表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: K3


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
42/44

第40話「世界の、海斗」

世界で走る海斗と、海の向こうで見つめる菜々子

世界の、頂点。


 その日、相手に、とんでもない子がいた。


 僕より、ずっと若い。まだ十代だ。


 ボールを受けて、運んで、だれでも抜いて、自分で決める。


 何年も前、U-18で僕を置き去りにした、あの背中と、同じ匂いがした。


 あのときの僕は、追っても追っても、届かなかった。


 でも、いまは、ちがう。


 ベンチで、コーチが言った。「あいつを、お前が見ろ」


 僕は、うなずいた。


 ボールじゃない。あの子だけを見た。


 目線。肩の向き。支える足。受ける前の、半歩の引き。


 あの子が次にどこへ行きたいか、全部、体に出ていた。


 引いて受けにくれば、縦の道を背中で消す。


 裏へ抜けようとすれば、その一歩を、先に踏む。


 右へ運べば、僕も右。中へ切り返せば、僕も中。


 利き足の前には、いつも僕の体があった。


 あの子は、僕から消えようとした。何度も。


 ……知ってる。その、消えたい気持ちを。


 昔、僕も、消えたかった。でも、いまは、僕が消えない。


 走る量なら、まだ、だれにも負けない。


 あの子の足が、だんだん重くなった。


 ボールをもらっても、もう時間が止まらない。止めているのは、僕だ。


 顔を上げたあの子と、目が合った。届かない、という顔。


 昔の、僕の顔だ。


 あの夜、僕を置き去りにした背中を。いまは、僕が、閉じている。


    ◆◇


——慈恩


ぼくは、十階で、その試合を見ていた。


 相手の、若い子。ひさしぶりに見る、本物のS級だ。


 ボールを受けるたび、ピッチが、ぱっと明るくなる。


 あの、なんていったかな。何年か前に、すごいのが出てきた。ヤマ——


 ……いや、名前は、いい。ぼくの仕事じゃ、ない。


 でも、その怪物が。今日は、ずっと、おとなしい。


 すぐ、となりに。あの灰色の子が、ぴったりついているから。


 画面の、実況が、叫んでいた。


「見たか、あの背番号! 影だ! 影が怪物に貼りついて、離れない!」


「これは芸術だよ! マジステリアル! 点を取るより、よっぽど美しい!」


「彼は相手の見たい未来を、先に盗んでる! ドロボウだ! 最高のドロボウだ!」


 ぼくは、煙を吐いた。匂いは、しなかった。


 植え込みで、腐りかけていた、灰色の子。


 あの子が、いま、世界のS級を、消している。


 ぼくの仕事は、種を、まいただけ。


 ……あー。めんどくせぇ。


 でも、少しだけ、笑っていた。


    ◆◇


——海斗


世界の、一番上の、リーグ。


 僕は、今、そこに、いる。


 二十七歳。


 植え込みで、腐りかけていた、僕が。


 試合の、中で。


 若い選手が、僕を追ってきた。


 必死に。


 でも、届かない、という顔で。


 僕は、その顔を知っていた。


 昔の、僕の顔だ。


 追っても、追っても、届かなかった、あの夜の、僕。


 今。


 僕が。


 その「届かない背中」に、なっていた。


 追われる、方に。


 遠くまで、来たんだな、と、思った。


 でも。


 僕を一番最初に、見つけたのは。


 世界じゃ、ない。


 六歳の、あの子だった。


    ◆◇


——菜々子


夜中だった。


 わたしは、小さな画面で、見ていた。


 いま。


 画面の、なかで。


 かいとくんが、走っている。


 世界中が、かいとくんを見ている。


 テレビも、新聞も、知らない大人も。


 すごい、すごい、と。


 でも。


 わたしは、知っている。


 一番最初に、見たのは、わたしだ。


 いまの、あの顔も。


 追われて、少し、困った、あの顔も。


 わたしには、わかる。


 世界は、表だけ、見ている。


 わたしは、奥まで、見ている。


 でも。


 わたしの「見てる」は。


