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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: K3/KASANE
7/24最終回です

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56/57

第54話「神棚に、ふたり」【イメージソングあり】

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、最終回をお楽しみください。

――菜々子


 式が、終わった。


 参列してくれた人たちの声が。


 少しずつ、遠ざかっていく。


「おめでとう」


「きれいだったよ」


「演奏、よかった」


 何度も。


 同じ言葉をもらった。


 そのたびに。


 頭を下げた。


「ありがとうございます」


 たくさん笑った。


 たくさん、泣いた。


 ほのかにも、抱きしめられた。


「白無垢、思ったより似合ってた」


「思ったより、は余計」


「演奏も、よかった」


「そっちは、普通に言うんだ」


「だって、ほんとうによかったから」


 ほのかは。


 そう言って、また泣いた。


 お父さんは。


 最後まで、泣いていないと言い張った。


 でも。


 目が、真っ赤だった。


 お母さんと。


 美月お姉ちゃんは。


 何も言わずに笑っていた。


 慈恩さんは。


 いつのまにか、いなくなっていた。


 お礼を言おうと思ったのに。


 探しても、どこにもいない。


 あの人らしい。


 人が多い場所は、苦手だから。


 きっと。


「あー、めんどくせぇ」


 と言いながら。


 先に帰ったのだろう。


 私たちを見届けて。


 役目は終わったみたいに。


    * * *


 やがて。


 人の姿が、少なくなった。


 社殿のわきに。


 私と海斗くんだけが残った。


 白無垢のまま。


 私は、石段の近くに立っていた。


 夕方の影が。


 長く伸びている。


 朝から鳴いていた蝉は。


 もう、声を止めていた。


 代わりに。


 遠くから、ひぐらしの声が聞こえる。


 カナカナカナ、と。


 夏の終わりを。


 惜しむような声。


 さっき吹いた音が。


 まだ、体に残っていた。


 指先に。


 唇に。


 喉に。


 胸の奥に。


 最後の一音が消えたあとも。


 私の中では。


 まだ、鳴り続けている。


 やっと。


 海斗くんに、届いた。


 同じ場所で。


 同じ空気の中で。


 私の息から生まれた音を。


 直接、渡すことができた。


 緊張は。


 すっかり解けていた。


 体は、つかれている。


 白無垢も、重い。


 でも。


 胸の中は、軽かった。


 終わった。


 そう思いかけた。


 でも。


 違う。


 結婚式は、終わった。


 十六年の約束も。


 一つ、果たした。


 けれど。


 私たちの生活は。


 これから始まる。


 ここが。


 終わりではない。


 ――ここからだった。


    ◆◇


――海斗


 僕は。


 ななちゃんの隣に立った。


 白無垢の肩へ。


 自分の肩を、そっと寄せた。


 触れるか。


 触れないか。


 それくらいの近さ。


 ななちゃんも。


 離れなかった。


 肩から。


 体温が伝わってくる。


「ななちゃん」


「うん」


「音」


 一度、言葉が止まった。


 何を言えばいいのか。


 まだ、分からなかった。


 すごかった。


 きれいだった。


 うれしかった。


 どれも。


 間違いではない。


 でも。


 足りなかった。


「聞こえた?」


 ななちゃんが聞いた。


「ああ」


 僕は、頷いた。


「全部」


「全部?」


「僕が知ってることも」


「知らなかったことも」


 ななちゃんが。


 僕を見る。


「知らなかったこと、分かったの?」


「何があったのかは、分からない」


 僕は。


 正直に答えた。


「でも」


「僕の知らないところで」


「ななちゃんが、生きてたことは」


「分かった」


 別れていた時間。


 フルートが鳴らなかった時間。


 もう一度。


 自分の音を見つけた時間。


 僕は。


 そのすべてを見ていたわけではない。


 見ていなかった。


 見られなかった。


 でも。


 ななちゃんの音には。


 その時間があった。


 僕の知らない、ななちゃん。


 僕がいなくても。


 自分の足で立った、ななちゃん。


 その人が。


 いま。


