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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: K3/KASANE
7/24最終回です

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51/57

第49話「プロポーズ」

時間ができた時にも随時更新します!


ぜひお楽しみに!


それでは、本編をお楽しみください。

――海斗


 秋が、終わろうとしていた。


 公園の植え込みは。


 ほとんど、葉を落としている。


 風が吹くたび。


 乾いた葉が、地面を転がった。


 僕は。


 ベンチの前に立っていた。


 腕時計を見る。


 約束の時間まで。


 まだ、十分ある。


 公園の入り口を見る。


 だれも来ていない。


 分かっているのに。


 また、時計を見る。


 さっきから。


 同じことを、繰り返していた。


 僕は、帰国した。


 シーズンの合間。


 短い休み。


 でも、今回は。


 遊びに帰ってきたわけじゃない。


 決めてきた。


 この公園で。


 ななちゃんに、言う。


 もう一歩。


 前へ進むために。


 ホテルでも。


 飛行機の中でも。


 何度も、言葉を考えた。


 きれいな言葉。


 かっこいい言葉。


 忘れられないような言葉。


 頭の中に並べて。


 全部、消した。


 僕が言えば。


 どれも、僕の言葉ではなくなった。


 走ることより。


 ずっと難しい。


 何万人に見られる試合でも。


 こんなに緊張したことはない。


 手のひらに、汗をかいていた。


 ピッチでは、かかない汗。


 息を吐く。


 白くなって。


 冬の手前の空へ、解けていく。


 ポケットの上から。


 中にあるものを確かめた。


 指輪ではない。


 小さな缶。


 お茶の缶だった。


 十五年前。


 六歳のななちゃんが。


 植え込みの奥で、腐りかけていた僕に。


 差し出してくれた缶。


 角は、へこんでいる。


 色も、あせた。


 中身は。


 もちろん、もう入っていない。


 空っぽで。


 軽い。


 でも。


 僕には。


 何より重い。


 あの日。


 この缶がなかったら。


 僕は。


 ここに、いなかったかもしれない。


 三年前。


 この公園で、再会したとき。


 僕は、ななちゃんに缶を見せた。


 そのあと。


 空港で。


 好きだと伝えた。


 それから。


 離れて。


 もう一度、互いを選んだ。


 今日も。


 同じ缶を持ってきた。


 今度は。


 もっと先の約束をするために。


 公園の入り口から。


 足音が聞こえた。


 僕は、顔を上げた。


    ◆◇


――菜々子


 海斗くんに呼ばれて。


 私は、あの公園へ向かった。


 植え込みのある公園。


 すべてが、はじまった場所。


 冬の入り口の風が。


 頬に冷たい。


 息を吸うと。


 冷えた空気が、鼻の奥を刺した。


 葉を落とした植え込みは。


 あの日より、ずっと小さく見えた。


 枝の向こうまで、見える。


 昔は。


 世界から人を隠せるほど。


 深い場所に見えたのに。


 いまは。


 もう、だれも隠せない。


 私も。


 あのころの海斗くんも。


 ずいぶん、大きくなった。


 足取りは、軽かった。


 全部の私で。


 一歩ずつ、歩いていく。


 あの夜。


 日記に書いた。


 次に会うのは。


 きっと、約束を果たすため。


 今日は、何を話すのだろう。


 海斗くんは。


 電話では、何も言わなかった。


『公園で会いたい』


 それだけだった。


 でも。


 声が、いつもより少し硬かった。


 心臓が鳴っている。


 半分だったころの。


 すがるような鳴り方ではない。


 怖くても。


 自分の足で前へ進むときの音。


 全部の私が。


 胸の中で、静かに鳴っている。


 公園へ入る。


 ベンチの前に。


 海斗くんが立っていた。


 私を見た。


 その瞬間。


 海斗くんの喉が、一つ動いた。


「お待たせ」


「いや」


 海斗くんは、首を振った。


「僕が、早く来ただけ」


「どれくらい?」


「十分」


 海斗くんが答える。


 たぶん。


 十分ではない。


 ベンチの足元に。


 同じところを何度も歩いた跡があった。


「緊張してる?」


「してない」


「してる顔だけど」


「……してる」


 正直に認めた。


 それが、少しおかしくて。


 私は、笑った。


 でも。


 海斗くんは笑わなかった。


 私の顔を、まっすぐ見ている。


 いつもより。


 ずっと真剣な目だった。


 海斗くんが。


 右手を、ポケットへ入れた。


    ◆◇


――海斗


 僕は。


 ポケットから缶を取り出した。


 冬の光が。


 へこんだ角に当たった。


 手の中で。


 小さな缶が、かすかに鳴る。


 僕は。


 ななちゃんの前に差し出した。


「これ」


 ななちゃんの目が。


 少し、大きくなった。


「覚えてる?」


「うん」


