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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: K3/KASANE
7/24最終回です

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55/57

第53話「誓い」

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。

 雅楽に、つれられて。


 私は。


 社殿の奥へ進んだ。


 白無垢の裾が。


 足元で、静かに揺れる。


 一歩。


 また、一歩。


 玉砂利の感触が消え。


 床板の硬さが。


 足の裏へ伝わった。


 一歩ごとに。


 十六年があった。


 植え込みの奥を。


 初めて、のぞいた日。


 差し出した、お茶の缶。


 走り出した、海斗くん。


 空港で。


 振り返らなかった背中。


 海の向こうから届いた。


 何時間も遅れた言葉。


 名前がついた日。


 擦れ違った日々。


 離れた夜。


 自分の音を、見失った時間。


 もう一度。


 私に戻った日。


 公園で。


 互いを選び直した秋。


 古い缶と一緒に。


 プロポーズされた冬。


 その全部を踏んで。


 私は、ここまで歩いてきた。


 前に。


 海斗くんがいる。


 私が隣へ着くのを。


 立ち止まって、待っている。


 私は。


 海斗くんの横へ並んだ。


 神前に。


 二人で立つ。


 先を歩く人と。


 それを追う人ではない。


 見る人と。


 見られる人でもない。


 二人。


 同じ場所に立った。


    * * *


 神職の声が。


 社殿に響いた。


 低く。


 静かな声。


 聞き慣れない言葉が。


 古い社殿の中へ、ゆっくり広がる。


 私は、頭を下げた。


 海斗くんも。


 隣で、頭を下げる。


 衣擦れの音がした。


 それ以外は。


 何も聞こえない。


 参列者も。


 息をひそめている。


 顔を上げる。


 巫女さんが。


 三つの盃を運んできた。


 小さな盃。


 中くらいの盃。


 大きな盃。


 三三九度。


 最初の盃を受け取る。


 白い指が。


 朱色の縁へ触れた。


 一度目。


 口元へ近づける。


 二度目。


 もう少し、傾ける。


 三度目。


 唇をつける。


 少しだけ。


 お酒の香りがした。


 盃を置く。


 海斗くんへ渡される。


 横を見る。


 海斗くんの指が。


 ほんの少し、震えていた。


 試合では。


 震えない手。


 世界の選手を前にしても。


 ゴールを狙うときにも。


 震えない手。


 その手が。


 いま。


 私と同じ盃を持って、震えている。


 私の手は。


 不思議と、震えなかった。


 緊張していないわけではない。


 胸は。


 速く鳴っている。


 でも。


 怖くはなかった。


 逃げたいとも思わなかった。


 胸の中が。


 静かに満ちていた。


 フルートを吹く前。


 息を吸う直前のような。


 静かな緊張。


 二つ目の盃。


 三つ目の盃。


 一度。


 二度。


 三度。


 二人で。


 同じものを受け取る。


 同じ動作をする。


 海斗くんが、隣にいる。


 それだけで。


 十六年の時間が。


 いま、この場所へ。


 たしかに着地した。


    ◆◇


――海斗


 誓詞が。


 僕の前へ置かれた。


 紙を持つ。


 手が、少し震えた。


 文字が。


 ほんの少し揺れて見える。


 何度も、練習した。


 ホテルでも。


 飛行機の中でも。


 声に出して、読んだ。


 言葉は、覚えている。


 それでも。


 紙を持っていた。


 間違えないため。


 逃げないため。


 僕は。


 最初の言葉を読んだ。


 社殿の中に。


 自分の声が響く。


 試合のあと。


 何万人の前で話すことはある。


 記者に囲まれて。


 質問へ答えることもある。


 でも。


 今日は。


 そのどれとも違った。


 大勢に向けているのに。


 届けたい人は、一人だった。


 途中で。


 僕は、紙から目を上げた。


 ななちゃんを見る。


 白無垢のななちゃんが。


 まっすぐ、僕を見ていた。


 ずっと。


 見てくれた人。


 僕が。


 見ていてほしいと頼んだ人。


 でも。


 これからは。


 見てもらうだけではない。


 僕は。


 紙を、少し下ろした。


 決められた誓いのあとに。


 自分の言葉を続けた。


「僕は」


 声が。


 かすかに震えた。


 でも。


 止まらなかった。


「これからも、走ります」


「自分で選んだ、僕の道を」


 ななちゃんの目を見る。


「でも」


「一人で、何もかも決めません」


「苦しいときは」


「苦しいと、言います」


「遠くにいるときも」


「きみなら、分かってくれると」


「言葉を、届けることを」


「やめたり、しません」


 ななちゃんの目が。


 少し、潤んだ。


「僕は」


「きみの音を」


「きみの生活を」


「きみが、きみでいるところを」


「これからも、見ていきます」


「僕のために」


「きみを、半分にはしません」


