神の住まう処ふたたび
冬夜が隔離されていた病院のあった都市から北上すること90キロ余り。
今はもう人の分け入る事のないその地に現れた寺院に彼らはいた。
その大広間で、震える手で箸を動かす者がいる。
「くうぅぅ、美味い。美味いな、本当に美味いなあ」
その姿を見つめる女の目は優しげだ。
「御飯ならいくらでもあるから、どんどん食べるがいいさね」
冬夜は目に涙を滲ませながら、白米を口に運んでいた。
小鮒の甘露煮で一杯、納豆で一杯、そして漬物と梅干しで二杯も平らげた彼は、更に勢いを増し、カツオの塩辛で飯をかきこんでいた。
素っ気の無い流動食や点滴ではなく──さらにおおむね1年ぶりに口にする純和風の味付けともなれば、その美味しさもひとしおというものだ。
「う… げほっ、げほっ!」
「ふふふふふ 坊や、慌てずとも飯は逃げないわよ。ゆっくり味わいなさい」
女は大きな瓢箪の中身をがぶりと飲みながら呵々と笑いつつ、冬夜の様子を優しい眼差しで見守っていた。
ちらりと背後に目をやると、縄でぐるぐる巻きにされた者が、約3名。
──あの人間どもめ、|子供にひもじい思いをさせるとは…… 何と惨い事を。
もしもこの場にはーリアがいれば、八つ裂きにされるところさね。
と、まあ… そんな事を考えながら、だが。
「おにい、そろそろお終いにしたらぁ? さすがに食べ過ぎぃ」「もがが?」
「そうなのかい? ダーキンに次の釜の支度をさせようと思っていたのに」
「おにいはぁ、ただの人間なの。これでも普段の3倍は食べてるし!」
空になった茶碗を冬夜から受け取った美月は、てきぱきと食卓を片付け始めた。
大きなお盆が、すぐに一杯になる。
「ぴぃ!」
それを埴輪たち──なぜか美月に懐いている──が、器用に運び去っていく。
食器の片づけが終わると、今度は布団を担架代わりにして冬夜をどこかに運び出した。
埴輪たちは、冬夜の寝室までも整えているに違いない。
「サーリア?」「ななななんでしょうか」
その一部始終を見ていたリーマは低い声で、美月に話しかけた。うっかりすると魂までもが凍り付きそうなほどに冷たい声だった。
「坊やを護った事は、褒めてやるけどね」「はい……」
「あの子にひもじい思いをさせたのは感心しないねぇ。そうだろう? サーリア」
「いいいいいええ… あれには深いわけがあるんですよぅ……」
今まで使っていたギャル語もどこへやら。サーリアはリーマの肌もかくやとばかりに青ざめている。いかにサーリアが天空神の──シャウスの末娘とはいえ、今回ばかりは相手が悪い。
「ふぅん? まあいいさね、申し開きくらいは聞いてあげようかねぇ」
「は… はひ…… じじじ実はですねぇ……」
リーマは戦争を… 血と殺戮を好む戦いの女神である。その彼女が怒りを覚える理由は、先ほどまでの冬夜の食べっぷりにある。
冬夜がただの人間だという事は、サーリア──美月に言われるまでもない。
その事は彼女自身が知っていること。
魂魄として幽冥の虚空をさ迷っていた冬夜を見つけて、フェイリアの下に導いたのは… 他ならぬ彼女なのだから。
以来、彼女は冬夜を見守り続けていた。
何度も歯がゆい思いをした。妾がその場に、と思う事もあった。
しかし、戦いの女神たるリーマは、それが許されるような立場ではない。
神の降臨というのは、人類に大きな影響を与えるものだ。
かつては太陽系の隅々にまで足跡を記した人類文明は大きく衰退していた。
しばらく前に起きた恒星間戦争では敵の猛攻をしのぎ切ったものの、その傷は未だに癒えていない。
だから、この寺院が無かったらリーマは地球に来ることは出来なかっただろう。
今の地球は、リーマが現れただけで運命の天秤が大きく傾きかねない。
その結末は、分かっている。
地球上の生命は──間違いなく失われる。
自らが司る、戦争によって……
リーマ様たち第2世代の神々の多くは、世の中に起きる現象を象徴する存在です。
彼女の場合は『戦争』という人為的な現象が自我を持ち、具現化したようなもの。
そんな神様が現代の地上に現れたら……