 すぐに答えた。


「覚えてる」


 知っているはずだった。


 再会した日にも、見せた缶。


 それでも。


 もう一度。


 この缶から話したかった。


「きみが」


 声が。


 少し、かすれた。


 一度、息を吸う。


「僕に、くれた」


「あの植え込みで」


「何も、なかった僕に」


 缶を持つ指に。


 力が入った。


「腐りかけてた僕を」


「きみが」


「世界で、いちばん最初に」


「見つけてくれた」


 ななちゃんは。


 何も言わなかった。


 ただ。


 僕を見ていた。


 逃げずに。


 目をそらさずに。


「七年、見ててねって」


「僕は、言った」


「覚えてる」


「でも」


 僕は。


 小さく、首を振った。


「七年じゃ、足りなかった」


 十五年でも。


 足りない。


 これからも。


 ずっと、見ていたい。


 言葉だけでなく。


 近くにいることだけでもなく。


 ななちゃんが。


 ななちゃんとして生きているところを。


 自分の音で。


 自分の場所に立っているところを。


 見ていたい。


 僕の世界へ。


 無理に連れていきたくはない。


 僕のために。


 ななちゃんの生活を消したくもない。


 僕も。


 僕の頂点を捨てない。


 ななちゃんも。


 ななちゃんの音を捨てない。


 別々の場所へ行く日があっても。


 互いの生活を。


 互いの夢を。


 見失わずにいたい。


「これからは」


 僕は言った。


「僕も、見る」


「きみが」


「きみでいるところを」


「うれしいときも」


「うまくいかないときも」


「見えないときは」


「見えないって、言う」


「分からないときは」


「分からないって、聞く」


「きみを」


「僕の影には、しない」


 風が。


 植え込みを揺らした。


 乾いた枝が。


 小さく音を立てる。


「僕も」


 言葉を続けた。


「僕のままでいる」


「ななちゃんも」


「ななちゃんのままで、いてほしい」


「そのうえで」


 口の中が、乾いている。


 心臓の音が。


 うるさい。


 でも。


 今度は。


 目をそらさない。


 僕は。


 ななちゃんの目を、まっすぐ見た。


「僕の人生の」


「いちばん近くに、いてほしい」


 ここまで言えば。


 もう。


 飾った言葉はいらなかった。


 僕は、口下手だ。


 だから。


 最後は、まっすぐに言う。


「ななちゃん」


「結婚してください」


 缶を持つ手が。


 震えていた。


 ピッチでは。


 どんな相手を前にしても、震えない手が。


 止めようとしても。


 震えていた。


    ◆◇


――菜々子


 海斗くんの手が。


 震えていた。


 ずっと。


 強い人だと思っていた。


 世界の頂点に立つ人。


 何万人の前でも。


 自分の足で立てる人。


 でも。


 いま。


 私の返事を待って。


 震えている。


 涙が、一つ。


 頬を流れた。


 でも。


 私は、下を向かなかった。


 目も、そらさなかった。


 海斗くんの顔を。


 まっすぐ見た。


 背中ではなく。


 顔を。


 十五年。


 私は、ずっとこの人を見てきた。


 植え込みの奥にいた。


 小さな背中。


 空港で。


 振り返らなかった背中。


 世界の舞台を走る背中。


 いつも。


 背中を見ていた。


 その人が。


 いまは、私を見ている。


 正面から。


 私の返事を、待っている。


 十五年前。


 私が、この人を見つけた。


 でも。


 ずっと、一方だけではなかった。


 海斗くんも。


 私の音を、見つけようとしてくれた。


 私が見えなくなったときには。


 引き止めずに、手を離してくれた。


 戻ってきた私を。


 もう一度、見つけてくれた。


 私は。


 自分の胸に聞いた。


 寂しいからではない。


 一人でいるのが怖いからでもない。


 海斗くんの隣にいれば。


 自分に価値が生まれるからでもない。


 私は。


 一人でも、私でいられる。


 自分の音がある。


 自分の生活がある。


 自分の場所がある。


 その全部を持ったまま。


 この人と、生きていきたい。


 答えは。


 もう、決まっていた。


 それでも。


 私は、急がなかった。


 一度、息を吸う。


 自分で選ぶ。


 その一言を。


 自分の声で伝える。


 私は、手を伸ばした。


 缶を握っている。


 海斗くんの手。


 その上に。


 自分の手を重ねた。


 十五年前。


 私が差し出した缶に。


 もう一度、触れる。


 今度は。


 二人の手で。


「うん」


 声は。


 震えなかった。


 何度も。


 海斗くんに言ってきた「うん」。


 でも。


 いちばん深いところから出た。


「私も」


 海斗くんの手に。


 少し、力を込めた。


「海斗くんと、結婚したい」


 海斗くんが。


 息を止めた。


「これからも」


「海斗くんの、しょうにんでいたい」


「でも」


 私は、続けた。


「見てるだけじゃない」


「大丈夫じゃないときは」


「大丈夫じゃないって言う」