「僕も」


「僕のままでいます」


「二人とも」


「全部のままで」


 一度。


 息を吸った。


「生きていくことを、誓います」


 言い終えた。


 社殿が。


 静かだった。


 僕は。


 口下手だ。


 うまい言葉ではなかったかもしれない。


 それでも。


 いまの僕が。


 いちばん、まっすぐ言える言葉だった。


    ◆◇


――菜々子


 海斗くんの誓いを。


 私は、聞いた。


 ずっと。


 見ていてほしいと言った人が。


 僕も見る、と言っている。


 僕のために。


 半分にはしない、と。


 でも。


 私は。


 海斗くんに守ってもらうだけではない。


 私が。


 私を消さない。


 そのことも。


 ここで、誓いたかった。


 私は。


 海斗くんを見る。


 参列者の前で。


 神さまの前で。


 でも。


 何より。


 自分に向かって、言った。


「私も」


「私の道を、生きます」


「自分の音を」


「手放しません」


「海斗くんの背中だけを見て」


「自分を、置いていったりしません」


 一度。


 息を吸う。


「寂しいときは」


「寂しいと、言います」


「大丈夫ではないときは」


「大丈夫なふりを、しません」


「海斗くんが」


「一人で走っていたら」


「ちゃんと、声をかけます」


 海斗くんが。


 小さく、頷いた。


「私は」


「これからも」


「海斗くんを、見ています」


「でも」


「海斗くんだけを見て」


「世界を、狭くはしません」


「私自身も」


「海斗くんに、見てもらいます」


「半分ではなく」


「全部の私で」


 海斗くんから。


 目をそらさない。


「隣にいることを、誓います」


 言葉が。


 社殿の中へ消えていった。


 胸の奥に。


 温かいものが残った。


 一人が。


 もう一人を支える誓いではない。


 どちらかが。


 どちらかのために消える誓いでもない。


 それぞれが。


 自分の足で立つ。


 そのうえで。


 何度でも。


 隣に立つと選ぶ。


 私たちの誓いだった。


    * * *


 雅楽の笛が。


 最後の音を伸ばした。


 低く。


 長い音。


 やがて。


 その音が、消えた。


 社殿が。


 しん、と静かになる。


 神職の人が。


 小さく頷いた。


 事前に許しをもらっていた。


 式の最後。


 この場所で。


 一曲だけ、演奏することを。


 お母さんが。


 フルートのケースを運んできた。


 私の前へ置く。


 目が合った。


 お母さんは。


 何も言わず、頷いた。


 私は。


 白無垢のまま。


 ケースの前へ座った。


 かちり。


 一つ目の留め金を外す。


 かちり。


 二つ目。


 蓋を開ける。


 銀色のフルートが。


 社殿の光を受けている。


 あの冬の夜から。


 技術の練習は、続けてきた。


 指も。


 息も。


 何度も、確かめた。


 でも。


 十五年を込めた音では。


 一度も、最後まで吹いていない。


 今日。


 初めて。


 最後の音まで鳴らす。


 私は。


 フルートを取り出した。


 一つずつ、つなげる。


 指で。


 キーを確かめる。


 立ち上がる。


 海斗くんを見る。


 海斗くんは。


 私のすぐ前にいた。


 画面の向こうではない。


 海の向こうでもない。


 同じ場所。


 同じ空気。


 私の息が震わせる音を。


 そのまま受け取れる場所。


 海斗くんが。


 何をするのか気づいた。


 目が、少し大きくなる。


 曲名は。


 伝えていない。


 この音を。


 今日、ここで吹くことも。


 詳しくは話していなかった。


 海斗くんは。


 何も言わず。


 僕に聞かせて、と言うように。


 私を見た。


 私は。


 フルートを構えた。


    * * *


 さっきまで鳴っていた。


 雅楽の笛とは違う。


 遠い時間や。


 神さまへ向けて広がる音ではない。


 私の音は。


 ここにいる、たくさんの人にも届く。


 でも。


 その行き先は。


 一人だった。


 海斗くん。


 世界で。


 いちばん聞かせたかった人。


 私は。


 息を吸った。


 狭くするのではない。


 細くするのでもない。


 社殿の中へ。


 やわらかく広げる。


 そのすべてが。


 最後には。


 海斗くんの胸へ届くように。


 息の行き先を。


 一人に定めた。


 だれかが作った。


 古い曲。


 数えきれない人が。


 数えきれない場所で。


 演奏してきた曲。


 それを。


 私の息で吹く。


 最初の音が。


 鳴った。


    ◆◇


――海斗


 最初の一音で。


 息が止まった。


 ななちゃんの音は。


 前にも聞いた。


 海の向こうで。


 小さな画面を通して。


 大きな舞台に立つ。


 ななちゃんの演奏を聞いた。


 あのときも。


 胸へ届いた。


 でも。


 今日は、違った。


 画面越しではない。


 スピーカーを通した音でもない。


 ななちゃんの息が。


 フルートの中を通る。


 同じ空気を震わせる。


 その音が。


 そのまま、僕へ届く。


 音の中に。


 景色があった。


 植え込みの奥。


 暗い葉。


