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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: KASANE
7/24最終回です

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第34話「見送り、ふたたび」

七年前と同じ空港で、海斗は今度こそ手を上げる。

空港は、あのときと同じだった。


天井が高い。


アナウンスが、上のほうで反響している。


いろんな国の言葉が聞こえる。


油みたいな、機械みたいな匂いもした。


七年前も、こうだった。


僕は、ここから発った。


十五歳。


何も分からないまま。


怖くて。


逃げるように。


海もない、灰色の国へ。


あのときの僕は、前だけを見て歩いた。


振り返ったら、行けなくなると思ったから。


今、僕はまた、ここに立っている。


二十二歳。


今度は違う。


世界へ行く。


秋には、大きな舞台が待っている。


ヨーロッパの強いチームと戦う舞台だ。


僕は、それを知っていて発つ。


目的を持って。


怖さがないわけじゃない。


届かない背中は、まだたくさんある。


あいつらは、足が速いだけじゃない。


ボールが来る前に、もう首を振っている。


誰がどこにいるか。


どこが空いているか。


どこへ走れば、相手の重心がずれるか。


全部を見てから、ボールを受ける。


ファーストタッチも違う。


足元に止めない。


次に進む場所へ、半歩だけボールを置く。


体の向きも、受ける前からできている。


僕がやっと見えたときには。


あいつらは、もう次を見ている。


僕に足りないのは、速さだけじゃない。


見る力だ。


ピッチ全部を、一度に見る力。


……不思議だ。


僕が世界でいちばん欲しいもの。


それを、ななちゃんはもう持っている。


ずっと僕を見てきた、あの目。


僕も、あんなふうにピッチを見られたら。


きっと、もっと遠くへ行ける。


でも、あのときとは違う。


僕は走れる。


見送ってくれる人がいるから。


ななちゃんがいた。


見送りに来てくれた。


十三歳の、ななちゃん。


七年前は、六歳だった子。


この間、駅で会った。


ありがとう、と言った。


七年、見ててくれてありがとう、と。


だから今日は、もう言葉はいらない気がした。


僕は、リュックを背負い直した。


内ポケットに、小さな硬いものがある。


あのお茶の缶。


七年前、ななちゃんにもらった、空っぽの缶。


荷物には数えない。


でも、いつもポケットの奥に入れている。


ドイツにも持っていった。


これからも持っていく。


世界のどこへでも。


搭乗のアナウンスが流れた。


僕の便だ。


行く時間。


僕は、ななちゃんを見た。


ななちゃんも、僕を見ていた。


まっすぐに。


あの植え込みの奥で、僕を見つけたときと同じ目で。


「じゃあ、行ってくる」


僕は言った。


ななちゃんが、こくりとうなずいた。


僕は、ゲートへ歩き出した。


前を向いて。


七年前と同じ。


振り返らない。


振り返ったら、やっぱり少しつらいから。


でも、歩きながら。


僕は片手を上げた。


後ろの、ななちゃんに見えるように。


高く。


七年前、僕はこれができなかった。


前だけを見て、片手も上げられずに歩いた。


でも、今は上げられる。


見ててくれていると、知っているから。


見られていることに、答えられる。


僕は振り返らないまま、手を上げて歩いた。


ガラスの向こうに、飛行機が見えた。


あれに乗って、世界へ行く。


怖い背中も、また見るだろう。


負けることもあるだろう。


落下点を読み違える日もある。


一歩目が遅れて、置いていかれる日もある。


それでも。


僕の背中を見ていてくれる人がいる。


だから、僕は前を向いて歩ける。


心臓が、とん、とん、と鳴っていた。


まっすぐ、前に向かって。


    ◆◇


――菜々子


かいとくんが、ゲートのほうへ歩いていく。


背中が、だんだん小さくなる。


七年前と同じだった。


あのときも、わたしはこの背中を見送った。


六歳だった。


あのとき、わたしは何も分からなかった。


かいとくんが、どこへ行くのか。


どんな国なのか。


何をするのか。


ただ、見ててね、と言われた。


約束を受け取った。


何ができるのか、分からないまま。


でも、今は違う。


わたしは知っている。


かいとくんが、どこへ行くのか。


ドイツのボーフムじゃなくて。


もっと広い、世界へ。


秋に大きな大会が始まることも、知っている。


七年、見てきたから。


だから、今度の見送りは、悲しいだけじゃない。


なくすんじゃない。


続くんだ。


かいとくんは、振り返らなかった。


七年前と同じ。


でも、そのとき。


かいとくんが、片手を上げた。


振り返らないまま。


高く。


わたしに見えるように。


わたしは、それを見た。


七年前、かいとくんは手を上げなかった。


前だけを見て、歩いていった。


でも、今日は上げた。


わたしに。


胸の奥が、いっぱいになった。


七年が、ぜんぶこの一つの仕草につまっている気がした。


見てきて、よかった。


わたしの七年は、ちゃんと届いていた。


でも、わたしは泣かなかった。


しょうにんは、泣かない。


ただ、見る。


最後まで。


かいとくんの背中が、ガラスの向こうに消えるまで。


わたしは、まばたきも忘れて見ていた。


家に帰った。


夜になった。


わたしは、神棚の前に立った。


二礼。


二拍手。


一礼。


パン、パン、と手を鳴らした。


かいとくんが、世界で走れますように。


秋の舞台で、ちゃんと走れますように。


それから、机に向かった。


日記帳を開く。


ななちゃんの、しょうにん。


その下に、書いた。


かいとくんを見送った。


こんどは、世界を見る。


二行。


書いてから、思った。


秋になったら、かいとくんの大会が始まる。


わたしは、また夜中にこっそり見る。


小さな画面で。


だれも見ていない時間に。


わたしだけが。


そして、書く。


見たことを。


ぜんぶ。


これは、きっと、かいとくんの物語の最初の章だ。


植え込みから、世界まで。


その続き。


わたしが、書いていく。


窓の外を見た。


秋の夜空が広がっていた。


さっき、かいとくんを乗せた飛行機は、もうどこにも見えない。


でも、あの空のずっと先に、世界がある。


かいとくんが、いる。


行ってらっしゃい。


わたしは、心の中でつぶやいた。


わたしは、ここで見てる。


そして、書く。


ずっと。

七年前はできなかった手を、海斗は今度、振り返らずに上げた。

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