夜明けのドライブ(後編)
僕のような耐性持ちと呼ばれる男性には、国からの補助があるそうだ。
そのおかげで、働かなくても暮らせるらしい。
「うむ。国からの補助があるから生活には困らないし、四六時中、護衛が付いているからセキュリティも万全だ。そういう環境で生活している連中というのは、薄暗い部屋に籠ってジャンクフードを食べながらネットゲーム三昧でね……」
「だから最初にキミを見た時には、びっくりしたのよぉ」
僕は一応はサッカー部でしたから。太ってはいないと思いますけど。
見かけは脂身で出来たジガイモって…… まさかキモヲタデブとか言い……
あれ都市伝説じゃないいですかあ…… えええっ!? 本当にいる?
大半がそう… って…… ううっ、なんか嫌だなぁ。
「うむ、その話は置いておくとしよう。で、天野婦長の言った発症… だが」
やっと話してくれるのか。前振りが長かった…… いえ、続けてください。
「……アーチェフ病原体、ですか」
「うむ。宇宙から来た病原体だね。すでに地球の全域に広まっているのだよ」
「そしてね、この病原体に感染しても生命に関わるような病気を引き起こす事は無いのよ。でもね、染色体の一部を破壊するの」
簡単に言っちゃえば、この病原体に感染すると男の子が生まれなくなるらしい。
でもそうは思えないけどなぁ。中学校も高校でも男子と女子の人数は同じくらいだったと思うけど。
「前に言っただろう? 我々は遺伝子工学は長足の進歩を遂げているのだよ」
「運の良い事に、ひとりの異世界人が、私たちを助けてくれたのよぉ」
異世界人ねぇ。言ってしまえば僕も異世界人かも。もっとも半分くらいかな。
あの世からたたき出された僕がこの世界の僕… と合体したのが、今の僕…
たぶん、そうなんじゃないかな。
「イミューンは本来、君が持っている免疫能力を強化した人造生物なのだよ」
「これも、異世界人が教えてくれた知識の応用なのよぉ」
「……じゃあ、天野さんにその事を話せば……」
いや、ダメか。天野さんじゃなくても信じないだろう。それよりも気になるのは天野さんが言っていた処置… だ。もっとも疑問は、すぐに疑問ではなくなった。
それは…… 悪夢としか言いようのないものだったけど。
「あの時、キミは看護婦長の手で精液製剤工場に送られるところだったのさ」
「それってどういう事ですか? 血液製剤なら聞いた事があるけど… たしか手術なんかで輸血しなきゃならない時に使うやつとか… ですよね」
かつて日本には血液銀行という制度があった。要は報酬付きの献血である。
だがその時に集められた血液が引き起こした肝炎の大流行、さらには来日していた外国要人に対して使われた──黄色い血液事件を契機に廃止される事になる。
現在も献血制度はあるが、あの時の制度とは根本的に別物と思っていい。
「今は献血で集めた血液を精製してより効果の高いものにしていにゃ」
「で、精液製剤だが… 男性には精液提供義務がある事は、知っているね?」
「うん、前にも言ってましたよね」
「提供されたアレは、人工授精用に精製してだね……」
2人の博士が… 精液製剤が必要な理由を詳しく教えてくれたよ。宇宙から飛来した隕石から見つかったアーチェフ病原体が、すべての始まりだって事を。
結論から言えば、この病原体は性別を決定する遺伝情報に致命的なダメージを与えるんだ。その結果、男性は極端に生まれにくく…… いや、生まれなくなった。
「いまから100年くらい前に起きた世界戦争は、スミノフ帝国の南下政策とされているけど、アーチェフ病原体が原因と言うのが真相だろうねぇ」
「子供のほとんどが女性で、子供を作れない身体に生まれた人もいるのよぉ」
このようなタイプの遺伝子異常は以前から──アーチェフ病原体が広まる前にも存在している。その名をターナー症候群という。
これは父親から受け継がれるはずの遺伝情報が伝わらなかったか、無効化される事で起きるのだが、その確率はおおむね3500人に1人とも言われている。
だがアーチェフ病原体は、このターナー症候群を多発させる……
「最近は発症してから6時間以内に手当てをすれば、何とかなるのだが」
「カウンターウイルスと言うんだけど、要はがん治療のようなものなのよぉ」
「でもね、冬夜くん。カウンターウイルスとて万能ではないのだよ」
最も確実なのは人間をカウンターウイルス漬けにしてしまう事だけど、そうすると他の器官──たとえば目とか腕、脳に重大な障害が残る可能性があるそうだ。
そうなれば寝たきり──最悪、眠り姫になって生涯を終える事になる。
天野さんが僕に医療処置を施そうとしたのは、こういう理由からだろうか。
摘出された必要な部分は重リンゲル液の中で生き続ける事になるんだろうね。
でも、僕に寄生しているイミューンは、すべての病原体をキャンセルできる。
つまり、僕の辞書には細菌感染と言う言葉はない!
そういう意味では、博士たちは命の恩人という事になる…… のかなぁ。
「まあ過ぎた事だし、キミが気に病む事はないのだよ」「はぁ……」
それからは、しばらく他愛もない話をしていたんだけどさ。
気が付いたら東の空が明るくなっていた。僕たちの事はバレてるね……
ぼーっと、そんな事を考えていた僕の背中に、冷たい水をかけられたような事態が起きたのは、その時だった。
「それよりも、冬夜くん。そして美月くんに聞きたい事があるんだが」
「私もお話ししたいんだけど、運転しているから無理なのよねぇ……」
病院を出てから、MSVをアレしてから離陸するまでの1時間半から2時間の出来事を書いてみました。
車内が重苦しい沈黙に包まれて… なんて事はないのです。