 六歳のななちゃん。


 差し出された、お茶の缶。


 冷たかった缶の感触まで。


 胸の奥に、戻ってきた。


 僕が。


 走ってきた時間。


 空港。


 知らない国。


 灰色の空。


 世界の芝生。


 ゴール。


 観客の声。


 僕が知っている、僕の時間が。


 音になって返ってくる。


 でも。


 それだけではなかった。


 僕の知らない時間も。


 音の中にあった。


 ななちゃんが。


 一人で待っていた夜。


 鳴らなくなったフルート。


 書けなかった日記。


 二回目を鳴らせなかった手。


 僕から離れると決めた痛み。


 一人で。


 自分の音を取り戻した日々。


 僕が。


 見ていなかった、ななちゃん。


 僕には。


 その全部を知ることはできない。


 でも。


 音が。


 そこに時間があったと、教えてくる。


 ななちゃんは。


 僕だけを見ていたんじゃない。


 僕の知らない場所で。


 苦しんで。


 選んで。


 自分で立った。


 その全部を持って。


 いま。


 僕の前にいる。


 音が。


 一つずつ、胸へ入ってくる。


 上手いとか。


 正確だとか。


 そんなことではなかった。


 世界には。


 もっと上手な人がいるのかもしれない。


 でも。


 この音は。


 ななちゃんにしか、出せない。


 僕にとって。


 世界で一つだけの音。


 僕の胸に。


 まっすぐ届く音。


 途中で。


 視界が、にじんだ。


 僕は、口下手だ。


 何も言えなかった。


 言葉にすれば。


 音を、壊してしまいそうだった。


 だから。


 ただ、聞いた。


 僕を。


 ずっと見てくれた人の音を。


 今度は。


 僕が、見ながら。


 最後まで聞いた。


 涙が。


 一つ、こぼれた。


 止められなかった。


 もう一つ。


 頬を流れる。


 ピッチでは。


 流さなかった涙。


 負けても。


 勝っても。


 世界の頂点へ立っても。


 流さなかった涙が。


 音を聞くたび。


 止まらなくなった。


    ◆◇


――菜々子


 海斗くんが。


 泣いていた。


 私は。


 演奏を止めなかった。


 十五年前。


 植え込みの奥で。


 この人を見つけた。


 ずっと。


 海斗くんを見てきた。


 でも。


 この音は。


 海斗くんだけを見て生まれたものではない。


 お父さん。


 お母さん。


 美月お姉ちゃん。


 ほのか。


 慈恩さん。


 葵ちゃん。


 神宝町の人たち。


 見てきたもの。


 見てもらった時間。


 自分を見失った夜。


 自分で立ち上がった日。


 その全部が。


 私の音になった。


 音は。


 海斗くんへ向かう。


 でも。


 私を消さない。


 私は。


 私の場所に立ったまま。


 この人へ届けている。


 曲が。


 最後へ近づく。


 冬の公園では。


 ここまで吹かなかった。


 あの日。


 残した音。


 その先へ。


 初めて進む。


 一音。


 また、一音。


 最後の息を。


 フルートへ流す。


 音が。


 長く、伸びた。


 海斗くんへ。


 参列者へ。


 社殿の奥へ。


 朝の光の中へ。


 やがて。


 ゆっくり、消えていく。


 演奏が終わった。


 でも。


 だれも、すぐには動かなかった。


 拍手も。


 声もない。


 社殿の中に。


 静けさだけが残っている。


 その静けさの中で。


 まだ。


 空気が鳴っていた。


 私の唇に。


 最後の音の震えが残っている。


 指先にも。


 胸の奥にも。


 十六年の音が、残っている。


 見てきたもの。


 日記に書いてきたもの。


 書けなかったもの。


 ずっと、胸の中へ置いてきたもの。


 その全部が。


 いま。


 届いた。


 海斗くんが。


 涙を拭かずに、私を見ていた。


 私は。


 フルートを下ろした。


「聞こえた?」


 静かな声で、聞いた。


 海斗くんは。


 すぐには答えられなかった。


 何度も、頷いた。


 それから。


 やっと、声を出した。


「届いた」


 短い言葉。


 海斗くんらしい言葉。


 それだけで。


 十分だった。


 私は、笑った。


 参列者の中から。


 小さな拍手が鳴った。


 葵ちゃんだった。


 パン。


 パン。


 二回。


 神棚の前で鳴らしてきた。


 二回の拍手と同じ音。


 その拍手に。


 もう一つ。


 また一つ。


 みんなの手が重なる。


 社殿の中が。


 拍手で満ちた。


 私は。


 海斗くんの隣へ戻った。


 今日。


 神さまの前で。


 二人の誓いを立てた。


 そして。


 十六年の音を、届けた。


 次は。


 二人で家へ帰る。


 いつもの神棚の前へ。


 夫婦になった二人として。


 最初の二拍手を。


 一緒に鳴らすために。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。

次回最終回です。

notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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