 僕の隣にいる。


「六歳の、ななちゃんと」


 僕は。


 葉を落とした木々を見た。


「十五歳の、僕が」


「あの植え込みに、いた」


 ななちゃんが。


 静かに頷く。


「うん」


「でも」


 僕は、続けた。


「もう、植え込みの奥には、いない」


 ずっと。


 あそこが原点だった。


 僕が。


 初めて見つけてもらった場所。


 でも。


 僕たちは。


 いつまでも、そこにいるわけではない。


 六歳のななちゃんは。


 植え込みから、僕を見つけた。


 十五歳の僕は。


 そこから出た。


 そして。


 十六年、歩いた。


「二人とも」


「出てきたんだ」


「あそこから」


 ななちゃんが。


 植え込みのある方角を見る。


 ここからは。


 木々と、社殿に隠れて見えない。


 それでも。


 どこにあるのか。


 二人とも、分かっていた。


「そうだね」


 ななちゃんが言った。


「出てきたんだね」


    * * *


 目を閉じると。


 一つのゴールが浮かんだ。


 世界の舞台。


 満員のスタジアム。


 何万人もの声。


 こぼれたボールが。


 僕の足元へ来た。


 周りは。


 急いでいた。


 相手も。


 味方も。


 ゴールキーパーも。


 次の一瞬へ、動こうとしていた。


 でも。


 僕の中だけ。


 時間が、ゆっくりになった。


 ゴールのすみが。


 もう、見えていた。


 力はいらない。


 僕は。


 靴ひものあたりで、ボールをとらえた。


 強く蹴るのではなく。


 そこへ置くように。


 見えている場所へ。


 静かに転がす。


 ボールは。


 ゴールキーパーの指先を抜けた。


 ネットが。


 静かに揺れた。


 入った。


 あのとき。


 僕は。


 海の向こうのななちゃんを思った。


 画面の向こうへ。


 何時間も離れた場所へ。


 届くはずのない気持ちを。


 ボールにのせた。


 でも。


 いまは。


 ななちゃんが隣にいる。


 画面の向こうではない。


 海の向こうでもない。


 懐へ、手を当てた。


 あの缶がある。


 朝から。


 ずっと、ここにある。


 十六年間。


 何度も、確かめた感触。


 苦しいとき。


 ひとりでいるとき。


 自分が。


 どこから走り始めたのか。


 忘れそうになったとき。


 缶に触れた。


 あの日を思い出した。


 見つけてもらったことを。


 思い出した。


 でも。


 もう。


 救命具みたいに。


 持ち歩かなくていい。


 ななちゃんが隣にいるから。


 それだけではない。


 僕自身が。


 もう。


 植え込みの奥へ戻らないと、分かっているから。


 この缶がなくても。


 僕は、僕でいられる。


 ななちゃんも。


 ななちゃんでいられる。


 だから。


 手放せる。


 捨てるのではない。


 二人の始まりとして。


 これから帰る場所へ。


 置くことができる。


    ◆◇


――菜々子


 海斗くんの肩が。


 私の肩へ触れていた。


 その重みは。


 ほんの少しだった。


 支えなければ。


 倒れてしまうような重さではない。


 海斗くんも。


 自分の足で立っている。


 私も。


 自分の足で立っている。


 ただ。


 二人の肩が、触れている。


 それだけ。


 それが。


 うれしかった。


 私は。


 ずっと、見る側だった。


 植え込みの奥を。


 空港で、遠ざかる背中を。


 世界のゴールを。


 海の向こうから。


 見続けていた。


 その中で。


 一度。


 自分を見失った。


 見る私が。


 半分になった。


 でも。


 いまは。


 海斗くんだけを、見ているのではない。


 自分の音も。


 自分の生活も。


 ここにある。


 全部の私で。


 海斗くんの隣にいる。


 そして。


 海斗くんも。


 私を見ている。


 肩の重みが。


 ここにいる、と言っていた。


 私も。


 ここにいる。


 言葉にしなくても。


 二人の体温が。


 そう、伝えていた。


    ◆◇


――海斗


 僕は。


 肩を離した。


 ななちゃんの顔を見る。


 まっすぐ。


 白無垢のななちゃんが。


 僕を見返す。


「ななちゃんが」


 一度、息を吸う。


「最初に」


「僕を見つけてくれた」


 ななちゃんは。


 黙って聞いている。


「あの日」


「見つけてもらったから」


「僕は」


「植え込みの外に」


「最初の一歩を出せた」


 でも。