 かいとくんには、届かない。


    ◆◇


——海斗


ボールが、まだ、遠くにあるうちから。


 僕は、首を振る。


 右。


 左。


 後ろ。


 もう、全部、見えている。


 ボールが、来る前に。


 見えるから、そこに、いられる。


 僕は、言葉が、下手だ。


 あの子に、ありがとうが、たくさん、あるのに。


 うまく、言えない。


 だから。


 走って、見せる。


 ゴール。


 これが、僕の、返事だ。


 海の、向こうの、あの子への。


 言葉に、しない、返事。


 届け、と、思う。


 届いてるか、どうかは。


 わからないけど。


    ◆◇


——菜々子


ゴール。


 あ、と、声が、もれた。


 あれは。


 わたしへの、返事だ。


 なんとなく、わかる。


 でも。


 わたしは。


 返せない。


 おめでとう、も。


 すごかったね、も。


 言っても。


 画面の、向こうには、届かない。


 わたしは、ただ。


 小さく、うなずく。


 だれも、いない、夜中の、部屋で。


 ひとりで。


 うなずく、だけ。


    ◆◇


——海斗


頂点は。


 寂しい場所だった。


 高く、来るほど。


 周りに、人が、いなくなる。


 家から、遠い。


 町から、遠い。


 海から、遠い。


 ホテルの、窓から、見える、知らない街は。


 きれいで、冷たかった。


 でも。


 僕の、リュックには。


 いつも、空っぽの、缶が、ある。


 植え込みで、あの子に、もらった、お茶の缶。


 七年、見ててね、と、頼んだ日も、持っていた。


 ずっと持っている。


 世界の、どこへでも。


 あの子は、たぶん。


 知らない。


 僕が、今も、これを持って、歩いてること。


    ◆◇


——菜々子


わたしは、フルートを手にとった。


 だれかの、作った、曲。


 でも。


 わたしが、吹くと。


 かいとくんが、にじむ。


 植え込みの、暗さ。


 空港の、別れ。


 世界の、ゴール。


 言葉に、ならなかった、全部を。


 この、同じ曲に、こめて。


 わたしだけの、音で。


 世界の、だれも、知らない、かいとくんを。


 吹く。


 かいとくんは、たぶん。


 知らない。


 わたしが、こんなふうに、吹いてること。


    ◆◇


——海斗


試合の、後。


 マイクが、並んだ。


 僕は、少しだけ、わかる、言葉で、答えた。


「ありがとう、ございます」


「チームの、みんなの、おかげです」


 それだけ。


 誇らなかった。


 栄誉は、走って、示すもの。


 夜。


 僕は、空を見上げた。


 知らない街の、空。


 いつか。


 帰ったら。


 あの子に、ちゃんと、ありがとうを言おう。


 会っても。


 口下手で。


 たぶん、全部は、言えないけど。


 それでも。


 いつか。


    ◆◇


——菜々子


わたしも、窓の、外を見た。


 暗い、空。


 あの、向こうで。


 かいとくんは、まだ、走っている。


 同じ空が。


 かいとくんの、いる場所まで。


 つながっている、はずなのに。


 あいだには。


 海が、ある。


 会ったのは。


 あの、空港が、最後。


 あれから、何年。


 いつか。


 また、会えたら。


 この、音を聞いてほしい。


 ……ううん。


 下手な日記も、見られたら、恥ずかしいし。


 やっぱり、ないしょ。


 でも。


 いつか。


 わたしたちは。


 同じ空の下で。


 同じ、相手を思っている。


 海をへだてて。


 まだ。


 会わないまま。


 その夜、スマホが、ふるえた。


 かいとくんからだった。


『会いたい』


 わたしは、しばらく、画面を見ていた。


 それから、ゆっくり、返した。


『わたしも』

離れたまま思い合ってきた二人の時間が、静かに動きはじめます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