「海斗くんが、一人で走ってたら」


「一人で決めないでって、言う」


「私も」


「自分の音を、手放さない」


「半分じゃない」


「全部の私で」


 海斗くんを見た。


「隣にいる」


 海斗くんの目が。


 少し、濡れていた。


    ◆◇


――海斗


「よかった」


 それしか。


 言葉が出なかった。


 体の奥に。


 ずっと溜めていた息を吐く。


 白く。


 長く。


 冬の手前の空へ、解けていく。


「よかった」


 もう一度、言った。


 かっこいい言葉は。


 何も出てこなかった。


 ただ。


 うれしかった。


 ななちゃんが。


 自分の意思で。


 僕を選んでくれた。


 僕は。


 缶をポケットへ戻そうとした。


 十五年間。


 入れていた場所。


 でも。


 ななちゃんが。


 僕の手を止めた。


「待って」


「うん?」


「それ」


 缶を指さす。


「海斗くんが持ってて」


「ああ」


「これからも」


「持ってる」


 僕は、答えた。


「ずっと」


 もう一度。


 缶をポケットへ入れた。


 それから。


 ななちゃんの手を取った。


 冷たい風の中で。


 温かい手。


 十五年前。


 缶を差し出してくれた手。


 離れた夜。


 自分を取り戻すために。


 僕の手を放した人。


 そして。


 今日。


 もう一度。


 自分から重ねてくれた手。


 僕は。


 その手を握った。


「抱きしめても、いい?」


 ななちゃんが。


 少し驚いた顔をした。


 それから。


 笑った。


「うん」


 僕は。


 ななちゃんを抱きしめた。


 強くしすぎないように。


 でも。


 すぐには離れないように。


 ななちゃんの額が。


 僕の胸元に触れた。


 植え込みのある公園。


 すべてが始まった場所。


 そこで。


 一つの約束が生まれた。


 一人が。


 もう一人を、見続ける約束ではない。


 互いが。


 自分を消さず。


 相手から目をそらさず。


 それぞれの人生を生きながら。


 何度でも。


 隣に立つと選ぶ約束。


 しょうにんが。


 二人になった。


    ◆◇


――菜々子


 家に帰って。


 私は、神棚の前に立った。


 二礼。


 両手を上げる。


 パン。


 パン。


 二回。


 ちゃんと鳴った。


 手を合わせる。


 海斗くんと。


 結婚します。


 これからは。


 二人で。


 互いの、しょうにんとして。


 でも。


 互いだけを見て。


 世界を狭くするのではなく。


 それぞれの世界を持ったまま。


 一緒に、生きていきます。


 最後に。


 一礼した。


 顔を上げる。


 胸の中が。


 静かだった。


 空っぽの静けさではない。


 音を吹き終えたあとに残る。


 温かい静けさ。


 私は、机に向かった。


 日記帳を開く。


『ななちゃんの、しょうにん』


 今日の日付を書く。


 その下に。


 ゆっくり、書いた。


『プロポーズされた』


『うん、と答えた』


『十五年前の缶と、一緒に』


 下手な字。


 でも。


 いちばん、まっすぐな字だった。


 しばらく。


 その一行を見つめた。


 それから。


 机の横に置いてある。


 フルートのケースを見た。


 海斗くんは。


 私の音を聞いた。


 海の向こうで。


 小さな画面を通して。


 私の音を。


 ちゃんと、受け取ってくれた。


 でも。


 まだ。


 同じ場所では聞いていない。


 同じ空気の中で。


 私の息が生み出した音を。


 直接、聞いてはいない。


「いつか」


 ずっと、温めてきた約束。


 その「いつか」を。


 いつにするのか。


 私は、決めた。


「結婚式で、吹こう」


 声に出す。


 世界で。


 いちばん聞かせたい人に。


 私の目の前で。


 私の音を、聞いてもらう。


 植え込みの暗さ。


 空港の背中。


 海をへだてた日々。


 別れた夜。


 鳴らなかった拍手。


 戻ってきた音。


 そして。


 今日の約束。


 その全部を。


 音にする。


 結婚式の日。


 本当に。


 海斗くんへ聞かせる。


 私は、日記帳に。


 もう一行、書き加えた。


『結婚式で、海斗くんに吹く』


『全部の私の音を』


 窓の外には。


 冬のはじめの星が見えた。


 冷たい空の中で。


 澄んだ光を放っている。


 別々の場所に立った二人が。


 生涯の約束を交わした。


 同じものになるためではない。


 半分ずつを持ち寄って。


 一つになるためでもない。


 全部の私と。


 全部の海斗くん。


 二人のままで。


 隣に立つための約束。


 次は。


 その約束を。


 音にする番だった。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。


notoやってます。

マガジンお仕事物

https://note.com/happy_duck8972/m/m87f735c2539e


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