 そのあとを走ったのは。


 僕だ。


 何度も転んだ。


 吹き飛ばされた。


 点を取れなかった。


 便利屋と呼ばれた。


 世界では。


 だれも、僕を特別扱いしてくれなかった。


 それでも。


 僕が。


 自分で立った。


 自分で走った。


 ななちゃんは。


 その姿を、見続けてくれた。


「ななちゃんが、見てくれた」


「僕は、自分で走った」


「どっちかだけじゃ」


「ここには、来られなかった」


 ななちゃんの目が。


 少し、潤んだ。


「だから」


 僕は続けた。


「ありがとう」


「見つけてくれて」


「見ていてくれて」


 口下手な僕に。


 言えたのは、それだけだった。


 でも。


 それが。


 僕の全部だった。


 ななちゃんが。


 小さく、首を振った。


「私も」


 と言った。


「見つけてもらったから」


「自分の音を」


「海斗くんに?」


「うん」


「でも」


 ななちゃんは。


 少し笑った。


「見つけたのは、私」


 僕も、笑った。


「ああ」


「そうだった」


 僕たちは。


 互いに。


 最初のきっかけを渡した。


 でも。


 歩いたのは。


 それぞれだった。


 だから。


 今日。


 半分ずつではなく。


 二人で、ここにいる。


    * * *


 僕たちは。


 もう一度、社殿の前へ立った。


 式は終わっている。


 人も。


 ほとんど、帰っている。


 でも。


 最後に。


 二人だけで、頭を下げたかった。


 二礼。


 頭を下げる。


 もう一度。


 両手を、胸の前へ上げる。


 ななちゃんと。


 同じ速さで。


 手を合わせた。


 パン。


 パン。


 二人分の拍手が。


 ほとんど、一つの音になった。


 少しだけ。


 僕のほうが、遅かった。


 ななちゃんが。


 横目で、僕を見る。


「ずれたね」


「少し」


「家で、もう一回だね」


「ああ」


 二人で。


 少しだけ笑った。


 最後に、一礼。


 頭を上げる。


 ななちゃんが。


 胸元から、小さなお守りを出した。


 慈恩さんにもらったもの。


 色のあせた。


 古いお守り。


「返してくる」


「一緒に行く」


 二人で。


 社務所へ向かった。


    ◆◇


――菜々子


 お守りを。


 社務所へ納めた。


 両手を離す前に。


 一度だけ、布の感触を確かめた。


 一年。


 ずっと、そばにあった。


 舞台にも。


 結婚式にも。


 連れてきた。


「ありがとうございました」


 小さく、言った。


 神さまへ。


 お守りへ。


 そして。


 これを渡してくれた、慈恩さんへ。


 何に守られていたのかは。


 うまく言えない。


 本当に。


 ご利益があったのかも、分からない。


 でも。


 私一人ではないと。


 思わせてくれた。


 それで、十分だった。


 私は。


 お守りから、手を離した。


 隣で。


 海斗くんが、懐へ手を入れた。


 あの缶を出す。


 六歳の私が。


 植え込みで渡した缶。


 十六年。


 海斗くんと一緒に旅をした缶。


 海斗くんは。


 それを、しばらく見つめた。


 でも。


 社務所には置かなかった。


「これは」


 海斗くんが言った。


「家へ持って帰る」


「うん」


「もう」


「僕一人のものじゃないから」


 私は。


 手を差し出した。


 海斗くんが。


 缶を、私の手のひらへ置く。


 軽かった。


 中身は。


 もう、何も入っていない。


 でも。


 十六年が入っていた。


 私は。


 その缶を。


 海斗くんと二人で持った。


    * * *


 神社を出た。


 着替えを済ませる。


 白無垢ではなく。


 いつもの服に近い、軽い格好になる。


 体が。


 急に軽くなった。


「白無垢、重かった?」


 海斗くんが聞く。


「重かった」


「そうか」


「海斗くんも着てみる?」


「着ない」


「似合うかもしれないのに」


「着ない」


 すぐに答えた。


 私は、笑った。


 海斗くんも。


 少しだけ笑った。


 二人で、家へ帰った。


 同じ道。


 でも。


 行きとは違う。


 朝は。


 それぞれの場所から来た。


 帰りは。


 二人で、同じ場所へ帰る。


 窓の外が。


 少しずつ、暗くなる。


 宵のはじめ。


 空に。


 一つ目の星が見えた。


 私は。


 いつも。


 部屋の中から、星を見ていた。


 海の向こうに。


 海斗くんがいると思いながら。


