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世界一のストライカー【見て書いてきた少女】  作者: KASANE
7/24最終回です

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第32話「フルートの、地区1位」

四年前に届かなかった場所へ、菜々子はもう一度立つ。

――菜々子


ホールは、前と同じだった。


天井が高い。


ライトが熱い。


客席は、まっ暗で、どこまで人がいるのか分からない。


四年前。


わたしは、ここで二位だった。


一位の子の音を、舞台のそでで聞いた。


その音が、まっすぐホールの奥まで伸びていくのを聞いて、思った。


――届かない。


あの日のことを、わたしは覚えている。


手が冷たくなったこと。


賞状をもらったのに、それが重いのか、軽いのか、分からなかったこと。


胸の奥が、ぎゅっと小さくなったこと。


今日。


わたしは、またこの舞台に立っている。


フルートを口に当てた。


銀の管が、唇に冷たかった。


いつもの冷たさだ。


息を吸う。


肩を上げない。


お腹の奥に、静かに空気を入れる。


先生に何度も言われたことを、体が覚えていた。


視線は、譜面の少し先。


次の音。


その次の息。


指は、キーの上にそっと置いた。


そして、吹いた。


音が、ホールに広がった。


前へ。


上へ。


高い天井に吸いこまれていく。


最初の一音で、分かった。


今日は、鳴っている。


ちゃんと、鳴っている。


吹いているあいだに、冷たかった銀が、少しずつ温かくなっていった。


わたしの体温で。


指は迷わなかった。


息も迷わなかった。


速いところで、指だけが先に走らないようにする。


長い音では、最後まで息を細く保つ。


音の形を、手の中でそっと整えるみたいに。


今日の音は、わたしの知っている中で、いちばんいい音だった。


わたしの中にあるものが、ぜんぶ音になって出ていく。


怖かったこと。


悔しかったこと。


それでも、やめなかったこと。


最後の音を伸ばす。


息を切らさない。


音のしっぽが、ホールの奥で消えるまで待つ。


それから、わたしはフルートを離した。


しずかだった。


ほんの一瞬。


何も聞こえなかった。


次の瞬間、拍手が来た。


大きな波みたいに、舞台へ押し寄せてきた。


結果が、貼り出された。


わたしは、一位だった。


地区、一位。


四年前、届かなかった場所。


あの子が立っていた場所。


その上に、今、わたしがいた。


うれしかった。


胸の奥が、熱くなった。


四年前は、ここで手が冷たくなった。


指の先から、すうっと冷えていった。


今日は違った。


指の先まで、温かかった。


でも。


叫んだり、跳びはねたりはしなかった。


わたしは、ほかの子の音も聞いていた。


二位の子の、息の使い方。


三位の子の、指の速さ。


音の入り方。


高い音へ上がるときの、体の支え方。


みんな、上手だった。


本当に、上手だった。


わたしは、勝っても、やっぱり見てしまう。


聞いてしまう。


どこが違ったのか。


何が、わたしを一位にしたのか。


それを知りたかった。


しょうにんのくせは、勝っても抜けなかった。


坂田先生が、わたしのところへ来た。


先生は少しだけ黙って、結果の紙を見た。


それから、わたしを見た。


「全国に、行ってみよう」


わたしは、先生の顔を見た。


全国。


地区を越えた、その先。


もっと大きな池。


きっと、もっと上手な子がいる。


四年前の、あの一位の子みたいな子が。


たくさんいる。


届かない子が、またいる。


怖い。


そう思った。


でも、わたしはもう知っている。


届かない上が、見えてしまったら。


もう、見ないふりはできない。


四年前、わたしはそう決めた。


だから、言った。


「やってみたいです」


怖くても。


前へ。


ふと、かいとくんのことを思った。


かいとくんも、海の向こうで走っている。


届かない背中を追っている。


怖い、と手紙に書きながら。


それでも走って。


二部で、ゴールを決めた。


わたしは、それを見ていた。


かいとくんにも、まだ上がある。


わたしにも、まだ上がある。


二人とも、のぼっている途中だ。


    ◆◇


――慈恩


ぼくは、菜々子ちゃんの音を聞いた。


NAKANOの奥で。


直樹さんが録った音源を、スピーカーから流してくれた。


あの子の色は、もう知っている。


きれいな青だ。


その青が、四年前よりずっと伸びていた。


ただ、きれいなだけじゃない。


細くて、まっすぐで。


でも、折れない。


知っている青の上に、新しい光が重なっている。


音で分かる。


「菜々子ちゃん、伸びましたねー」


ぼくは、そう言った。


いつものように、語尾が少し伸びた。


直樹さんは笑って、うなずいた。


ほんとうは。


胸が、熱かった。


海のこっちで、この子が昇っている。


海の向こうで、あの子が昇っている。


植え込みで拾った子と。


その子を見つけた子が。


同じ時期に。


同じように。


上へ。


ぼくは、それを知っている。


二人は、まだ知らない。


でも、それでいい。


知らないままでも、人は進める。


むしろ、知らないほうがいいこともある。


ぼくは、ランクのことを口には出さなかった。


心の中だけで思う。


最終、AからAA。


この子は、その手前まで行く。


そこまで思って、ぼくは煙を吐いた。


匂いは、しなかった。


    ◆◇


――菜々子


夜になった。


家に帰ってから、お母さんが教えてくれた。


かいとくんが、ドイツの一部リーグに行くんだって。


内定、だって。


一部。


二部より、もっと上。


かいとくんが、またのぼった。


わたしは、胸が熱くなった。


かいとくんは、一部へ。


わたしは、全国へ。


海をへだてて。


別々の場所で。


同じように、上を目指している。


なんだか、不思議だった。


会っていないのに。


話していないのに。


同じ方向を向いている。


わたしは、神棚の前に立った。


二礼。


二拍手。


一礼。


パン、パン、と手を鳴らす。


かいとくんが、元気でありますように。


一部でも、走れますように。


それから、机に向かった。


日記帳を開く。


ななちゃんの、しょうにん。


その下に、書いた。


今日、地区一位。


全国、やってみる。


かいとくん、一部、内定。


二人とも、のぼってる。


短く書いて、えんぴつを置いた。


窓の外を見た。


星が、ひとつ光っていた。


あの星の向こうに、ドイツがある。


かいとくんが、いる。


七年、見ててね。


そう言われた、あの夏から。


もうすぐ、七年がたつ。


この夏。


かいとくんが帰ってくる夏が。


すぐそこまで、来ていた。

届かなかった場所に立った菜々子と、海の向こうで上を目指す海斗。七年目の夏が近づいている。

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