早くに情報を公開してさえいれば、早い段階で対抗策を考える余裕が出来たものを……
その事については十分に報いを受けてはいるが。
かつては北の超大国の名をほしいままにしていた帝国も、国民の総人口は数百万人程度にまで落ち込んでいる。
そして、男性人口は──老人を除けば──たったの23人だ。
独自に開発した遺伝子改造技術でがんばっているようだが、時間の問題だろう。
だが、死なばもろとも──どうせ滅亡するなら世界を道連れにしようという邪悪な思想だけは。ごめんこうむりたいもの。その中心人物の一人がミーシャだ。
それにあの妖婆は地球教と繋がっているという情報もある。
ふむん。部下Aにしては良い仕事をしたものね。あとで褒めて……
「たいちょ、どないしたんですか? やぎろしい顔をして」
「そうか?」「パテ、用意ときましょうか」
言うに事欠いて、パテ…… パテだとぉ? 料理の事ではあるまい。
あいつが言うなら、傷やへこみを埋めるための補修剤に決まってる。
高校以来の腐れ縁だけど、言っていい事と悪い事があるでしょおぉおおおっ!
「たいちょ、落ち着いてくれてや。しわが深なっとる」
大尉、しばらく休みは無いものと思ってね。いやぁ、ほんとに残念だけどねぇ。
今度の任務は、なるだけ穏便に片付けるように念を押されているから猶更だ。
「任務だ。総長から直々の、ね」
「そら大変ですなぁ。お仕事、頑張ってくれてや」
ふっ、のんべんだらりとしていられるのも今のうちだ。
ふふふふふ、ここ最近に溜まりに溜まったフラストレーションのはけ口…
いや、違うわね。部下Aよ、ここ最近はデスクワーク続きだっただろう?
喜びなさい、出張先はジントアよっ。
「ええええっ? そんな殺生な! 危ない仕事だけは勘弁してくれてやぁ」
両手を口に当てて、怯えた振りをしても無駄だよ。
衣笠… いやさ、部下A! 何年付き合っていると思ってるんだ?
「そんなぁ、うちには夫と子供が……」
「やかましい! 俸給分の仕事はしなさい。ついでに出発は明日!」
ジントアまで行くとなると、MSVを使うよりも秋津を出した方が良いかも。
秋津は多目的航空機という名前の通り軍だけではなく、さまざまな部署で重宝されているのだ。それは男性護衛総隊とて例外ではない。とはいえ、偵察機をベースにした輸送機型──丙型の大きな強みは着脱可能なコンテナを装備出来ることね。
「機体の手配は済ませておきました。本当に3番装備でよろしいのですか?」
「私も衣笠も医師免許は持っているからね」「それなら安心ですね」
3番装備は動く病院とも言われているのよね。効率よく折り畳まれたコンテナを展開すれば手術室を備えた診療所の出来上がり。もちろん病室と兼用とはいえ居住区もあるから、補給さえあれば住みつく事が出来るかも。
欠点といえば… お風呂が無いことくらい、かしら。
3番装備の元ネタは、アメリカ軍のM1087型6輪駆動のトラック。
なんとキャンピングカー(!)仕様があったりするのでした。