 でも。


 今日は。


 隣にいる。


 同じ窓から。


 同じ星を見ている。


    * * *


 家へ着いた。


 お父さんと、お母さんは。


 まだ、片づけがある。


 美月お姉ちゃんも。


 手伝いに残っていた。


 家の中には。


 私と海斗くんだけ。


 静かだった。


「こっち」


 私は。


 海斗くんを、神棚の前へ連れていった。


 毎日。


 一人で立ってきた場所。


 二回目の拍手が。


 鳴らなくなった場所。


 もう一度。


 自分で鳴らした場所。


 今日は。


 海斗くんが隣にいる。


 私は。


 フルートのケースを。


 神棚から少し離れた場所へ置いた。


 海斗くんは。


 お茶の缶を持っている。


「どこへ置く?」


 海斗くんが聞いた。


 私は、少し考えた。


 神棚へ直接置くものではない。


 でも。


 しまいこんで。


 見えなくするものでもない。


 私は。


 神棚の下にある、小さな棚を指さした。


「そこ」


「うん」


「日記の隣」


『ななちゃんの、しょうにん』


 ずっと書いてきた日記帳。


 その隣へ。


 海斗くんが。


 古い缶を、そっと置いた。


 日記と。


 缶。


 私が見てきた記録。


 海斗くんが。


 見つけてもらった日の記憶。


 二つが。


 並んだ。


 どちらも。


 もう。


 一人だけのものではなかった。


    * * *


 私たちは。


 神棚の前へ並んだ。


「最初からね」


「分かった」


「さっきは、少しずれたから」


「今度は、合わせる」


「私に合わせるの?」


「二人で合わせる」


「そうだね」


 二人で。


 顔を見合わせた。


 それから。


 神棚へ向き直る。


 二礼。


 一度。


 頭を下げる。


 顔を上げる。


 もう一度。


 深く、頭を下げる。


 両手を。


 胸の前へ上げた。


 海斗くんの手が。


 視界の端に見える。


 私の手より。


 大きな手。


 走るために。


 何度も地面へついた手。


 私の手は。


 フルートを持ってきた手。


 日記を書いてきた手。


 一度。


 鳴らなくなった手。


 二つの手が。


 同じ速さで動く。


 パン。


 一回目。


 手を離す。


 もう一度。


 パン。


 二回目。


 二人分の音が。


 ぴたりと重なった。


 大きな一つの音。


 ではなかった。


 よく聞けば。


 私の音と。


 海斗くんの音。


 二つがある。


 でも。


 同じ瞬間に鳴った。


 神棚の前から。


 家の中へ。


 静かに響いていく。


 音が消える。


 私たちは。


 手を合わせたまま、祈った。


 今日。


 夫婦になりました。


 これからも。


 それぞれの道を生きます。


 海斗くんは。


 世界で走る。


 私は。


 私の音を吹く。


 離れる日もある。


 擦れ違う日も。


 きっと、ある。


 それでも。


 大丈夫なふりをせず。


 自分を、半分にせず。


 何度でも。


 互いの隣を選びます。


 最後に。


 一礼。


 顔を上げる。


 隣を見る。


 海斗くんも。


 私を見ていた。


「そろったね」


「ああ」


「今度は、ちゃんと」


「うん」


 私は。


 神棚の下を見る。


 日記帳。


 古い缶。


 十六年を。


 別々に持ってきた二人が。


 今日から。


 同じ場所へ帰ってきた。


 窓の外には。


 宵の星が見える。


 昔。


 私は。


 部屋の中から。


 海の向こうにいる海斗くんを思って。


 一人で星を見ていた。


 でも。


 今日は。


 海斗くんが、隣にいる。


 同じ空の下。


 同じ部屋。


 同じ神棚の前。


 私は。


 これからも、この人を見る。


 でも。


 見るだけではない。


 私も。


 この人に見てもらう。


 海斗くんも。


 私を見る。


 でも。


 私だけのために走るのではない。


 二人とも。


 それぞれの人生を生きる。


 その隣で。


 互いが。


 互いの、しょうにんになる。


 神棚の前に。


 しょうにんが。


 二人、並んでいた。

https://youtu.be/ag0HhrD4PQI

イメージソング作ったのでよければどうぞ。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


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