西の都での幕間劇
私が男性護衛総隊の本部に転属して、そろそろ10年になる… か。
つくづく思うけど、西の都の人間は付き合いが難しい。上品で奥ゆかしくとは言うものの、千年の歴史に裏打ちされた歪んだプライドと美意識の持ち主だ。
だから──学徒意外と言う意味で──余所者には、とても当たりがシビアだ。
この書記官は、その典型なのよねぇ……
「磐手はん、総長が呼んでます。すぐに行っとくまへん?」「ん、わかった」
私は読み終わった報告書に判を押すと、処理済みの箱に放り込んだ。
あの日、護衛対象を死なせてしまった私は閑職に放り出されるか、路頭に迷う事になるかと思っていた。それなのにこんな処でのんびりさせてもらっている。
男性護衛官は常に人手不足だというのにね……
「ぐずぐずしいひんで、ちゃっちゃと… まったくもう、星宮家の人間にこれだけさしといてぇ」
こんな口をたたくの秘書官は、高貴な家柄の出を自称するノータリンだ。
私は無言で立ち上がると総長室に向かった。
「なあ、うちになんか言う事はあらへんのどすか?」
廊下を歩いている間も、こいつはねちっこく付きまとってくる… ウザいな。
私が総長室に呼ばれる事の意味を知らないノータリンには、そろそろ退場してもらおうか。うん、それがいい。
「部下A!」「はっ!」
「こいつを破防法の対象団体と接触した容疑で拘束しておけ」
「何けったいな事言うてるんどす! うちに無礼を働くと実家が許さへんで!」「やかましい! とっとと歩け!」
こいつが一番手っ取り早いかな。元は公家だったかも知れないが、そういう輩こそが厄介なのよ。この程度なら総隊長も文句は言わないでしょ。
「磐手です」「入りたまえ、少佐」
普通の声で話しているのに部屋の主に声が通じるのは、不思議な感じもするかも知れない。音もなく開いたドアを通り抜けると、目の前には殺伐とした庁舎には似合わない、不可思議な風景が広がる。
「まあ、座りたまえ。すぐに菓子と茶を用意させよう」
畳2枚ほどの土間の先にあるのは、古風ゆかしき和室だ。
独特の風合いを持つ古木をふんだんに使ったテーブルは黒柿…か。
先月はケヤキの1枚板の天板を自慢していたけど…… また買い替えたのね。
「星宮曹長を拘束したね?」「……相変わらず、耳がよろしい事で」
「親子で中ノ鳥島に休暇旅行にでも行ってもらおうかなぁ。うん、それも悪くはない」
世間話でもするように物騒な事を言う総長の手には、和紙で作られた紙人形が、立っていた。
天使の微笑みを浮かべる人物は、ただの小娘にしか見えないけど……
……ほんっ、とうに、物騒だこと。そこは地図に載っているものの、実際には存在しない幻島のひとつだもの。
こいつは天使の皮をかぶった邪悪な何かに違いない。
「いま何か失礼な事を考えなかった?」「まさか。そんな筈は無いでしょう」
……目の前の小娘は、出る処こそないものの、見る者のため息を誘うほどに美しい曲線を描いている。
た・だ・し!
神が与えし造形美を包むスカートの中に、ケダモノが潜んでいる。私は本庁に転属して… その晩のうちに分かった。
いや、ひと晩かけて、とことん分からされてしまった。
「だって仕方がないじゃないかぁ。キミがいけないんだよ。まあ、初めてを交換し合った仲だし、末永く仲良くしようじゃないか」
整った顔にさわやかな笑顔を貼り付けて。それこそ私の何倍も長生きしているくせに、こんな事を… さらりと言ってのける。
そして、くすくす笑いながら…… 彼は私に無理難題を押し付ける。
「キミに頼みたいのはこれ… だけど」
見事な黒漆仕立ての文箱は、赤く染め上げられた組みひもが巻かれている。
それだけなら、ただの高価な箱だが、問題は繊細に仕上げられた蒔絵である。
この御紋… 御印だけは、出来る事なら… 見たくはない。
「どうしたの? いつものお手紙だけど?」
「『ゆり愛好家からの秘密のお願い』… ですね。嫌な予感しかしませんね」
「うんっ、そうだね! ボクもそう思うとも。でも、お手紙を表に出せる?」
あの御大が連絡を寄越す時は、いつだって厄介な事件が起きたときだ。
それは今に始まった事ではないけど……
「たしかに、機密性の高い内容でしょうね。6課向けのという訳ですか」
けれど、ね……
「辞表を提出しても?」
時々、こう… 言いたくなる事もある。
前世紀の中ごろに、『個人所有』の攻撃型原潜ぽいモノが出てくる小説が出版されました。たしか映画やテレビドラマに… あ、日本語翻訳版も出てますです。
コレを知っている人はほとんどいないだろうなぁ。けけけけけ。




